(5)
ハワード・ソーンダーズ、カイルの異母兄…
彼は茫然とするわたしを意地悪い笑みを浮かべ見ていたが、
強引に手を取り、踊り出した。
「おまえ、カイルの義姉なんだってな、まさかあいつに義姉がいたとはなー」
「しかも、あのカイルがえらく御執心らしいじゃん?」
「どんな美人の義姉かと思えば、こんなんで、笑っちまうよなー!」
「美人なら俺が奪ってやるつもりだったけどさー」
「こんな地味女、付き合う方が恥ずかしいだろ」
「ったく、ダンスも下手だしよー!」
強引なステップに翻弄されるわたしを、ハワードは舌打ちする。
「あいつは、おまえなんかの何処がいい分け?
毎晩気持ちイイ事してやってんの?」
「!?」
わたしは言われた事がショックでステップを踏み外し、そのまま床に崩れた。
ハワードには勿論助ける意思は無く、わたしを意地悪く見降ろしていた。
「下手クソが!おまえみたいな地味女、踊って貰えただけでも感謝しろよ!
早く出ていけよ!おまえみたいなのがいると、場が穢れるんだよ!」
穢れる___意図的に使った言葉だろうか?
その言葉は、わたしに痛手を与えるには効果的だった。
わたしは益々混乱し、床に蹲ったまま動けなくなる。
「止めろ!!」
鋭い声が響き、わたしはビクリとして顔を上げた。
わたしを庇う様に、カイルがハワードと対峙していた。
「僕に絡む位はと大目にみてきましたが…
関係の無い姉上に絡まれるなら、黙っていませんよ?
それ相応の覚悟をして下さい。
僕は姉上を傷付けた者を絶対に許さない___
手加減はしません、徹底的に潰しますので、そのつもりで」
カイルは脅しを掛けると、わたしの側に膝を付き、
体を支え起き上がらせてくれた。
「あっ…」痛めた足に顔を顰めると、カイルは「失礼します」と言い、
わたしを抱き上げた。
「きゃっ!?」
意図も簡単に抱き上げられた事と、お姫様抱っこ状態に、
わたしの頭はパンク寸前だ。
わたしたちを見て、ここぞとばかりにハワードが反撃してきた。
「お、おまえら、デキてんだろう!姉弟でイチャイチャやってんだろうが!
気色悪いんだよ!」
ハワードの言葉にわたしは身を竦めたが、
カイルは平然と汚いものを見る目で彼を見た。
「そういうのを『下衆』というんです。淑女の扱いも心得られていない上、
下衆とは…侯爵令息の名が泣きますよ、恥ずかしいので二度と
声を掛けて来ないで下さい」
相手にもならないと、カイルは背を向ける。
一連を見ていた周囲の生徒たちは、ハワードに軽蔑の目を向けた。
「あの方、女性を突き飛ばしたのよ!」
「僕も見ましたよ」
「下品な事を叫ばれて…」
「侯爵令息が?」
「本当、恥ずかしいよな」
カイルはわたしをベンチまで運んでくれ、わたしは自分で治癒魔法を掛けた。
ハワードに見せていた超然とした雰囲気は、跡形も無く消え、
カイルは痛々しそうにわたしを見つめていた。
「すみません、まさかハワードが、姉さんに絡むとは思いませんでした…
酷い事を言われたのではありませんか?」
「それは、わたしにも原因のある事ですから…
言われても仕方ないと申しますか…」
地味女だとか、付き合うのは恥ずかしいとか、ダンスが下手とか…
自分でも思うのだから、落ち込みはしても、今更傷付いたりはしない。
だけど、あの一言だけは…
「仕方ないという事はありません、
誰であれ、姉さんを悪く言う権利はありませんよ」
カイルは怒ってくれているのだろう、声が固い。
わたしは唇を噛んだ。
「あ、あの様な、誤解をされてしまって…すみませんでした」
カイルは言い返してくれたけど…
そんな風に思う人がいるのかとショックだった。
そんな風に思われるような事を、わたしは何かしてしまっていただろうか?
考えると怖くなった。
それに、あんな誤解をされていたと知ったカイルが、どう思ったか…
怒り、嫌悪感、迷惑、わたしから離れたいと思ったのではないか…
不安で泣きそうになる。
カイルはややあって、「…ああ」と声を漏らした。
「気にする事はありませんよ、悪態でしょう、
あの様な事に意味が含まれている事はありませんよ」
カイルは言葉通り、気にも留めていないのだろう、平然としていた。
その事に安堵するも、カイルの態度はわたしには信じられなかった。
わたしはこんなにも動揺してしまっているのに…
「ショックでしたか?姉さんは、そういった事に疎いですからね…」
「疎い、でしょうか?」
「その、姉さんは好きな人と何がしたいですか?」
「好きな人と、ですか?」
突然の質問に、わたしは頭を巡らせた。
ぼんやりと浮かぶイメージを掴もうとするが、それは幻のように揺れていた。
だけど、その笑顔を見ていたいとか…思ってしまいますね…
「そうですね…何をしても楽しそうですが…
わたしは、ただ、その方の傍にいられるだけで、幸せだと思います…」
「ふふ」っと笑って指を擦ったわたしに、
カイルは二コリと微笑みを返してくれた。
それで、わたしは聞きそびれてしまった。
カイルの言いたかった事は、何だったのか?と。
◇
会場に戻ったわたしとカイルは、驚く光景を目にしてしまった。
ダンスホールで、エリザベスとサイラスが踊っていたのだ。
「べスとサイラス様…お似合いですね」
サイラスは護衛なので、鍛えてはいるだろうが、見た目にはそうと分から
ない普通の体格で、二人の身長差もあまり無い。
だけど…二人の息はピッタリだ。しかも、かなりの上級者に見えた。
女子たちと踊る時にはエリザベスは男性パートを踊っていたが、
今は女性のパートを踊っている。
二人を見ていると、何かそこに存在している気がした…
「サイラス様もべスも、お互い想い合ってはいないのでしょうか?」
「少なくとも、サイラスはエリザベスを想っておるぞ」
「ええ!?そうだったのですか!?…って、ええ!?ユーリー様!?」
急に会話に入って来た人に気付き、わたしは仰け反った。
「やっと抜け出して来てみれば、誰もいない、僕は悲しかったぞ?」
ユーリーはあからさまに『拗ねた顔』をする。
「そ、それは申し訳ありません…」
「冗談だ、直ぐに謝るな」
「それで…本当に、サイラス様はべスが好きなのですか!?」
「ああ、あいつがあれだけ絡むのだ、好意の一つでも無ければせんだろう」
「べスは『自分を言い負かすのが趣味』と言っておりましたが…」
「好きな相手には意地悪をしたくなるのだろう」
サイラス様…いつも達観していて、凄く大人な方かと思っていましたが、
小学生男子ですね。
「想いを伝えないのでしょうか?」
「いろいろ事情があるのだ、サイラスは跡取りという分けでも無いしな」
「駄目なのですか?サイラス様は立派な方だと思いますが」
なんといっても、あの若さで王子の護衛だ。
「エリザベスは公爵令嬢だからな、それ相応のものが無ければと、
思っているのであろう。あいつは、エリザベスに婚約の話が行かない様、
剣術やらに唆しているのだ。見た目には分からないだろうが、
実はかなり嫉妬深いヤツだぞ、おまけに執念深いしな、
結局は手に入れるのではないか?なぁ、カイル」
ユーリーが何故かカイルに同意を求めた。
カイルは少し嫌そうな顔をした後、嘆息し、
「欲しいものなら、手に入れるでしょう」と請け負った。
「べスもサイラス様がお好きなのでしょうか?」
「それは分からん、僕には、あの豪傑の強心臓に、
果たして恋心が存在するのかどうか、想像がつかん」
王子、それはあまりに失礼なお言葉です…
「おまえたちはいいな…」
ユーリーが小さく息を吐いた。
貴族でも好きな相手とすんなりと結婚出来ないのだから、
王子のユーリーは尚更思う通りにはならないのだろう。
物語のユーリーはパトリシアと結婚出来たが、
それは彼女が『聖女』だったから許された事だ___
女子生徒たちがこちらに気付き、「ユーリー様ぁ!」と集まって来る。
ユーリーはまたひとつ溜息を吐いたが、
次の瞬間には、『王子の顔』をしていた。
華やかだけど、切ないものなのだと、
わたしは目の前の友人をみて、もどかしさを覚えた。




