(9)
レジーナとドリーはユーリー狙いなので、昼休憩は当然の様に食堂へ、
そしてユーリーたちのテーブルへ向かった。
「ユーリー様ぁ、ご一緒してもよろしいですかぁ?」
ユーリーは声を掛けてきたレジーナの背後にわたしが居る事に気付き、
奇妙な顔をした。
「おまえたちは仲が良かったか?」
「ええ、つい最近、仲良くなりましたのよ!」
「そうですの、話をしていたら気が合う事が分かりましたのよ、おほほほ」
レジーナたちの言葉は上滑りに聞こえる。
彼らの不審な眼差しが気にならないのか、彼女たちは堂々と
サイラスの隣に座り、ユーリーに話掛け、気を引こうとしていた。
カイルたちから変に思われない様、わたしは只管空気になるのだった。
◇
ある日の放課後、レジーナとドリーに言われ、屋敷の馬車には帰って貰い、
彼女たちの馬車に一緒に乗った。
日頃、屋敷と学園の往復しかしないわたしは、
馬車が何処に向かっているのか、全く見当も付かなかった。
高い建物が並ぶ、静かな通りで馬車が停まった。
そこから彼女たちは路地を入って行く、良く来ている場所の様で、
迷いは無かった。
薄暗い路地、彼女たちはある建物に入っていった。そこは薬屋の様だった。
こんな処まで、薬を買いに来たのだろうか?
「こんにちは、いつものあります?」
「ああ、上等のヤツが入ってるよ」
「見せて貰うわよ___」
ドリーが慣れた調子で店員に話しているのを見て、それを思い出した。
物語のドリーは、闇で薬を買っていた。
彼女は中毒者で、セシリアの罪が暴かれた後、
その事もあり、修道院に送られる事になったのでは無かっただろうか…
「セシリア、お金を出しなさい」
「すみません、わたし、持ち合わせていなくて…」
王都の屋敷に来て、自由になるお金は幾らか持たせて貰っているが、
必要が無いので結局持ち歩いてはいなかった。
「何よ、役に立たないんだから!いいわ、明日返しなさいよ」
ドリーがわたしに小さな薬の包みを渡して来た。
前世でいう、麻薬とか大麻とか…そういう物だろうか?
「あの、わたしは結構です…」
「いいから!あなたみたいな地味でつまらない女でも」
「楽しい気分になれるわよ~」
「ほら、上に行くわよ!」
建物の三階は酒場になっていた。
客は十人程度いて、皆ハイになり騒いでいたが、
防音魔法でも掛けられているんだろうか、店内に入るまで気付かなかった。
「ほら、グラス持って!粉を入れるでしょ?一気に飲む!」
ドリーがやって見せる。
隣のレジーナも同様にそれを飲んでいる。
「あなたもやんなさいよー、私達、これで仲間よ!あははは」
「一緒に堕ちましょう!あー楽しい!もう1杯頂戴な!」
「嬢ちゃんたち、いい飲みっぷりだな!」
「あんたら、魔法学校の生徒だろ?いいのか、こんな場所に来て」
「馬鹿、こいつら常連なんだよ」
「そうそう、金持ちの客なんだから、滅多な事すんじゃねーぞ」
ドリーとレジーナは気持ち良くなっているらしく、高い声でケラケラと笑い、
大声を出し…とても正気には見えなかった。
きっとわたしの存在も忘れているだろう。
早く逃げ出した方が良いと頭の奥で警報が鳴っている。
わたしはグラスをドリーの側に置き、音を立てないようにそろそろと中腰で
後退りをし、店から抜け出した。
誰かが追って来ないかと不安と焦りの中、薄暗い階段を降り…
建物を出た処で、漸く息が吐けた。
だが、まだ安心という分けでは無かった。今居る場所が分からないのだ。
薬屋に戻って場所を聞いた方がいいかとも思ったが、
怪しまれ、トラブルに巻き込まれないとも限らない気がして、それも憚られた。
結局、路地を出て、立ち寄れそうな店のある場所まで歩く事にした。
だが、思った以上に入り組んだ場所で、歩いても歩いても抜け出せず、
路地が迷路の様に感じられた。
高い建物に囲まれ、薄暗く、重圧感に襲われる。
どうしよう、迷子になりそう…
通りに出ても、そこからどうやって屋敷まで戻ればいいのか…
それを考えると怖くなったが、兎に角表通りに出ようと歩く。
すれ違う人が皆悪人に思え、わたしは人を見る度に壁に体を押しつけ、
気配を消そうとした。
だからなのか、幸い誰もわたしに目を留める人は居なかった。
早く、ここから出たい…
屋敷に帰りたい…
どれだけ歩いただろう?延々続くかの様に思えた路地が開けた。
明るいオレンジ色の光に導かれて、
わたしは疲れて重い足を必死に動かした。
路地を抜けた先は、表通りなのか、馬車や人が行き来していて、
賑わっていた。立ち並んだ店は開いているが、ほとんどが酒場の様だ。
酒場に入って場所を聞くというのは、わたしには難しい。
そもそも手持ちのお金も無いので、店に入る勇気も無かった。
ああ、誰に聞けばいいんだろう…
交番などは無いでしょうか?と、オロオロ、キョロキョロ周囲を眺めながら
歩いていたわたしは、足元の石畳に躓き、転んでしまった。
「きゃっ!」
「おっと、悪い、当てちまったか?あんた、大丈夫か?」
大きな樽を持った大柄な中年男性が、わたしを見降ろしていた。
エプロンをして、人の良さそうな顔をしている…
「その制服、魔法学園の生徒さんかい?なんでまた、こんな処に…」
「た、たすけてください、たすけてください、たすけてください!」
わたしは藁にも縋る思いで言っていた。
「たすけろって、どうしたんだい?」
「わ、わたし、お金持ってなくて、それで、迷子なんです!
お家に帰りたいぃ、うえええ…」
張り詰めたものがぷつりと切れ、わたしは石畳にしゃがんだまま、
泣き出してしまった。
「ちょっと、あんた!表で何騒いでるのさ?」
「ああ、ちょっと、この嬢ちゃんに樽ぶつけちまってよー」
「はぁ!?泣いてんじゃないのさ!まぁまぁ、こんなひ弱な子供に…
大丈夫だったかい?」
わたしは大柄な中年の女性に体を起こされ、
店の中に入れて貰ったのだった。
「…それは災難だったねえ…けど、あんたも良く無いよ、
もっと気を付けなきゃさ。
世の中悪いヤツ等ばかりさ、誰も助けちゃくれないよ、ほら、泣き止んで」
店に入れてくれた、中年の女性はマリー、樽を持っていた男性はダリル。
二人は夫婦で酒場を営んでいた。
話を聞いてくれ、タオルを貸してくれ、紅茶まで貰ってしまった。
「待ってな、手当してあげるから」
「あ、いえ、大丈夫です…」
わたしは治癒魔法で怪我を治した。
「あれま、あんた魔法使えるんだ?」
「マリー、こいつは魔法学校の制服だよ」
「こんな近くで見たのは初めてさ、へー、こんな子供がねぇ」
前世で22歳を経験していますが、
『お家に帰りたい』などと泣いてしまうなんて…確かに子供ですよね…
いえ、子供の姿で良かった…
こんなの、22歳でしてたら、恥ずかしくて死んじゃいます…!!
その後、ダリルが馬車を呼んでくれ、無事に屋敷に帰る事が出来た。
お礼をしなければと思ったが、「大した事じゃない」と断られてしまった。
マリーとダリルに親切にして貰った事を、誰かに話したかった。
本当に助かったし、うれしかったのだ。
だが、そうすると、迷った事まで話さなければならないし、
遡れば、あの怪しい店の事まで話さなくてはいけなくなる…
結局、自分の胸に仕舞っておくしかなかった。
わたしは今日の様な事があってはいけないので、
お金を少し持ち歩く事に決め、隠し持てる様に小さなお財布を作った。
それにしても…レジーナとドリーは、大丈夫だろうか?
ドリーは物語の中では中毒者だった。
あの様子だと、物語通りになってしまう気がした。
「解毒剤…!」
わたしはそれに思い当たった。
カイルは解毒剤に興味を持っていて、勉強も熱心にしている。
もし、解毒剤のようなものがあれば、ドリーも助かるのでは?
でも、何故、侯爵令嬢のドリーとレジーナが、薬を?
その根本の問題が解決しなければ、薬を止めようとは思わないのでは…
◇
「どうして薬をやっているのか、ですって?」
「そんなの、楽しいからに決まってるでしょう?」
「それに、刺激的ですわ、侯爵令嬢なんて窮屈ですもの」
それとなく薬の事を聞いてみると、レジーナとドリーは悪びれずに言った。
楽しいから、刺激的だから、毎日が退屈だから…
二人にも色々思う事があるのでしょうか…所謂、思春期ですものね…
「でも、体に良く無いので…
それに、このまま続けていたら止められなくなってしまうかも…」
ドリーに関しては本当にそうなってしまう可能性が高いのだ。
だが、『物語でそうだった』などとは言えない。
わたしは心配だったが、ドリーははっきりと侮蔑の表情を浮かべた。
「セシリア、あなたって、本当につまらない人よね」
「世間から置いていかれたお婆さんみたい」
「本当にお気の毒ね、楽しみを一つも知らずに人生を終えるのよ」
「折角、教えて差し上げようと思ったのに…」
「ねぇ、セシリア、この事は絶対に秘密よ?」
「私達の事、誰かに告げ口なんてしたら…」
「私達、あなたを絶対に許さないから!」
二人に脅しのような口止めをされた。
自分たちの世界を壊されたくないのだろう、
彼女たちはあの世界に夢中なのだ。
それにしても、誰も危険性を指摘しなかったのだろうか?
わたしは薬の事が気になり、図書室で薬物に関しての本を借りて帰った。
 




