(4)
学園生から聖女が誕生したという事で、
学園でも祝賀パーティが行われる事になった。
その日は授業が中止となり、全校生徒や教師が自由に参加出来た。
会場は学園で、この日の為にホールと庭園が解放され、飾り付けられた。
わたしはカイルと一緒に屋敷から学園の会場に向かった。
「おかしくはありませんか?場違いじゃないでしょうか…」
フォーマルなドレスを着るのは、ドレスを作った時に試着した時以来で、
落ち着かない。
緊張と不安でガチガチのわたしを安心させるかの様に、
カイルは「大丈夫ですよ、よく似合っています」と微笑んだ。
フォーマルな装いのカイルを見るのも久しぶりだ。
カイルは両親とパーティに参加する事が何度かあったからか、
いつも通りに落ち着いている。
真っ白いシャツに深い紺色のタキシード。
似合っているし…着慣れているし、仕草も大人びていて…
はっきり言ってしまえば、格好良いのだ。勿論、自慢の義弟なのだが…
これは女性が放っておきませんね…
それを思うと、また少し落ち着かなくなった。
会場に着き、直ぐにユーリーをみつけた。
第二王子ともなると、当然人が集まるもので、
ユーリーは既に二十人近くの生徒たちに囲まれていた。
「これは…近付けませんね」
護衛のサイラスもさぞ大変でしょう。
「姉さん、向こうにエリザベスがいらっしゃいますよ」
わたしはカイルの視線が指す先を辿った。
エリザベスは一人で来ているらしい。
皿を持ち、テーブルの料理を吟味していた。彼女はドレス…では無く、
明るい灰色ベースにストライプの入ったタキシード姿で…
やはり宝塚のように似合っていた。
「べス!素敵です!とっても良くお似合いです!」
思わず目を輝かせ、崇めてしまったわたしに、エリザベスは「そうか」と
満足そうだった。
「母上にはドレスを着ろと泣いて頼まれたが、やはり私はこっちが良くてな」
ああ…確かに、年頃の娘には、幾ら男装が似合うといっても、
ドレスを着せたいのが母心…
迂闊に褒めてしまった自分に反省です。
「次はドレス姿も見てみたいです、どちらもきっと良くお似合いです!」
「セシリーも似合ってるぞ、母上の持っている人形みたいだ」
エリザベスは独特な感性をお持ちなので…
これは、お褒めの言葉と受け取っておきましょう。
「ありがとうございます!」
会場がざわめき出した。参加者の視線が一点に集まっている。
「聖女様よ!」
「聖女様だ!」
聖女パトリシアは歓声に包まれ、登場した。
彼女は遠目にも豪華だと分かる白いドレスに身を包み、生徒達が
見守る中を、優雅に歩いて行く。
赤毛の髪は結い上げられているが、鮮やかで目を引いた。
「聖女様おめでとうございます!」
「聖女様おめでとうございます!」
会場は『聖女熱』で熱狂していた。
パトリシアにもそれは十分分かっているのだろう、満足そうな顔だった。
演奏が始まると、ユーリーがパトリシアを誘い、ダンスフロアに立った。
ダンスの始まりだ。
「聖女様とユーリー様、やはりお似合いですわね…」
周囲は踊る二人の姿をうっとりと眺めるのだったが、
曲が終わると、ユーリーは『第二王子の義理は果たした』とばかりに、
側の男子生徒に相手を譲り、スマートにその場を抜けた。
そんなユーリーに女子生徒たちが群がっていった。
パトリシア微笑を崩さず踊っていたが、曲が終わるとダンスを抜けた。
そんなパトリシアを沢山の生徒たちが囲んだ。
その様子を眺めていると、わたしの前にカイルの手が差し出された。
「姉上、一曲踊って頂けますか?」
「はい、よろこんで!」
こういう場で踊るのは初めてだが、カイルとなら大丈夫だと思えた。
踊り始めると、自分でも驚く程、わたしの足は軽やかに動いた。
昔、二人で踊った時の事を思い出した。
あれは確か、カイルの誕生日パーティの前日だった。
誕生日プレゼントに踊って欲しいと、カイルが言ったのだ。
あの頃のカイルは、わたしと身長も同じ位でしたね…
「姉上、そんな風に、僕を見ないで下さい…」
カイルの声で現実に引き戻された。
「どんな風、でしたか?」
わたしが聞くと、カイルは伏せ目がちになり…
「思い出していたんじゃないですか?」
二人のファーストダンス。
「思い出してはいけませんか?」
「あの頃の僕は、ませていましたからね…少し恥ずかしいです」
反らされた目の下は赤く、カイルが照れているのだと分かり、
わたしは胸が弾んでしまった。
「ふふ、ませていましたね、カイルにはいつも驚かされました」
「そういう年頃だったので…」
「今思い出すと、とても可愛らしく思えます」
カイルは余程恥ずかしいのか、眉を寄せ、口を曲げた。
だけど、わたしは止めてあげないのです。
「カイルに忘れて欲しいと言われても、忘れません、わたしの宝物ですから」
カイルとの日々は、いつまでも輝きつづける、大切な思い出だ。
カイルの手に力が籠る。
「僕も忘れませんよ___」
◇
わたしはその後、エリザベスとも踊った。
それを見た女子生徒たちは、エリザベスに沸き返り、彼女は次々とダンスに
誘われ、周囲の男子生徒からは不満の視線を向けられたのだった。
カイルも勿論モテるのだが、カイルが誘いに乗る事は無かった。
カイルは「一人受けると、次も受ける事になり、終わりが無いでしょう?」と、
モテない男子に妬まれそうな理由を、あっさりと口にした。
いえ、分かりますよ、カイルは恰好良いですから…
でも、カイルがお断りをする度に、断られた女子生徒は何故か
わたしを睨んで行くのですよ…
わたしが邪魔をしている分けでは無いのに~!うう…理不尽です!
そんな事もあり、わたしは「手を洗いに…」と場を離れた。
流石のカイルも付いては来れない。気を利かせたつもりだったが、
それはわたしにとって、暗雲を引き寄せる事になった。
「あら、セシリア様、この様な所においででしたの?」
レジーナとドリーにみつかり、左右から彼女たちに腕を組まれ、強引に
パトリシアの元まで連れて行かれてたのだ。
レジーナは恭しく聖女様に申し上げた。
「聖女様、セシリア様が以前聖女様にした非礼の数々を、
お詫びしたいそうです」
周囲が騒然となる中、パトリシアは悠然とわたしを見ていた。
そのオレンジ色の目は、獲物を狙うようにギラギラとし、赤い口紅は
弧を描いている。
「さぁ、セシリア様、聖女様に全てをお話し、許しを乞うのです!」
わたしはドンと背中を押され、ふらついた。
周囲の沢山の視線がわたしに集まっている___
わたしの頭は真っ白になった。
彼女が求めているのは、わたしからの罪の告白と謝罪___
分かってはいても、大勢から注目され、わたしは緊張と恐怖で口を開け
なかった。いつまで経っても声を発せず、ただ震えているだけのわたしを見て、
パトリシアは顔を顰め、小さく舌打ちした。
だが、彼女はそれを一瞬で消した。
「セシリア様、もう良いのですよ、忘れましょう」
パトリシアが聖女らしく慈悲を見せた…かに思えた。
だが、それは前置きでしか無かった。
「私には分かります、セシリア様はご自分の罪を認められない方なのです…
私は彼女から数々の仕打ちを受けましたが、彼女は何一つ後悔なさって
いないのです。
他人の苦しみを我が苦しみに感じられない無情に染まられた方…
本当にお可哀想…皆さん、どうか彼女を許して差し上げて下さいね」
パトリシアの言葉に、周囲はざわめき立った。
「まぁ!聖女様に仕打ちを!?」
「聖女様に謝りもしないなんて!」
「聖女様はお優しい…」
「流石聖女様!」
パトリシアは、その話術によって、
周囲へ自分を『悲劇のヒロイン』『優しい聖女様』と根付かせたのだ。
「さあ、お謝りなさい!」わたしは罪人の様に押さえられ、跪かされた。
わたしは俯いたまま、「申し訳、ございません…」声を絞り出した。
「どなたか、この憐れな方をダンスに誘ってあげて下いな」
パトリシアが慈悲深く言うも、当然声を掛ける者はいない。
小声でひそひそと詰り、笑うだけだ。
パトリシアはそれに満足し、ゆったりと笑うと、スッと手を一人の生徒に向けた。
「お優しい方、どうぞ、セシリア様を連れて行って差し上げて」
「聖女様の言う事でしたら、承知致しましょう」
わたしは男子生徒に腕を強く掴まれ、その場から引き摺り出された。
勿論、パトリシアがわたしを助けてくれた分けでは無い___
そう知ったのは、ダンスホールに連れて行かれ、相手の顔を見た時だった。
ハワード・ソーンダーズ
カイルの異母兄だ___
 




