(6)
わたしがユーリーから距離を置いた事で、同じクラスの…
物語だとセシリアと共謀関係にあった…
レジーナ・エイジャーとドリー・ハーパーは、
何かとユーリーに纏わり付く様になった。
「ユーリー様ぁ、先程の授業で分からない処があって~」
「私たちに教えて下さらないでしょうかぁ?」
「悪いが、他を当たってくれ、どうしてもというなら、サイラスに教えて貰え」
ユーリーは下心のある者に対しては悉く塩対応だった。
それによりサイラスが代役を担う事が多いが、
彼女たちにとってサイラスは対象外…否、苦手らしく、
「いえ、お気持ちだけ頂きますわ!」と即行でお断りし、
そそくさと散って行くのだった。
それでも、ユーリーに認知される事が目的でもあるのか、
「迷惑だ」と言われても、休憩時間の度にユーリーの席へ駆け付けている。
『ユーリー王子は学園の生徒の中から婚約者を選ぶ…』という噂もあり、
女子生徒たちは皆色めき立っていた。
「そんな事よりも勉学に励め!」とユーリー本人は言っているが、
残念ながらその声は届く事は無かった。
レジーナとドリーの狙いはユーリー一人だったが、
他のクラスの間では、カイルも人気があった。
学年2位の成績に加え、派手さは無いが美形だしスタイルも良い、
それに伯爵家の跡取りでもある。
これでモテない方がおかしいのだが、
カイルには何処か近寄り難い雰囲気があるらしく、
遠巻きに崇められていても、直接声を掛けられている処は
見た事がない。声を掛けようとして、寸前で諦める女子生徒の姿は
何度か目にした事がある。
わたしがカイルの義姉という事は知られている様で、
カイルと一緒に居ても、ユーリーの時とは違い、妬まれる事は無かった。
つくづく、カイルの義姉で良かったと思います…
◇◇
エリザベス・マーゴット公爵令嬢と話す機会は、思い掛けず早く来た。
昼休憩に入り、いつもならば、さっさと教室を出て行く彼女が、
その日はわたしの席までやって来た。
そして、わたしを高くから見降ろし、言ったのだった。
「セシリア・モーティマー伯爵令嬢、私の友人になってくれないか」
こ、これは夢でしょうか??
わたしは目の前の出来事が信じられず、思わず頬を抓ってしまった。
うう…痛い…夢ではない??
「それは何かの呪いか?」
「い、いえ!あ、あの、その、わたしなんかでよろしいのかと…」
「どういう意味だ?令嬢特有の『遠まわしの断り文句』というヤツか?」
ああ、そうだわ、この方はこういう方でした!
「いえ、逆です!エリザベス様、わたしとお友達になって下さい!」
その日から、わたしとエリザベスは、教室で一緒に昼食を摂るようになった。
「『友達』とは、この様に一緒に昼食を摂るものなのか?」
「その様に認識しているのですが、実はわたしも初めての事で…存じません」
「そうか、しかし、確かに良く見掛ける、何故一人で食わんのかと思っていた」
「わたしはエリザベス様と一緒に食べるのは、楽しいです」
「そうか、私は不思議な感覚でいる、だが、嫌では無い」
「それは良かったです!」
互いに『初めての友達付き合い』という共通点もあり、二人で探りながら、
仲を深めていっている。
「あの、エリザベス様、何故わたしを友人にと思われたのですか?」
わたしが訊ねると、弁当を豪快に食べていたエリザベスは、
フォークを持つ手を止めた。そして、「ふう」と息を吐く。
「私には母上が居てな、最近特に『令嬢らしくしろ』と煩い。
しかし、私も母上が好きだから、なるべく期待には添いたいと思っている。
セシリアは母上が言う『令嬢』に近い気がする、
一緒に居れば学べると思った」
「そ、そ、そんな…わたしなんて!田舎者の伯爵令嬢ですよ?」
気弱で小心者ですし、
おまけに、前世持ちなので、時々ズレた事を言ってしまって、
カイルや屋敷の者たちからは『天然』だと思われております!
「それとな、セシリアは、私の母上に似ている」
エリザベス様の母上とは、天然な方でしょうか??
「家に呼べば、母上が喜ぶだろう、来てくれるか?」
◇
『はい、喜んで!』
その場の雰囲気というか、考えずに答えてしまった。
しかし、後々考えてみると、友人の家に遊びに行った事など
今世では無かった。前世でも、小学生時代まで遡らなければならない。
考えれば考える程、緊張してきてしまう。
寝込んでしまいたいが、折角出来た友人のエリザベスを
ガッカリさせたくは無い。
カイルにこの話をすると、「良かったですね」と喜んでくれ、
「不安でしたら、一緒に行きましょうか?」と言ってくれた。
何か粗相があってはいけない…と思い、言葉に甘え、
カイルに付いて来て貰う事にした。
週末の一日目、わたしとカイルはエリザベスの屋敷を訪ねた。
「良く来たな、セシリー、カイル」
エリザベスが母親と共に出迎えてくれた。
話している内に面倒になったのか、エリザベスはわたしを「セシリー」と
呼ぶようになり、わたしは「べス」と呼ぶようになっていた。
こういう感じは、『友達』らしくて、うれしいやら気恥ずかしいやらです…
エリザベスは学園では女子用の制服を着ているが、家では男装らしい。
白シャツにベージュのベスト、ズボン…と、宝塚の如く似合っています!
「お招きありがとうございます、セシリア・モーティマーです」
「カイル・モーティマーです」
「エリザベスの母、アイリスです、お二人共よくいらしてくれましたね、
お茶にしましょう」
公爵家ともあり、屋敷は豪華で広く、圧倒された。
カイルに付いて来て貰っていなければ、門前で馬車をUターン
させていた所だ。
豪華なティーセットに怯みつつ、
わたしは手土産の自作のカステラを渡した。
「お口に合うか分かりませんが…」
「セシリーの料理は美味い、心配するな」
「まぁ、ご自分で料理をなさるの?」
「は、はい、趣味と申しますか…」
「まぁ、まぁ、不思議な形!それに、なんて綺麗な黄金色!」
エリザベスとは違い、母親の方は感情豊かな様で、可愛らしく、
まるで少女のような人だ。
わたしと似て…ませんよね???
「頂きますわね…まぁ!初めての味ですわ…なんて美味しいのかしら!
うっとりしますわ」
感動している母親を見るエリザベスの表情は、少しやわらいで見えた。
エリザベスは感情があまり表に出無い方で、いつも無表情でいる、
だが、よく見ると分かるのだ。
「姉上、美味しいですよ」
「よかったです!」
「美味い、甘い、これは癖になるな」
「あらあら、べス、あなたがそんなに気に入るなんて、珍しいわね~」
お茶をした後、エリザベスは屋敷を案内してくれた。
歴代当主の自画像、沢山の絵画、美術品…まるで大きな美術館だ。
でも、何より、わたしのテンションを上げたのは…
屋敷で飼っている、大型犬二頭だった。
「ああ!なんて可愛いワンちゃんたち!!さ、触ってもよろしいですか?」
「毛並みが良くて!ふかふか!大切にされてるんですね~」
「んん~、いい子いい子♪」
大型犬二頭と戯れるわたしを眺めていたエリザベスが、
「やはり、母上と似ている」と言っていた事など、
わたしは知る由も無かったのである。
◇
翌日は、約束していたハンバーガーをバスケットに詰め、
カイルと共に馬車で『散歩道』に向かった。
立派な大樹の下、大きな丸いテーブルが置かれ、
赤いチェックのテーブルクロスが敷かれている。
ユーリーとサイラスは先に来ていて、席に着いていた。
わたしたちが座ると同時に、ラナが紅茶を運んで来た。
先に注文していたらしい。
わたしはバスケットからハンバーガーの包みを出し、
カイルがそれぞれに配った。
お弁当では無いし、相手が食べ盛りの男子という事もあり、
彼らのものは豪華にした。大き目のバンズにリーフ、
大きく厚いハンバーグにチーズを乗せ蕩けさせ、ソースを掛ける。
そこにトマトの輪切り、焼いたベーコン…
「おお!なんだこれは!?思っていたより大きいな!!」
ユーリーが目を輝かせる。
「大き過ぎたでしょうか…張り切り過ぎました」
「文句を言っている分けではない、感動しているのだ」
「姉上、美味しいですよ」
「大変結構でございます」
「うん!美味い!」
「美味しい」と言って貰えるのはうれしいし、
皆の食べっぷりを見ているとにやけてしまう。
わたしも食べよう…と包みを開くも、視線を感じ、振り返る。
ラナが物欲しそうにわたしの手元を見ていた。
「あの…?」
「あぁ!別に!その、本当に美味しいのかなって、それ…」
ラナがじと目になっている。
怪しいよね…うん、分かる。
わたしは納得なのだが、ユーリーは真っ直ぐな人なのでズバリと言った。
「なんだ、失礼だぞ!」
「ご、ごめんなさい…」
「あ、気にしないで下さい、初めて見るのでしたら、不思議に思いますよね、
良かったら、召し上がってみますか?」
わたしが差し出すと、ラナはパアっと顔を明るくした。
「いいんですか!?ありがとうございます~♪」
「現金なヤツだな…」
「あなたに言われたくありませんよーだ☆」
ユーリーを王子だと知らないラナは、ユーリーに向かって舌を出すと、
呆気に取られているユーリーを余所に、ハンバーガーに噛ぶり付いた。
ゆっくりと味わう様に咀嚼し…
「ああ!美味しいですね!成程…こういう味なんだ…
これは良いですよ!まず包みが良いです、宿を出発するお客さんも
持って行けそうですし…ふむふむ」
「おい、勝手に商売にするな!彼女の料理だぞ」
「分かってますよー、もう、煩い人だなー」
「あの、わたしの料理という分けでも無いので、好きに作っちゃって下さい」
「ええー!?いいんですかぁ~♪お姉さん優しい~♪
お姉さんにはサービスしますね♪」
思い掛けず、ラナと仲良くなれ、わたしはそれだけで十分だった。
◇◇
選択教科も決まり、本格的に授業が始まった。
慣れない学園生活に追われていたわたしは、
『彼女』の事をすっかり忘れてしまっていた。
彼女、ヒロイン、パトリシア・クラーク。
選択の治癒魔法の授業を終え、教室を出た時だ、
一人の女子生徒がぶつかって来た。
「きゃ!ごめんなさい!」
「あ、いえ、大丈夫ですか?」
彼女が落とした本を拾い、差し出した時、それが『彼女』だと気付いた。
豊かな赤毛、そして、獲物を狙う猫のようなオレンジ色の瞳と、
弧を描く紅い唇___ゾクリとした。
「お顔の色がお悪いようですけど~、保健室に参りますかぁ?」
彼女の腕が、『逃がさない』という様に、強引にわたしの腕に巻きついた。
「いえ、大丈夫ですから…」
「そんなぁ、真っ青じゃないですか~、行きましょう!」
彼女は無理矢理にわたしを連れ歩き出す。
そして、人気の無い場所まで来ると、
強い力でわたしの肩を壁に押し付けた。
「!?」
その顔に笑みは無かった。
ただ、わたしを睨付ける、そのオレンジ色の目がギラギラと光っていた。
「やっと捕まえた!全く、あんたの義弟はずっと目を光らせてるし、
忌々しいったらないわ!
でも、これでやっと話が出来るわね…九条由香里さん?」
「!?」
前世の名前を呼ばれ、わたしは目を見開いた。
「誤魔化すとか無駄な事しないでよ?私には全部分かってるんだから、
あなたが転生者で、ペットショップの店員だったって事もね」
「わ、わたしを知ってるんですか?」
茫然と呟いたわたしに、彼女は一瞬変な顔をした。
それから、「ははは!」とおかしそうに笑った。
「あなた、女神と会った時の事、覚えてないの?」
「女…神?」
「死んで、転生する間の世界に、あなたと私が呼ばれたでしょう?」
死んで、転生する間の世界?
わたしの記憶には欠片も無かった。
「ごめんなさい、覚えてなくて…」
「そう、なら仕方ないわね、『オーリアナの聖女』の物語は知ってる?」
「はい、前世で読んでいたので」
「だったら、分かってる筈よね?
私が『ヒロイン』で、あなたは『悪役令嬢』だって」
彼女ははっきりと言った。
わたしの心臓がバクバクと音を立て始める。
「私はこの世界を救う為に生まれたヒロインなの!
私は第二王子と恋に落ちて、愛されて、
聖女として目覚めなきゃいけないの!
そうじゃなきゃ、この世界は崩壊するのよ、魔族の餌食になってね!」
「それなのに、あなた、何してるの?」
え…
「私の王子を誘惑して、散々邪魔してくれちゃってさー!
あなた、この世界なんてどうでもいいんでしょう?
滅びればいいと思ってるんでしょ?」
「そ、そんな事、思ってません…!」
「だったら、どうして物語の通りにしないの?
私を出し抜いて、自分が王子に愛されたいんでしょ?
この世界の事よりも、王子が好きなのね!なんて浅ましい女なの!
最低ね!でもね、そんな事もうさせなーい、だって、
私が『ヒロイン』なんだから!」
彼女が楽しそうに「ふふふ」と笑うのを、わたしは震えて見ていた。
「あなたは、私に協力しなくちゃいけないの、
だって、女神が言ったんだもん。あなたの魂は穢れてるって!
私に協力すれば、その汚い魂も浄化されるって!
そうしなきゃ、あなたの魂は『破滅』するの」
「!?」
「私がこの世界を救うまで、あなたは私の僕なの、分かったわね?
九条由香里、いいえ、悪役令嬢のセシリア・モーティマー」
彼女はさっと踵を返し、揺るぎない歩みで去っていく。
わたしはその場に崩れ落ちていた。
 




