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『あなた、この世界なんてどうでもいいんでしょう?』

『滅びればいいと思ってるんでしょ?』



そんな事、わたしは思っていない!


だけど、わたしは…物語から目を反らしてきた。

悪役令嬢なんかじゃない、悪役令嬢にはなりたくないと、逆らっていた。


でも、彼女は言った…


彼女が聖女として目覚めなければ、世界は崩壊すると。

自分はこの世界を救う為に生まれたヒロインだと。


わたしは彼女が聖女になれる様に協力しなくてはいけない、

それは、物語通りに行動する事___



『だって、女神が言ったんだもん』

『あなたの魂は穢れてるって!』

『私に協力すれば、その汚い魂も浄化されるって!』



「そうですよね…」


転生してからも、前世とそう変わらない自分が居た。

家でも酷い扱いを受けた。

転生しても尚、どうして自分はこんな目に遭わなければいけないのか…と、

境遇を恨む事もあった。


だけど、それは、自分の魂が穢れていたから、だったのだ。


「わたしなんて…汚い…嫌い、大嫌い!」


両親も姉も使用人も…皆、わたしを嫌った。

どうして?どうしたらいいの?どうしたら好きになってくれるの?

いつも、凄く寂しかった、悲しかった…


だけど、皆は正しかったんだ。

こんなわたしを好きになる人なんて、いない___



◇◇



『今日の昼休憩は食堂で』

『ヒロイン』


朝、教室の机の中に、小さなメモ用紙が入れられていた。

パトリシアからだ。

それは彼女特有の魔法が掛けられていて、

文字はわたしにしか見えず、読めば灰となり消えるというものだった。


嫌な予感がありながらも、わたしは逆らう事が出来ず、

昼休憩、エリザベスを誘い、食堂へ向かった。


空いている席に座り、バスケットを開けた時だった。


「おまえか、ハワードの弟っていうのは」


生徒たちが賑わう中、その野太い声は一際大きく聞こえた。


「カイル・モーティマーだっけ?」

「母親の不貞で出来た子供だから、家から追い出されたんだって?」

「可哀想~けど、仕方ないかー、誰の子か分からないんじゃな」

「黒い髪に黒い目なんだから、相手は平民だろ?」

「まさか、奴婢とか言わないよな?」


カイルの背後を数名の男子生徒が囲み、絡んでいる。

周囲は興味津々に成り行きを見守っていた。

わたしは思わず立ち上がった。


「おい、よせよ、こんなヤツが元弟だと知られたら俺が恥ずかしいだろ!

おまえの母親もおまえも、我がソーンダーズ侯爵家の恥だからな!」


「いい加減にしないか!」と鋭い声を上げ、立ち上がったのは、

隣のユーリーだった。

ユーリーは彼らに向かい、はっきりと軽蔑の眼差しを見せた。


「誰であれ、生まれなど関係無いだろう!

僕の友人を侮辱しないで貰おうか」


ユーリーの凛としたカリスマ性のある声が、静まり返る食堂に

響き渡った。相手は王子だ、彼らは怯み、後ずさった。


「こ、こんなヤツを友人など、王子には相応しくありませんよ!」

「こんなヤツが側に居たら、王子に悪い噂が立ちます!」

「王子はご存じ無いのです!こいつは王子に取り入ろうとしてるんだ!」

「そうです!俺らは下賤の者が王子に取り入るのを止めようと…」


彼らは自分たちを正当化しようと喚き立てる。

しかし、これではカイルが悪者みたいだ。

少なくとも、周囲はそう思うだろう。

冷たい視線がカイルに集まり始めた時、


バン!!


ユーリーがテーブルを叩いた。


「不愉快だ!こんなヤツ等こそ相手にする価値も無い!行くぞ___」


ユーリーはカイルの腕を掴み、大股で食堂を出て行く。

周囲は一気に騒然となった。


「あいつら、王子を怒らせたぞ!」

「ヤベーんじゃね?」

「言い過ぎよ」

「でも、本当はどうなんだ?」

「やっぱ、取り入ったんじゃねー」


わたしは気もそぞろで、二人の後を追った。


「カイル___!」


引き止めようと名を呼ぶと、カイルは足を止め、振り返った。

その表情はいつもと変わりはない、だけど…

わたしはカイルの手を掴んだ。


「姉上、そんなに心配しないで下さい、僕は慣れていますから」


ふっと、諦めたように笑う。


「カイル、屈んで下さい!」


膝を曲げ、屈んだカイルの頭を、わたしは胸にギュっと抱いた___


「!?姉上…?」


「あなたの母上は父上を愛していらっしゃいました!

そんな方が、他の男性の子を産む筈はありません!」


髪の色も目の色も違うカイルを、側に置き、育てた。

愛する人に疑われても、カイルを捨てたりはしなかった。

辛く当たってしまったのは、

愛する人との子を、愛する人に疑われた辛さから___


「絶対に無いのです!!」


「何故、分かるのです?」


「わたしも、女ですから___それ位、分かります!」


カイルはわたしの肩を掴み、体を起こすと、わたしを胸に抱きしめた。

ギュっと強く抱きしめられる。


「…すみません、少しだけ…」


縋るように、温もりを求めるように…


わたしはカイルの背に手を回した。



◇◇



パトリシアからまた指示があり、わたしは指定された時間指定された

場所…学園の庭へ行った。

そこには彼女の姿があり、わたしを見付け、猫の様にニヤリと笑った。


「昨日は楽しんで貰えた?あなたの義弟くん、散々邪魔してくれるから、

一度罰をあげなきゃって思ってたんだけど、

全然面白くならなかったわね、残念ー。

あの王子とあんたの義弟が仲互いしてくれたら、

最高ーーに盛り上がったのに!」


「あれは、あなたが!?どうして!?」


「だから、『罰』よ、ヒロインの邪魔をした罰」


彼女は当然の事の様に言う。

わたしは怒りに震えた。


「カイルは関係無いでしょ?酷い事しないで!」


「誰にものを言ってるの?

誰だって、私の邪魔をすれば許さないわよ、私の物語なんだから!

それ共、あなたはこの世界を崩壊させたいの?」


こう言われては、何も言い返せない、わたしは拳を握った。


「今日はね、あなたに頑張って貰うわよ」


彼女がにじり寄り、わたしは後退する。


「そう怖がらないで、ほら、こっち来なさいよ…」


彼女はわたしの手を引いたかと思うと、「きゃーー!」と悲鳴を上げ、

弾けるように後に倒れた。

わたしは分けが分からず、茫然と地面に伏せる彼女をみつめた。


「ご、ごめんなさい!謝りますから、許して下さい!!」


「どうした!?」


後方で声がし、わたしは振り返る。

渡り廊下から、血相を変えたユーリーが駆け付けて来た。

わたしは漸く彼女の狙いを理解した。


「これはどういう…セシリア嬢?」


ユーリーがわたしを問う様に見る。


「あ、あの…」言葉を探すわたしを、彼女の声が遮った。


「平民の女がBクラスなんて目障りだと言われ、突き飛ばされて…ううう」


泣き出した彼女をユーリーは訝しげに見ると、再びわたしに目を向ける。

それを避ける様に、わたしは俯き、「申し訳ありません…」と彼女の言葉を

肯定した。


「何があったか知らないが、立てるか?」


ユーリーが彼女に手を差し出し、彼女は手を掴んだ。

立ち上がった彼女は足元をふらつかせ、ユーリーに抱きつこうとしたが、

ユーリーはさっと彼女を支え、体を離した。


「大丈夫か?」

「は、はい、少し眩暈が…」

「サイラス!保健室に連れて行ってやれ」


ユーリーが呼ぶと、サイラスは直ぐに現れた。

これでは目的は果たせないと悟った彼女は、スカートを掴み、声を上げた。


「ああ!どうしよう!制服が汚れてしまったわ…母さんに怒られちゃう!」

「サイラス、店まで送ってやれ、制服なら直ぐに手に入れられるだろう。

安心しろ、代金は僕が持つ」

「ありがとうございますぅ、ユーリー様はお優しいんですね!」


パトリシアは両指を組み、上目使いに目をうるうるとさせた。

わたしは自分の役目が終わった事を知り、そっと気付かれ無い様、

その場を離れた。



◇◇



その後も同様の事が数回あった。

廊下で突き飛ばされたとか、教科書を破られたとか…

ユーリーに訝しげに問うように見られる事が居た堪れず、

ユーリーに姿を見られた後は、その場から立ち去る様にしていた。


ユーリーから問い詰められるのを恐れたが、学園では近付かないと

決めていたからか、ユーリーが聞いてくる事は無かった。


週末に『散歩道』へ行く事も避けた。

申し訳無い気持ちで、わたしはお菓子を焼き、カイルに預けた。



その内、わたしがパトリシアを苛めているという噂が、学園に流れ始めた。


「これだから女は!おまえはクラスの恥だ!」と、わたしの隣の席…

チャーリー・ダルトンが吐き捨てたのを、エリザベスが聞きつけ、

キッパリと言い返してくれた。


「セシリーがそんな事をする筈が無いだろう!おまえの目は節穴か!」


クラスの大半の男子が、エリザベスには剣術で一度も勝てた事が無く、

普段は女性蔑視のチャーリーも、むっとしただけで言い返しはしなかった。


「セシリー、どうなってるんだ?

何か手を打った方がいい、おまえの名誉に関わる事だ、私も力になるぞ!」


エリザベスは力強く言ってくれたが、

わたしは「いいの、皆直ぐに忘れると思います」と交わした。



◇◇



わたしの誕生日は、放課後にカイルとエリザベスが屋敷に寄ってくれた。

エリザベスからは犬の置物を、カイルからは花飾りの付いた髪留めを、

サイラスからは羽ペン、そしてユーリーからは王家の薔薇の花束を貰った。

わたしはその場でユーリーとサイラス宛てにお礼状を書き、カイルに預けた。


その後、屋敷の料理人が用意してくれていたケーキと軽食でお茶をした。


「来週、学園で剣術の大会があるだろう?私もカイルも登録している」


一年に一度、学園で剣術を競う大会がある。

学年関係無くトーナメント戦となっていて、優勝は歴代名前を刻まれる、

大変名誉のある大会だ。


「セシリーは私を応援してくれるだろう?」

「べス、女性の部では無いのですか?」

「ああ、女性相手では腕が鈍ると教師を説得したんだ」


説得出来ちゃう処が凄いですね…

まぁ、説得出来ちゃいますよねぇ。

エリザベスは、剣術の授業でも女子とは組まず、

男子を打ち負かしているらしい。

わたしは勿論、剣術の授業は取っていない、身の程は弁えております故。


「ユーリー様やサイラス様も出場なさるんですか?」

「サイラスは出無いだろう、護衛だからな」


流石、エリザベスはユーリーと従兄妹関係で、護衛の事も知っていた。


「それでは、三人共、応援させて頂きます!」


わたしが答えると、エリザベスは腕組みをし、「まぁ、そうだな」と頷いたが、

カイルは帰り際に、わたしにこっそりと、

「姉さんが応援してくれたら、優勝しますよ」

悪戯っぽくウインクを残して行った。


優勝するカイルは恰好良いだろう。

ちょっと見てみたいなーと、思ってしまいました。



◇◇



剣術大会は三日間に渡り行われる。

初日は女子の部。

二日目に男子の部の予選トーナメント、

そして、三日目に勝ち残り8名からの決勝トーナメントだ。


カイル、ユーリー、エリザベスは順当に勝ち残っていた。

途中、カイルが異母兄のハワードを開始10秒で討ち取った時には、

飛び跳ねて喜んでしまった。


決勝トーナメント、カイルは上級生との初戦で負けてしまった。

巨漢の如く体格の良い生徒で、力負けしたカイルが剣を落としたのだ。

残念に思っていたが、着替えをし、わたしの処にやって来たカイルは、

普段とまるで変わりが無かった。


「調子が悪かったのですか?」

「いえ、実力ですよ」

「そう、ですか…」

「ガッカリしましたか?」

「ずっとカイルを応援してましたので、

少しは悔しそうな顔をして欲しかったです」


わたしが唇を尖らせると、カイルは「ふふふ」と笑うと…


「三年後、優勝します」


その清々しい横顔に、わたしは見惚れてしまいつつも、

「やはり、手を抜きましたね?」と頬を膨らませたのだった。


カイルは『姉さんが応援してくれたら、優勝しますよ』と言っておいて、

優勝する気は無かったのだ。それは、敵を作らない為だろうか?

カイルは目立たずに学園生活を送りたいと思っている様に思う。

彼なりの処世術なのかもしれない。


「本気になるのは、三年後だけ、なのですね?」

「正確には違います、必要な時に、必要なだけ」


わたしの義弟は低コスパな方の様です。


「ユーリー様とべスが聞いたら、怒りますよ?」

「内緒にしておいて下さいね、姉上」


カイルが「くすり」と笑い、その長く綺麗な指をわたしの唇に当てた。



結局、決勝戦は、ユーリー対エリザベスの因縁の戦いとなった。

身軽さ、知能、技のユーリーを、本能、力、技のエリザベス。

闘いは長時間に及び、恐ろしいまでの集中力と体力を持った

エリザベスが、優勝を掴み取ったのだった。


勝利に剣を振り上げたエリザベスの顔は、

いままで見た中で一番輝いていた。


因みに、女子生徒の優勝者は、魔法学園史上初である。




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