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一度は納得したものの、屋敷に帰ってから疑問が浮かんで来た。

魔獣の正体は分かっていないのに、カイルは魔獣の活動は深夜だと言った。

それに、建物の中まで入って来ないと言い切れるだろうか?

ダリルとマリーは大丈夫だろうか___


気になり、カイルの部屋を訪ねたが、そこにカイルの姿は無かった。

嫌な予感がし、わたしは執事を呼んだ。


「カイル様はお約束があるとか、お出掛けになりました」

「どちらにでしょう!?」

「分かり兼ねます、カイル様より、セシリア様には屋敷から出無いようにとの

お言いつけでございます」


まさか、独りで調査に行ったのでは___

背筋に冷たいものが走る。


「わたしも行きます!直ぐに馬車を出して下さい!」

「なりません、セシリア様、お部屋にお戻りを」


「次期当主が危険な事をしようとしているのですよ!?

姉であるわたしが止めなければなりません!

いいから、馬車を!責任はわたしが取ります!」


わたしは動き易い服装を探した。

シャツとベスト、一つだけあったズボンに着替え、髪は三編みにし頭の上で

ベレー帽に隠した。ブーツを履くと、男の子にしか見えない。


馬車に乗り、急いでダリルの店がある地区へと向かった。



カイルはこの通りを、警備員の代わりに見回るつもりなのでは、と思った。

通りの入り口で馬車を降り、わたしはカイルを探して歩いた。

通りは酒場が多くを占め、夜だというのに灯りが点き賑やかだ。


男の子にしか見えない為か、わたしに声を掛けてくる者はいなかった。

たまに、綺麗な女性に手を振られた位で。

ダリルとマリーの店に着いた。ここにカイルが来ているとは思っていなかったが、

中を覗く。中々繁盛している様で、賑やかな声が聞こえた。


カイルは何処に居るのでしょうか…


キョロキョロと周囲を確かめながら歩いていたが、

突然後ろから羽交い絞めされたかと思うと、手袋をした手に口を塞がれた。

全く気配を感じなかった。


「!??」


驚き固まったわたしは抵抗する間も無く、

そのまま路地に引き込まれた___怖い!!


「落ち着いて下さい、僕です、こんな所で何をしているんです?姉上」


カイル!?


「静かにして下さいね」


耳元で囁かれ、わたしはコクコクと何度も頷いた。

ゆっくりと体を離され、口を覆っていた手も離れていった。


「お、驚かせないで下さい!」

「それはこちらの台詞だと思うのですが?姉上」


暗くても分かります、カイルのじと目…


「言い付けを守らず、そんな格好をし、

こんな所にのこのこ来るものではありませんよ、伯爵令嬢は」


「あなたが一人で行くからです!言ったじゃないですか!

独りは駄目です、わたしがついていないと…

わたしを不安にさせないで下さい!」


屋敷の部屋に居る筈のカイルが無くて、不安になった。

自分の知らない処でカイルに何かあったら…

わたしは絶対に後悔するから!


「不安にさせてしまい、すみませんでした…

気付かないなら気付かない方がいいと思ったんです、

怖い思いをさせたく無かったので。

姉さんに傷付いて貰いたくない…これは僕の我儘です」


カイルの指がそっとわたしの頬を辿る。

その感覚にビクリとすると、その指は離れていった。


「でも、実は一人ではありません」と、カイルが明るい口調で言ったので、

わたしの中に渦巻いたものは、霧散した。


え?


「ユーリーに事情を話し、サイラスを貸して頂きました」

「ええ!?まさか、ユーリー様は来ておられませんよね!?」


あの性格ですよ!?また、お忍びでなどと言い出したのでは…


「ええ、行くと言ってきかなかったので、縛り付けて来ました」


ええ!??王子を縛り付けちゃっていいんでしょうか!?

これは、義弟の為にも、秘密にしなければ!!


「目的は、件の犯人を捕まえる事ですが、

恐らく魔獣だと思うので捕まえるのは無理でしょう。

追って棲みかを特定したいと思っています、

仲間が居ないとも限らないので」


「でも、同じ場所に留まるとは限らないのでしょう?

特定して、その場で…という事ですか?」


そうなると、人手はわたしを含め、三人…。


「ふむ…姉上も賢くなられましたね」


感心されてますが…

また、はぐらかそうとしたのですか!??

わたしは精一杯怖い顔をし、カイルを睨んだが、効果は無い様だった。

カイルはスラスラと続ける。


「棲みかを特定した時点で、魔術師団に応援を頼みます、

繋ぎはサイラスの鳥がしてくれます。

僕だって、無謀では無いでしょう?」


確かに、しっかり考えておられたのですね、安心しました。


「それで姉上ですが、取り敢えず、帰って頂きましょうか」


カイルが二コリと笑った。

その笑み、凄い怖いです…


「わたしに何か出来る事は…」

「ございません」


そうですよね…攻撃魔法ひとつ使えませんし、

魔獣を追うなどという体力も俊敏さも持ち合わせておりません。


「それでは、万が一、怪我人が出た場合に備えて…」


わたしの申しでに、カイルは溜息を吐いた。


「この状況で、姉上の心配までしなくてはいけない僕の気持ちも、

少しは分かって下さい」


「それでは!マリーさんの店で待っています、それでどうでしょう?」


縋る気持ちで、上目使いになったわたしに、カイルは少し顔を顰めはしたが、

「いいでしょう」と折れてくれたのだった。


カイルは適当な理由を付けて、わたしをダリルとマリーの店に預け、

行ってしまった。迎えに来てくれると約束をして。


わたしは店の二階の部屋を貸して貰い、窓から外を伺った。

何か異変があれば分かる様に…


足手纏いになるのは嫌ですが…

それでも、傍に居たいと思ってしまう…これは、わたしの我儘です。



夜も更けてきた。

魔獣が現れるのは、もっと遅い時間だろうか…と、考えていた時、

目の前を何かが横切って行った。

わたしは一瞬遅れて立ち上がり、窓の外を覗いた。

何か大きく黒いものが屋根の上を飛び跳ねていく。


「魔獣だわ!!」


カイルとサイラスは気付いただろうか?

二人の事だから抜け目は無いだろうけど…

わたしは二階から降り、マリーに「お店から誰も出無いで下さい!」と

言い残し、店を出た。


魔獣は何処!?


屋根の上に視線を走らせる。

何か、地上から屋根に向かい、光線が飛んで行った。

それは黒いものに当たり、それは屋根から転げ落ち…

猫の様に地面に四足で着地した。

ダメージは負っていないらしく、紅い目を周囲に走らせたかと思うと、

大きく飛び上がった。


「!?」


あまりの身体能力に、わたしは恐怖を覚え、動けなくなった。

「キャー」と悲鳴が上がり、わたしは我に返った。

悲鳴の方を見ると、黒いものと女性が対峙していた。


「危ない!!」


咄嗟に攻撃しなくてはと思ったが、わたしが使える攻撃魔法は

静電気位しか無い。

わたしの声で、黒いものの標的がわたしに移った。

紅い目がぎょろりとわたしを見ている。


黒いものが大きく跳躍した。


「きゃ!!」


バシュ!!


それは空中で撃ち落とされた。

気付くと、わたしは誰かの背に庇われていた。


黒いものはよろめきながら立ち上がる。

こちらを見て不利だと悟ったのか、向きを変え、蛙の様に飛び跳ねて

行った。わたしはそれを見て息を吐いた。


「姉上、あの女性をお願いします___」


カイルはわたしに言うと、駆け出した。

黒いものを追う影は二つ。

一つはサイラスだろう。

わたしはそれを茫然と見つめていたが、カイルの言葉を思い出し、

先程襲われ掛けていた女性の元へと急いだ。


女性は幸い怪我はしていなかったが、かなりショックを受けていて、

目を見開いたままガクガクと震えていた。


「大丈夫ですか、魔獣はもう逃げましたよ…」


声を掛けても反応が無いので、わたしは彼女に癒しの魔法を掛けた。

すると漸く落ち着いたのか、彼女は瞬きをし、息を吐いた。


「ああ…私、どうしたんだろう?凄く怖かったのに…」

「落ち着きましたか?怪我はありませんか?」

「ええ…大丈夫よ」


わたしは彼女を店に入れ、ダリルとマリーの店に戻った。

幸い、店内が賑やかだった所為か、皆が酔っ払っていた所為か、

外の騒ぎに気付く者はいなかった。

ダリルとマリーには簡単に説明しておいた。


「ええ!?魔獣!?こんな所にかい?」

「追って行ったんだろう?カイルは大丈夫なのかね…」


「魔術師団を呼んでいますので、二人は大丈夫です、

それにカイルは強いですから!」


それから幾らかして、通りに魔術師団が数名現れた。

通りには、二人の攻撃を喰らった魔獣の残骸が二頭と、

魔獣の血も残っていたので、検証し、魔獣の残骸を運んで行った。

目撃者の女性が話を聞かれていた。

カイルとサイラスの事は魔術師団に連絡が届いている様で、

魔獣を攻撃したのが誰か…という疑問は聞こえなかった。


わたしも立派な目撃者だが、こんな時間に、こんな場所に居る事が

知られると問題になりかねないので、身を顰めていた。

カイルとサイラスの証言があれば十分だろう。



それから一時間近く経ち、カイルが店に現れた。


「カイル!!大丈夫でしたか!?怪我は!?」


わたしは思わずカイルに飛びついてしまった。

カイルは「全く問題ありませんでしたよ」と言ったが、

その笑みは少し疲れて見えた。


「お騒がせしました、後の事は魔術師団に任せてして下さい、

後日説明もあると思います」


「ダリルさん、マリーさん、お世話になりました」

「いやー、世話になったのは俺らの方さ!」

「立派なもんだねー、あたしはあんたが魔術師団に見えるよ!」


二人にお礼を言い、わたしはカイルの腕を支え、店を出た。


「姉さん、僕は大丈夫ですよ」

「いえ、お疲れの様ですので…」

「そんなに引っつかれても、歩き難いのですが…」


カイルはわたしよりも15センチは身長があるので、わたしは全く支えに

なっていないし、歩幅も大きく違うので、確かに邪魔をしている様だ。


「そ、そうでしたか!」

「回復魔法か、癒し魔法を掛けて頂けたら十分ですよ」

「そ、そうですね!」


カイルに指摘され、それに気付いた。

ああ、全く、頭が回っていませんでした!

わたしは慌ててカイルの腕を解き、回復と癒しの魔法を掛けた。


カイルの体力が戻りますように、疲れが吹き飛びますように…


「ありがとうございます、回復しましたよ、逆に調子が良過ぎる位です」

「良かったです!」


わたしでも役に立てる事があって良かった。

「ほうっ」と息を吐いたわたしに、

体力と精神力がクリアになったカイルは、何故か顔を顰め、零した。


「本当に、困った人だな」


ええ??

キョトンとするわたしに、カイルはズイっと顔を寄せた。


「大人しくしていると約束しましたよね?姉上」


「は、はい…」


「何、標的になってるんですか、危うく殺してしまう処でしたよ、

追跡用の魔獣を」


「も、申し訳なく…」


「でも、助かりました、少なくとも、あの女性にとって、姉上は救世主ですよ」


キョトンとしてカイルを見ると、カイルは苦笑した。


「あまり褒めたくはありませんが、あなたが気を引いたから彼女は助かった」

「そ、そうでしたか…咄嗟に叫んでしまっただけですが…」

「それは分かっています」


やっぱり、バレてますよね。


「はい…でも、うれしいです、あの方が助かって良かったです!」


カイルの手がわたしの頭をポンポンと叩いた。





カイルとサイラスが追って行った魔獣の棲みかには、

他に二頭の魔獣がいた。

魔術師団が来るまで二人は見張り、後は魔術師団が引き継ぎ討伐した。

後処理も全て魔術師団が行い、カイルとサイラスは説明等をする為、

引き留められていた、という事だった。



翌日、質素な馬車がモーティマー家の屋敷の門を通った。

それは例の如く、平民に変装したユーリーとサイラスで、

正体を知らない使用人たちは普通に接していたが、カイルに呼ばれて

広間に入り、二人を見たわたしは驚きに声を上げそうになった。


「ゆ、ユーリー様!?な、何故この様な所に…」

「久しぶりだな、セシリア嬢、元気だったか?と、級友に聞くのもおかしな

ものだな」


ユーリーは我がもの顔で、我がモーティマー家の長ソファーの真ん中を

陣取っている。向かいのソファには、カイルとサイラスが並んで座っていた。

ユーリーは王子なので、この座席はおかしくは無い…とはいえ、

妙な雰囲気を感じます。


それにしても、ユーリーとサイラスとは同じ教室で過ごしているが、

喋ったのはいつが最後だったか…


「昨夜はセシリア嬢も大活躍だったとか?」

「いえ、そんな、わたしは邪魔をしていただけで…」

「そんなに謙遜するな、参加出来なかった僕にしてみれば、羨ましいぞ!」


ああ…そういう事なのですね…


ユーリーは置いて行かれた事で拗ねているらしい。

カイルもサイラスも無口になる筈だ。

わたしも共犯なので、しずしずとカイルの隣に座った。


「三人の昨夜の働き、見事であったぞ、本来ならば大々的に称賛して

やりたいのだが、魔法学園の生徒という事もあり、表に出ると何かと

問題になる、許せよ」


「承知しておりますし、必要はありません」


「ふん、無欲だな、強欲な者は嫌いだが、無欲過ぎるのもつまらんな」


「それよりも、どういう現象なのかを知りたいのですが」


「ああ…、どうやら、最近各地で魔獣の動きが活発になっているらしい、

原因は今探っている処だ。今はまだ各地の討伐で抑えられているが…

この先は厳しい状況になるやもしれん。まだ、憶測の範疇だがな」



ユーリーたちの話を聞きながら、わたしの頭には、

物語の『聖女誕生』の場面が浮かんでいた。


結界が脆くなり始めているのではないだろうか…


国を守る程強大な結界を張れるのは聖女だけだ。


聖女の誕生はもう、半年先に迫っている___



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