(3)
パトリシアは聖女に正式に認定され、王宮に出入りする様になった。
主には聖女として学び、訓練を受ける為だ。
魔法学園の方を休学して___との話もあったが、
パトリシア自身が学園に通う事を希望した。
特例で、パトリシアは都合の良い日に、魔法学園に来る事が許可された。
聖女は国の宝___
パトリシアは王宮でも学園でも、貴賓の如く丁重に扱われた。
学園生たちにとっては、『聖女パトリシア』は憧れの的だった。
「あの方でしょう?聖女様!」
「ああ、お美しいですわね…」
「聖女様の側は空気が違うそうですわよ」
「聖女様って他の女共とは全然違うよなー」
「あの笑顔~!!聖女様~」
常に十人程度の生徒に囲まれ、パトリシアをちやほやし、使用人の様に
用事を聞いてくれ、何処にでも着いて来る。
「聖女様、お荷物は僕が…」
「聖女様、お飲み物です」
「髪を梳かさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「聖女様にドレスをお作りしようかと、母が申しております…」
「聖女様、是非、我が屋敷に招待したいのですが…」
パトリシアは制服も靴も持ち物も一新していて、化粧や髪飾りも
気品高いものとなり、垢抜け目を引く存在になっていた。
パトリシアは今の状況に満足そうだ。
「ドレスは作らせてあげても良くてよ、招待はごめんなさい、
今の処は王宮から出られませんの」
『王宮』という言葉に、生徒たちは夢見心地で溜息を吐いた。
それ程時間も空けず、「ユーリー様の婚約者は聖女様に決まる」という
噂が学園内に流れていた。
パトリシアがユーリーの周囲に居たのを覚えている生徒たちにより、
「密かに愛を育んでいた…」と美談として語られた。
パトリシアが学園に来ない日には、わたしはユーリーやエリザベスと話す
事が出来た。だが、パトリシアに告げ口をする者もいるかもしれないので、
場所は限られた。
放課後、わたしたちは空き室を使う事にした。
まやかしの魔法を掛け、鍵を掛ければ、近付く者はほとんど居ない。
「今、魔術師団が結界を調べて回っているが、
既に幾つか結界の綻びが見つかっている。
セシリア嬢のお陰で早く手が打てそうだ、礼を言うぞ」
「いえ、わたしは…」
本当は話すつもりは無かったのだ。
元は神託などでは無く、前世で読んだ『物語』なのだ。
それを無暗に話して良いのか、悪いのか…わたしには分からない。
説明にも困る。
「セシリア嬢、全てを話しては貰えないだろうか?先に知っておいて、
手を打てるものは打ちたい。
出来るものなら、民を混乱させずに済ませたい___」
ユーリーに真摯に言われ、わたしは困った。
何度となく読んだ愛読書ではあったが、思い出そうとしても、
詳しくは思い出せなかった。
今世ではもう15年生きているのだから、単純に計算しても、
15年前に読んだ本…という印象だ。
10歳で前世を思い出した時は、悪役令嬢セシリアの運命ばかりが気に
なっていたし…ユーリーが必要としている『神託』はそれとは違うものだ。
確か、今年、聖女が誕生し…次の年にユーリーとパトリシアが婚約…
そうだわ、三年生のパーティで聖女毒殺未遂があり、セシリアは幽閉。
その翌年に、結界が壊れ、危機が訪れ、聖女の力で浄化され、
再び結界が張られる___
「二年後、結界が壊れ危機が訪れる…聖女の力で浄化され、
再び結界が張られる…」
「!!」
わたしの言葉に全員が目を見開いた。
「それは、確かか?」と、確かめるように聞くユーリーに、わたしは頭を振った。
「いえ、確かという分けではありません、神託というにはお粗末なもので…
既に幾つか変っているのです。
この様な不確かなもので先入観を持ち、惑わされては元も子もありません。
ユーリー様の王子としての信頼も失い兼ねないでしょう」
「確かに…そうだな、セシリア嬢のいう通りだ。
神託に頼るなど、以前の僕では考えられ無かった、
それなのに、相手がセシリア嬢だと、こうも簡単に信じてしまうとは…」
「『神託と違ってきている』というのは、どういった事ですか?」
重い空気になった所に、カイルが聞いてきた。
「ユーリー様とパトリシア様の関係など…」
「ああ、サイラスから聞いたが、その神託は間違いであろう」
ユーリーは一刀両断した。
都合の悪い事は信じないタイプでしょうか??
「あの女を好きになる事など、絶対に無いと断言する!」
ああ…そこまで嫌われていましたか…
実はそこが一番変ってはいけない処だというのに…
「好きになれませんか?」
「好きになる要素がみつからん」
わたしは「はぁ…」と重く溜息を吐いたが、ユーリーは堂々と言ってのけた。
「王宮には他にも王子がいる、他の王子と恋に落ちれば良いのだ。
そもそも、相手が王子でなければいけない理由でもあるのか?」
「考えた事がありませんでした…」
ヒロインの相手は王子がベターだと思います。ロマンチックですから。
でも、相手は違っても、『愛』は『愛』ですよね?
「それにしても、神託の聖女は本当にあの者なのか?信じられんのだが」
「それは間違いありません」
「セシリア嬢の方が余程『聖女』に思えるぞ」
「わたしは悪…!そんな、恐れ多いです…」
わたしは『悪役令嬢』ですから…
「セシリア、『散歩道』の方でも、会ってくれるか?ラナも寂しがっていたぞ」
『散歩道』を避けていたのは、ユーリーたちと会い、問い詰められる事を
恐れていたからだ。全ては言えないものの、一応納得はして貰え、協力して
くれると言ってくれている手前、断る理由は無かった。
「はい、是非寄せて頂きます」わたしが答えると、ユーリーは笑顔を見せた。
ユーリーたちと別れ、馬車置き場に向かおうとしたわたしを、
カイルが「少しいいですか」と引き止めた。
「姉さんは、不思議な人だなと思っていました」
急に言われ、わたしはキョトンとし、カイルを見上げた。
その表情はいつもとは違い、何処か憂いがあった。深い青色の瞳が揺れる。
「いつもは、か弱く頼り無いのに、時として酷く大人びていて…
何かを見通していると感じる時も、何度かありました…
最初に僕と会った時、あなたは怯えていた___」
「!?」
カイルが小さく自嘲した。
その顔は泣きそうにも見えた。
「あの時は思い違いだったと片付けましたが、今なら分かります。
神託を受けていたから、なんですね」
「違います!わたしは確かに、あなたと会うのが怖かった…
でも、それは物…神託のあなたで、本当のあなたを見ていた分けじゃ
ないんです!本当のあなたを知って、わたしは自分の過ちに気付きました…
神託は神託に過ぎないのです!大事なのは目の前の世界なんだと…!」
わたしは必死だった。カイルを失いたく無かった___
カイルは目を閉じ、頭を振った。
「神託は正しかったんですよ、あの当時の僕は全てを恨んでいた、
復讐の為に利用してやるつもりで、モーティマー家に来たんです」
え…
「そんな僕を変えたのは、あなたです。
あなたに出会っていなければ、僕は酷い人間になっていた。
周囲の人間を踏みつけて生きていたかもしれない…
それ程に、憎しみが強くて、自分でも抑えられなかった」
辛そうに前髪を掴むカイル…こんな彼を見たのは初めてだ。
わたしには見えて無かっただけでしょうか…
それとも、彼が見せ無かったのでしょうか…
「あなたが僕を恐れた事が気になり、あなたの事を探っていたら…
あなたも僕と同じだと気付きました」
愛されていない子供。
「でも、あなたは、僕とは違っていて…誰も憎んではいなかった。
酷い境遇にも拘わらずに、魔法を使っている時は楽しそうに見える程で…
僕と同じ場所まで落としてやりたいと思う反面、
僕はその純粋さに憧れていた」
カイルがわたしの頬をその指で撫でる。
縋るような瞳に、わたしは魅入られていた。
「そして、あなたが僕の手を握り、泣いた時…僕の内にあった憎しみは消え、
ただ、あなたを守りたいという想いだけが、そこにあった。
僕はあなたを守っているつもりで…本当は助けられていたんです」
わたしはその腕に触れる。
「わたしもです!カイルに助けられたのです!
沢山沢山助けられたのです!」
辛くて、寂しくて、愛して欲しかった___
わたしたちは一緒だった。
「あなたは、いつもわたしの心を守ってくれました…」
カイルの手を両手で包み、わたしは感謝を込めて、胸に抱いた。
「姉上…気持ちはうれしいのですが、やはり、義姉弟といえど、
慎みは必要かと…」
「どういうことでしょうか?」
カイルが視線を下げる。
わたしは自分の胸の存在に気付き、「きゃあ!」と手を離した。
「な、な、なにも言わないで下さいぃぃ!!」
わたしは腕で自分の胸を隠した。
「ははは、姉上は可愛いですね」と、カイルは明るく笑っている。
わたしはというと、「可愛いって、胸の事ではありませんよね!??」
自爆してしまいました。
「姉上、まだ、知っている事があるのでしょう?」
カイルの声が真面目なものになり、わたしはギクリとした。
「独りで抱えて不安にならないで下さい…と言っても、
話しては貰えないのでしょうね?」
こんな風に言うのはズルイです…肯定も否定も出来ない。
「神託が正しいとは限らない、先入観に惑わされては元も子も無い…
ならば、僕は現実を見ます、現実をもがいてみます、僕の力が及ぶかは
分かりませんが…あなたを守ってみせます、必ず___」
わたしも…
あなただけは、必ず守ります…
胸に誓い、わたしはカイルに頷いてみせた。




