(12)
「セシリア・モーティマー伯爵令嬢ですわよね?」
「ユーリー様に近付く女子生徒に嫌がらせをなさっているとか?」
「その上、ユーリー様の婚約者は自分だと公言なさったそうね?」
わたしは廊下で知らない女子生徒達に声を掛けられ、囲まれた。
最初、わたしは何を言われているのか分からなかったが、
彼女たちの向こうにパトリシアの姿をみつけ、漸く状況が飲み込めた。
パトリシアがわたしを『悪役令嬢』に仕立てる為、噂を流したのだろう。
パトリシアはニヤニヤと笑みを浮かべ、状況を楽しんでいる様だった。
「勝手にその様な事を言われて、ユーリー様が気の毒ですわ!」
「ユーリー様がお困りなのが分かりませんの?」
「他の女子生徒の方々への嫌がらせも止めて欲しいですわ!」
「クラスの令嬢方にも強制させているのでしょう?」
「お二人共、あなた方に逆らえないと泣いておられましたわ!」
「まぁ、なんて酷い方なんでしょう!」
「あなた、伯爵令嬢としての自尊心はございませんの?」
彼女たちはわたしを責める内に、歯止めが利かなくなったのか、
わたしに近付いてきた。声もどんどん大きくなっていく。
「何とか言いなさいよ!」
一人の令嬢が激情に駆られ、その手を振り上げた。
わたしは咄嗟に身を縮め顔を伏せた。
彼女の手はわたしの頭を叩き付けた。
それを皮切りに、わたしは髪を四方から散々に引っ張られ、叩かれ、
足を蹴りつけられた。
「や、やめて!」
引き千切ろうとしているかの様な気迫に、わたしは恐怖を感じ、
声を上げていた。
「痛い、やめてください!」
「あなたに苛められた方々もそう言ったでしょうね!」
「こうしてやらなければ、この女には分かりませんのよ!」
「思い知りなさい!」
揉みくちゃにされる中、
「止めないか!何をしているんだ!」
凛とした声が割って入った。
さっと、圧迫感が消えた。
彼女たちが手を引っ込め、わたしから離れたのだ。
恐る恐る顔を上げると、怒りの表情を浮かべたユーリーの姿が見えた。
「この学園に置いて、暴力を振るうとは何事だ!
二度とこの様な事はするな!」
他の者に発言を許さない威圧感があったが、
彼女たちは自分たちの正当性を信じ、訴えた。
「違うのです!ユーリー様!彼女が悪いのです!」
「ユーリー様に近付く女子生徒を、クラスの女子を使い苛めていたのです!」
「ユーリー様に対しても、悪い噂を立てていましたのよ!」
「私たちは、この様な方と一緒に学びたくございませんわ!」
「いい加減にしろ!」ユーリーは一喝した。
「セシリア嬢はその様な女性では無い!
噂を鵜呑みにし、この様な事をする者たちこそ、悪ではないのか!」
彼女たちはユーリーの言葉や気迫に怯み、口を閉じ、視線を反らした。
わたしはパトリシアがじっとわたしを見ているのに気付いた。
その顔に、もう笑みは無かった。
目は冷たく、彼女の顎がクイと動いた___
わたしは彼女の意図を読んだ、いや、想像した。そして、従ったのだ。
「申し訳ありません…わたしが悪いのです…ユーリー様に近付く生徒は
許せません。嫉妬に狂い、わたしは苛めをしてしまいました…
この様な事をされても仕方ありません…
ユーリー様の婚約者は自分しかいないと、その様な戯言まで言ってしまい
ました…わたしこそ悪です…」
「もうよい!」
ユーリーの鋭い声が遮った。
「兎に角、暴力は許さない!これ以上セシリア嬢を侮辱し、
手出しをするなら、僕が許さない。その時になって後悔するがいい___」
ユーリーは踵を返し、去って行った。
わたしは小さく息を吐いた。
彼女たちは気まずそうに顔を見合わせ、逃げるように去って行った。
パトリシアだけが残り、わたしの側に来ると、優しい手つきで無残なわたしの
髪を撫でた。
「ふふ、あなたって本当に……馬鹿なの?」
彼女の手がわたしの髪をぐしゃりと握り潰した。
声には怒りがあり、わたしは分けが分からず彼女を見た。
わたしは彼女が求めるわたしを演じたつもりだった。
だから、噂を全て肯定した、全てはパトリシアが聖女になる為に!
なのに何故___
「あれじゃ、『無理矢理言わされます』って言ってるようなものでしょう?
あのクソ王子、よくも私に宣戦布告してくれたわね!!」
パトリシアの顔が怒りに染まる。
「どいつもこいつも、私の邪魔ばっかり!
みてなさい!私が聖女になったら、あいつに地獄を見せてやる!
誰が一番偉いのか教えてあげるわ、王子なんて、私の前では何の力も
持たないクズよ!
この世界は私のものなんだから、ヒロインである『私』のね!」
「パトリシア、お願い、ユーリー様に変な事しないで…この世界も…」
『物語』では無い、皆ちゃんとこの世界で生きて、それぞれ生活をしている。
この世界を守って欲しい。その力はパトリシアにしか無いのだから___
そう訴えたかった。
だが、パトリシアはわたしを突き飛ばした。
「あんた何様よ!私に指図してんじゃないわよ!たかが悪役令嬢が!
役立たずのクセに!!
本当は一番にあんたを地獄に突き落としてやりたい処よ!
あんたみたいな女が一番嫌いなの!前世からね!
でも、あんたには大事な役目があるから、今の処は見逃してやってる
だけよ!それなのに『ユーリー様』の心配?はっ!笑っちゃうわ!
精々楽しみにしてなさい___」
パトリシアは恐ろしい目で睨み付け、その場を立ち去った。
ああ…どうしたらいいの?
わたしは彼女に嫌われている、それ処か、もしかしたら憎まれているかも
しれない。『大事な役目』とは、毒殺未遂事件だろう。
前世で彼女に何かしてしまったんだろうか…
彼女を止めたい、彼女にこの世界を救って貰いたい…
だけど、わたしの言葉は、彼女に届かない___
廊下にしゃがみ込み、顔を伏せていたわたしは、傍に誰かの気配を感じた。
「姉さん、大丈夫ですか?」
そっと頭を撫でられ、わたしは顔を上げた。
深い青色の目が心配そうにわたしを見つめている。
ユーリーに聞いて来てくれたのだろう、ユーリーは立場上、
わたしを助ける事は出来ないから。
「…大丈夫です」
わたしは微笑んで見せた。
「そうは見えないのですが…」
カイルが腫れ物に触れる様に、わたしを覗き込む。
カイルはいつも心配してくれている、守ろうとしてくれている。
だけど、わたしは…破滅に向かって進むしか無い。
その時、どれ程この優しい義弟を悲しませ、傷付けるのかと思うと、
身を切られる程辛い。
いっそ、出会わなければ良かった___
「ごめんなさい…」
「何を謝るのですか?」
わたしはカイルの服を震える手で掴み、その肩に額を押し付けた。
カイルは黙って、わたしの髪を撫でてくれる。
わたしは堪らず、涙を零していた。
◇◇
学年の終わりが近づき、試験が10日間に渡り行われた。
この総合得点と審査に基づき、学年順位が決められ、
来年度のクラス分けが行われる。
試験最終日は、それぞれ得意な魔法を披露した。
自由種目で、個々の実力や一年間の努力の成果を審査される。
エリザベスは自分の幻影を二体出し、三人で対戦するというものだったが、
それはそれぞれに動きも違い、まるで意思を持っているかの様だった。
闘いの迫力に生徒たちも釘付けで盛り上がった。
ユーリーは剣から金の光を出し、それを鞭の様に自在に撓らせ
目標を攻撃した。
そして、金の鞭は蛇の様に渦巻き、最後は鳳凰に形を変え、消えた。
その美しさと威力とカリスマ性のある演出に、生徒たちから溜息が洩れた。
カイルは助手にサイラスを選び、攻撃をして貰い、それを剣で吸収した。
カイルが剣をスッと突き上げると、吸収した攻撃は倍増し、凄い速さで天高く
飛んで行き、弾けると、それは青、緑、黄色、赤…色彩豊かに、花火の様に
咲いた。生徒たちは大きく歓声を上げた。
わたしはヒーリングの魔法をアレンジした。
空に向かって手を上げると、空から紫色のキラキラとした光の粒が一面に
降り注いだ。
「光ってるぞ」
「何か、香がする…」
「懐かしいような…」
それは、時間が経つと明るい緑色の光の粒に変化する。
「今度はミントか?」
ミントの光の粒が消えると、ヒーリングは終わりだ。
「頭がすっきりしてる…」
「体が軽くなってないか?」
「それにしても、ここに居る全員をヒーリング出来るって…」
「やっぱ、すげーんだな…」
最初のラベンダーにリラックスの魔法、
そしてミントにはリフレッシュの魔法を掛けていた。
「姉さんらしい魔法でしたね」
席の戻るとカイルが悪戯っぽく緑色の目を光らせた。
「ありがとうございます、カイルの魔法には驚きました」
遊び心のある魔法を使うとは思っていなかった。
カイルは現実主義、実力主義で、意味の無い事はせず、
ストイックなタイプだと思っていた。
「姉さんが好きそうだと思いまして」
「はい、好きです!とっても綺麗でした!」
わたしはつい食い気味に言っていた。
だって、本当に感動したのだ。
前世でも花火大会に行った事はほとんど無い。
一緒に行く人も居なければ、誘われる事も無い、人混みも苦手で…
TV画面で観る位だ。
だが、TVの画面と、実際に見るのとでは、受けるものが違う。
カイルの見せてくれた花火で、実際に観た時の迫力や感動を思い出した。
「それに、あんな風に、争いを楽しいものに変えられたら、
さぞ世界は平和だろうと思いました」
「姉さんは…本当に…」
「はい?」
カイルが「ふっ」と笑う。
「いえ、それが出来るのは、『聖女』位だと思いますよ」
国に結界を張れ、魔獣や魔物を『浄化』出来る聖女。
パトリシア…
落ちそうになる気持ちを懸命に奮い起こし、わたしは笑った。
「そう、ですね…成程です!」
◇
後日、試験結果が掲示板に貼り出された。
1番はユーリー、カイルは2番だ。
この結果に、またもやユーリーがカイルに絡んでいたが、例によってカイルは
相手にしない。何故かユーリーはカイルの方が上だと思っている処がある。
サイラスは4番で変り無いが、エリザベスは7番で順位を大きく上げた。
そして、驚く事にわたしは3番だった。
レジーナは19番、ドリーは20番、そして…パトリシアが18番。
来年度、パトリシアはAクラスになるだろう___
◆パトリシア◆
試験結果を見ていたパトリシアは苛々と爪を噛んだ。
「何で、私が18番で、あの女が3番なの!?」
「こんなのおかしいわよ!納得いくわけ無い!」
「私がヒロインよ!!」
「ヒロインの私が1番であるべきだわ!!」
この世界も、あの女も、女神も、みんなみんな絶対に許さない___
一年生終了です!
楽しんで頂けてるでしょうか?
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