(8)
「ああ!上手くいかないったらないわ!
あなたがユーリーと仲良くなんてしたから、彼全然乗って来ないじゃないの!
あんたの所為だからね!どうしてくれんのよ!この、役立たず!!」
パトリシアは声を荒げ、憎々しいとばかりにわたしを睨みつけた。
パトリシアが仕掛けた事を、ユーリーは全て適当にあしらい、
パトリシアがわたしに苛められている___という噂も信じていないという。
「私が甘かったわ…
そうね、まずは、あなたの本性を暴かなきゃいけなかったのよ!」
本性?
「イイ子ぶって、か弱いフリしてるけど、内心はどす黒い悪役令嬢だって、
皆に知って貰うのよ!」
パトリシアは良い事を思い付いたという風に、手を叩いて喜んでいる。
わたしはただ茫然とそれを眺めた。
「命令よ、カイルとエリザベスを遠避けなさい!」
「そんなの無理です!そんな事をしたら、絶対にカイルは変に思うわ…」
未だに、カイルもユーリーも、わたしに何も言って来ないし、
問い詰めても来ない。だが、それが逆に怖かった。
カイル、ユーリー、エリザベス、サイラス…
彼らには絶対に知られてはいけない!
彼らはわたしを助けようとするから…
もし、彼女の邪魔をしたら、パトリシアは聖女になれず、
この世界は崩壊してしまう!皆を失うなんて嫌___
「確かに、あの義弟に探られでもしたら厄介ね…、
そうだわ!レジーナとドリーをあなたの友達にしてあげる!
カイルとエリザベスとは少しづつ距離を置く事にして、
レジーナとドリーを優先しなさい。
物語の中でも友達だったんだから、うれしいでしょ?
私って親切なの、感謝してね!」
◇
パトリシアは人を操る…動かす能力に長けているのだろう。
カイルにハワードたちを差し向けたのも彼女だったし、
格上の侯爵令嬢でプライドの高いレジーナとドリーとも、
易々と繋がる事が出来る。
朝、教室に向かう途中、レジーナとドリーが待ち伏せていた。
「セシリア、あなた平民の女子生徒を苛めているのでしょう?」
「私達、あなたを更生させなくてはと思いましたの」
「同じクラスの者として、侯爵令嬢として、私達見過ごせませんわ」
「私達が正しい令嬢としての在り方をお教えして差し上げますわね___」
レジーナとドリーは、本当にそう思っている様に見えた。
「まずは、その地味なお顔をどうにかした方がよろしいわ」
二人はわたしを連れ、空き教室に入ると、鞄から化粧品を取り出し
机に広げた。そして、わたしの顔を弄り始める事、数分、それは完成した。
濃いマスカラ、キツイ印象のアイライナー、暗い紫のアイシャドウ、
赤味の強いチーク、ベッタリとした紅いリップ…まるで舞台用の化粧だ。
「あら!いいじゃないの!あなた、これからはこれになさい」
「でも、こんなに派手だと、先生に怒られます…」
わたしはなるべく言葉を選んだが、彼女たちは気に入らなかったらしい。
その目をスッと細くした。
「それって、私達を馬鹿にしていますの?」
「私達、先生の怒られた事はございませんわ!」
「本当に、あなたって酷い方なのね!お顔も心も醜いこと!」
「彼女の言う通りですわね」
「ご自由になさるといいわ、
でも、私達の言う通りになさらないと、後悔する事になるかも?」
レジーナとドリーはニヤニヤと笑い、出て行った。
パトリシアが何かするというのだろうか?それは十分に考えられた。
わたしは手鏡に自分を映す、そこにあったのは、
映画に出てきそうな『悪い魔女』を思わせる顔だった。
絶望的だ、恥ずかしくてとても人前に出る勇気は無い。
でも、悪役令嬢には似合うかもしれない…
レジーナとドリーは知らない筈なのに…
わたしは鞄で顔を隠しながら、教室へ向かった。
誰にも見られたくない___
わたしはなるべく顔を伏せていたが、教室に入ると直ぐに、
レジーナとドリーがわたしを捕まえた。
「あら!セシリア様、今日は随分とお洒落をされてますのね!」
「まぁ!何か良い事がございましたの!?」
「とってもお似合い!」
彼女たちの声に、教室に居た生徒たちがわたしを注目した。
わたしは鞄で顔を隠すが、「見せてあげなさいな!」とレジーナの手によって
奪われた。
「うわ、すげー、何してんの?」
「勉強のし過ぎでおかしくなっちゃってんじゃね?」
「近所の婆さんみてー」
「なんか、色々ヤベーだろ」
口々に言われ、わたしは「いやぁっ!」顔を手で隠そうとしたが、
ドリーがそれを許さない。そして、わたしの耳に囁く。
「『苛められてます』なんて顔するんじゃないわよ」
「私達が悪者になるでしょ!」
「ほら、顔上げなさい!」
背中を突かれ、わたしは恐る恐る顔を上げる。
皆がこっちを見ている___
ユーリーもカイルも…
お願い、見ないで!!
カイルが険しい表情をして、こっちへ向かって来たかと思うと、
わたしの手を引き、彼女たちから離した。
そして、わたしの肩に腕を回すと、周囲をその目で威嚇し、
有無を言わさずに教室から連れ出した。
「か、カイル…」
無言でわたしの手を引き、廊下を突き進んでいたカイルは、
急に足を止め、わたしの手を放し、振り向いた。
わたしは咄嗟に両手で顔を隠した。
カイルが小さく息を吐く。
「少し派手ですよ、姉さんには似合わない…」
「は、はい…」
カイルの手がわたしの手を外させ、前を覆う。
温かいものを感じ、わたしは目を伏せる。
「もう、いいですよ」
目を開けると、わたしを見つめるカイルの顔があった。
カイルは頭を少し傾けると、「少し残っていますが、いいでしょう」と頷き、
満足そうな笑みを見せた。
魔法で化粧を落としてくれたのだろうが、その手腕に驚かされる。
カイルがどれだけの魔法の使い手なのか…わたしには想像もつかない。
「あ、ありがとうございます…」
カイルは微笑み、わたしの頭をポンポンと叩いた。
「あ、姉を子供扱いしていませんか?」
「いえ、手が置き易いだけです」
「身長、また伸びましたね」
「僕ももう直ぐ、15歳になりますからね」
普段から落ち着いていて、大人びているのに…
きっと、身長ももっともっと伸びるのだろうし、もっともっと大人になっていく…
「あまり、置いて行かないで下さい…」
寂しいです。
「姉さん?」
「あ、いえいえ!その、15歳のお誕生日は何が欲しいですか?」
「そうですね、これといってありませんが…デートはどうでしょう?」
「で、デート!?」
思わず声をあげ、凝視してしまったわたしを、カイルは「ぷっ」と笑った。
「あ、姉をからかわないで下さい!!」
「からかった分けではありませんけど、二人で出掛けるのもいいでしょう?」
面白そうに目を緑色に光らせている姿に、説得力はありません!
「出掛けるなら週末がいいでしょうか?」
「そうですね、それでは、来週末でよろしいですか?」
「大変結構です」
「ふふ、楽しみにしています、姉上」
二人で話していると、教室に着いていた。
すっかり気持ちが切り替わっていて、
わたしはすんなりと教室に入る事が出来た。
だが、わたしが席に座ると、隣の席のチャーリーが舌打ちした。
「女は騒ぎばっか起こしやがる」
「お騒がせしてすみません」
そういえば、カイルが化粧を落としてくれた様だが、確かめていなかった。
わたしはそっと鞄から手鏡を出し、顔を映した。
「え…」
レジーナとドリーが施した化粧はほとんど残っていなかったが、
マスカラが少し残っている所為か、目がいつもよりはっきりしている。
頬は程良い色合いになっているし、リップも少しだけ残っていて…
ちょっと、可愛いくなってませんか??
整形魔法ではありませんよね???そうでは無いと言って下さい!!
「ブスが色気付いてんじゃねーよ」
チャーリーはまだ暴言を吐いていた様だが、
それは今のわたしに水を差せるものではなかった。
◇
「よくも、私達に逆らってくれたわね!」
「大体、なんなのよ、その化粧は!私達に対しての嫌味かしら?」
「あの、カイルが…その…してくれた、というか…」
「カイル様が!?嘘じゃないでしょうね?」
レジーナとドリーは化粧を落としたわたしを、やはり良く思っていなかった
様だが、カイルがやったのだと分かると、奇妙な顔をし、口を閉じた。
パトリシアから、カイルやユーリーの事は注意を受けているのかもしれない。
「仕方ないわね、それじゃ、昼休憩は私達と一緒になさい!」
「あの怪力女は、ちゃんと断るのよ!」
その日から、わたしはレジーナとドリーと一緒に昼休憩を過ごす事になった。
エリザベスにそれを告げ、わたしは頭を下げて謝った。
「本当に申し訳ありません」
「気にするな、一緒に食事をせずとも、『友』というものは変らないのだろう?」
「は、はい!」
エリザベスの言葉はうれしかった。
だけど、パトリシアは『少しづつ距離を置け』と言っていた。
この世界を守る為にパトリシアには逆らえない、
次は一体何を言ってくるか…
こんなわたしなんかと『友達』では、
この先、エリザベスをもっと酷く傷付ける事になってしまうかもしれない。
「わたしは、べスが好きです」
それは本当です、もし、わたしが変ってしまっても…覚えていて欲しい。
わたしはべスを傷付けたく無い、傷付いて欲しくない…
「酷い事をしておいて、勝手ですが、本当です」
「気にするな、いろいろ事情があるのだろう、
おまえを問い詰めるなと、カイルから言われているからな、私は大丈夫だ」
「え!?カイルが?あの、カイルは何と?」
やっぱり、気付かれていない筈は無かった…
カイルは何処まで掴んでいるんだろう?
「何かおかしな事が起きても、おまえを問い詰めるなと。
おまえは自分で自分を追い詰める処があるから、と心配していた。
私には良く分からないが、おまえが苦しむのは嫌だ、
私もセシリーが好きだからな」
エリザベスが優しい目をし、微笑みを浮かべ、わたしの髪をそっと撫でる。
わたしは「ごめんなさい」と小さく呟いた。
わたしは何故、こんなに優しい人たちを傷付け無くてはいけないんだろう?
わたしが物語通りのセシリア・モーティマーとして生きて来なかったから?
パトリシアが聖女にならなければ、この世界の結界は壊れ、
魔族に襲われ…崩壊する。
そうなれば、カイルもユーリーもサイラスもエリザベスも…
みんなみんなきっともっと傷つく。
皆を失うなんて嫌___
パトリシアには逆らえない…




