魔法学園 二年生(1)
二年生に上がり、クラス替えが行われ、予想に違わず、
パトリシアはAクラスになった。
席順も変り、わたしの隣はサイラスになり、逆隣を向けばカイルが居て、
何かと悪態を吐いていたチャーリーとは離れ、環境は良くなった。
しかし、教室の一番後ろの席に座るパトリシアの存在は、
わたしに大きく圧し掛かっていた。
聖女誕生の時は、もうすぐそこまで来ていた___
◇◇
「きゃっ!ああ!セシリア様、申し訳ありません!許して下さい…」
パトリシアがわたしにぶつかって来たかと思うと、彼女は顔を恐怖に染め、
震え出した。
「あの…」と戸惑うわたしに、レジーナとドリーが割って入った。
「まぁ、どうしたのです?セシリア様に何かされたのですか?パトリシア」
「いえ、私がぶつかってしまって…
セシリア様が凄く怖いお顔をされたので…私、怖くて…」
「大丈夫ですわよ、パトリシア。セシリア様、どうぞ許して差し上げてね」
「パトリシアは私たちの新しいお友達ですもの、
優しくして差し上げて下さいな」
パトリシアはわたしから苛めを受けている、受けていた…という設定に則り、
わたしに対して『恐れる』態度を見せていた。
そして、そんなパトリシアをレジーナとドリーが慰める…という、
三人の友達関係がいつの間にか確立していた。
こんなわたしたちのやり取りを見ている教室の生徒の間では、
わたしは完全に悪役令嬢だろう。
パトリシアにより、『悪役令嬢セシリア』は着々と作られていっている様だった。
だが、そのお陰で、わたしはレジーナとドリーとの付き合いから解放された。
しかし、パトリシアの目が届く所では、エリザベスと距離は置いていた。
試験でのわたしの魔法と、学年3位という成績を取った事で、
わたしはクラスの…いや、同学年の生徒たちから一目置かれる様に
なっていた。あのチャーリーでさえ、わたしに直接悪態を吐かなくなった。
しかし、パトリシアにはそれも気に入らなかった様だ。
『悪役令嬢はね、優秀じゃなくていいの』
『もーと、皆から馬鹿にされてなきゃ駄目!』
『次の魔法薬の授業で、爆発させてよ、あなたなら出来るわよね?』
『お利口さん』
パトリシアから指示を受け、わたしは気が重かった。
周囲に迷惑を掛けないよう、被害を最小限に抑えなければ…
幸い、わたしはいつも後方の席、窓際に座っているので、
生徒たちの動きはよく見えた。
わたしは鍋に水を張り、薬草を入れ、指定の材料を投入していく。
ゆっくりと掻き混ぜながら、その時を待つ。
前の方の席のパトリシアがわたしを振り返る。
パトリシアはわたしにプレッシャーを与えるのが上手かった。
わたしはパトリシアの目を見ると、自然にスイッチが入り、
彼女が何を望んでいるのかを考えてしまう。
パトリシアが直接言ってはいない事を、
わたしは想像でしてしまっているのだろう。
『みっとも無く失敗するのよ』
『皆が軽蔑するように、派手にね』
わたしはノートの下に隠していた、薬草を取り出し、左手の中に握る。
順番を間違えると危険だと教師が注意していた。
この薬草は本当は一番最初に入れなければいけないものだった。
わたしは周囲の席の生徒たちが道具を取りに行ったのを見計らい、
それを鍋に入れた___
「姉さん!!」
バン!!ビシュ!!
爆発と同時に、わたしは腕を引かれた。
鍋の液体は天井目掛けて飛び上がり、鍋は「ガシャン!!」と大きく音を
立てて割れた。
「姉さん、大丈夫ですか?怪我はしていませんね?」
カイルがわたしを床から起こし、真剣な顔で覗き込む。
あの時、カイルがわたしを床にうつ伏せにし、覆い被さってくれたのだと分かり、
恐怖が走った。
「カイルは!?あなたこそ大丈夫でしたか!?怪我はしていませんか!?」
「僕は大丈夫です」
カイルはそう言って笑みを見せたが、その艶のある黒髪には小さな破片が
幾つか付ていた。飛び散った鍋の破片を受けたのだろう。
「ああ…大変!」わたしはカイルの頭に手を伸ばした。
だが、カイルはそれを断り、自分でさっと魔法を使い取り去った。
「これは僕の失敗ですから…僕とした事が恥ずかしいな…」
カイルは何か分からない事を呟いていたが、
「どうしましたか!」鋭い教師の声でわたしは我に返った。
「すみません、わたしです、失敗しました」
「これは…セシリア、あなた薬草を入れる順番を間違えましたね?」
「はい…」
「私が危険だと注意した事を、あなたは疎かに聞いていたのですか!」
「すみません…」
「あなたには失望しました、直ぐに片付けなさい、
今日の授業は受けなくて結構です!」
教師の言葉が突き刺さる。
自分に向けられる皆の目もきっと軽蔑しているだろう…。
わたしは泣きたいのを我慢し、頷くと片付けを始めた。
カイルはわたしの頭をポンポンと叩き、戻って行った。
『分かってるから』と言われた気がして、少しだけ気持ちが救われた。
◇◇
聖女誕生の兆しが出た___
その一報は国中を騒がせた。
各地の教会では聖女の鑑定が大々的に行われ始めた。
魔法学園の生徒は、学園の講堂に司教を呼び、
一斉に鑑定を受ける事になった。
「本日、講堂にて、聖女の鑑定を行います___」
教師からの説明を、パトリシアはニヤニヤと笑って聞いていた。
教室から講堂へ移動する際も、彼女は既に聖女の如く、
堂々としていた。
「この学園の生徒が聖女様だったらどうします?」
「ドラマチックですわよね~」
「聖女様なんて、憧れますわ~」
「私だったらどうしましょう!」
そんな会話を耳にし、パトリシアは鼻で笑う。
わたしは彼女を遠目に見ながら、
『パトリシア以外の人が聖女だったら…』と思ってしまった。
しかし、結局、そんな事は起こらず、物語通りに、
パトリシアが聖女に認定されたのだった。
「おおお!この光は___」
司教が声を上げ、白い光を放つ水晶球を掲げた。
「聖女様じゃ!彼女こそ、聖女様であられるぞ!!」
◇
直ちにパトリシアは司教と共に王宮へ向かい、
王子であるユーリーも王宮に駆け付ける事となった。
学園では『聖女』の話で持ち切りだった。
「パトリシア・クラークが聖女様ですって!」
「2年のAクラスの生徒よ!」
「聖女様ってやっぱり優秀なんだなー」
「綺麗な赤毛の髪をしていらっしゃる方でしょう?」
「オーラが違ってたよなー、彼女」
「気品があるっていうか、清純でさー」
彼女を褒め称える者がほとんどだった。
しかし、彼女と親しくしていた生徒は実は少数だ。
想像と憧れで彼女の像が勝手に出来上がっていくのだった。
「ふふ、私達、聖女様とは親友ですのよ」
「パトリシア様とは学園に入学した時からのお付き合いですもの」
「パトリシア様の事でしたら、私達なんでも知ってますのよ!」
「どうぞ、質問なさって!」
レジーナとドリーは『自分たちは聖女と友達』と、公言して歩いていた。
皆が彼女たちに群がり、パトリシアの話を聞きたがった。
「おまえ、聖女様を苛めてたよなー、ヤベーんじゃねーの」
最近ではすっかり大人しくなっていたと思っていたチャーリーが、
わたしを見付け、悪態を吐いてきた。大人しくなったのでは無く、
機会を伺っていたのだと気付いた。
チャーリーの声に、皆もそれを思い出す。
「まさか、相手が聖女様だとは思わないよなー」
「誰かれ構わずに苛めるからだ、自業自得だろ」
「聖女様を苛めるってある意味すげーよ」
「おまえ、魔力も桁違いなら、頭の方も桁違いとか!」
「どうすんの?聖女様に謝った方がいいんじゃねーの?」
「聖女様なら、おまえみたいに汚れ腐ったヤツも浄化してくれっかも!」
わたしは彼らの悪態を、ただ聞き流していた。
どんな事を言われても、傷付く事は無かった。
それは全て、違うのだから___
「姉さん、気にする事はありませんよ」
カイルが心配して声を掛けてくれ、何も感じていなかったわたしの心が急に
悲鳴を上げた。わたしは顔を伏せ、歯を食いしばり、小さく何度も頷いた。
「大丈夫ですよ、僕には分かっていますから…」と、カイルが手を握ってくれ、
堪らずに涙が零れた。
「おまえたち、いい加減にしろ!成績でセシリーに勝てないからと、
嫌がらせをしているのだろう!寄って集って情けない!
それが男のする事か!単細胞の猿共が!!」
エリザベスが吠え、集まっていた男子生徒たちは恐れを無し散って行った。
「単細胞ってあいつの方だろ」と言った男子も、エリザベスにギロリと睨まれ
拳を見せられると、口を閉じ顔を反らしたのだった。
「僕だけじゃなかったですね、エリザベスも、ユーリー様も、サイラスも、
姉さんの味方です」
カイルが小さく笑う。
エリザベスは隣で腕を組み、「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「当たり前だ、それに、あの女は得体が知れぬからな」
「ですが、聖女様でもある事も確か___」
サイラスが珍しく口を挟んだ。
「おまえ!セシリーを裏切るか!!」
「裏切るも何も、事実を述べたまでです、都合良くそこを抜きにしては
いけませんよ」
「じじいが…」
「は?何と言いましたか?エリザベス・マーゴット公爵令嬢?」
二人のやり取りを見て、『エリザベスとサイラスはかなり親しいのでは?』と
思えた。気心が知れているというか、微笑ましいというか…
「おまえは黙って、ユーリーに付いていればいいだろう、何故ここに居る?」
「ユーリー様の命にて、生徒たちの動向を観察するよう、
仰せつかりましたので」
「成程、ユーリーも変に思っているんだろうな、あの女が聖女とは…」
「しかし、司教と繋がって偽っているとも…」
サイラスの言葉に、わたしは咄嗟に顔を上げ、強く言っていた。
「彼女は、パトリシアは本物の『聖女』です!」
「何故…断言出来るのですか?」
カイルが訝しげに聞く。
エリザベスもサイラスもわたしを注目した。




