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「姉さん、今日は昼頃から出掛けましょう」


カイルに誘われ、大きな紙袋を渡された。

紙袋の中身は、落ち着いたチェックのワンピースと眼鏡…


「平民風に変装して行きましょう、

今日行く場所は目立たない方がいい処なので」


カイルが悪戯っぽく緑色に目を光らせ笑うので、わたしもわくわくしてきた。

昨夜は変に意識してしまい、気まずくなってしまうんじゃないかと恐れたが、

カイルはいつもと変らないし、わたしもいつも通りに出来ていて、安堵した。



馬車で王都の外れまで行く。

自然が広がる農園風の景色が広がっていて、長閑だ。

解放感があり、わたしは馬車を降りて、思い切り腕を伸ばし、深呼吸した。

心無しか、空気も美味しく感じられる。


「王都にはこういう場所もあるんですね!素敵です」

「姉さんなら気に入ると思いました、行きましょう、こっちです___」


カイルに案内され、素朴な建物が立ち並ぶ方へと向かった。

カイルは赤い屋根のレンガ造りの建物の入って行く。

表の看板には『宿・食事処 散歩道』と書かれていた。


「いらっしゃいませ!カイル様、向こうでお客様がお待ちですよ」


店員に笑顔で声を掛けられ、カイルがこの店を懇意にしていると分かる。


「姉さん、行きましょう」


それにしても、『お客様』?他に誰かと約束をしていたんだろうか?

それならそうと、最初に言ってくれたら良かったのに…

わたし、この様な格好でいいんでしょうか?


わたしは、カイルに渡された落ち着いたチェックのワンピースを着て、

足元は茶色のブーツ、細い銀淵の丸い眼鏡を掛け、髪は二つに分け

三つ編みにして垂らしている。

とてもお客様の前に出る格好では無い気がした。


カイルも、黒淵の眼鏡を掛け、白いシャツに紺色のベストとズボンをラフに

着ているが、それでも目を引く程に格好良い。

スタイルの良さで何を着ても似合うし、美形は眼鏡一つでは

隠せませんよね…


カイルが向かった先、そのテーブルには二人の男性が座っていた。

わたしたちに気付くと、スッと立ち上がった。

カイルと同じ様な格好をしているが、その振る舞いで貴族だと分かる。


「よく来たな、二人共!」


知っている声に、わたしは目の前の男性をまじまじと見てしまった。

白いシャツに薄い茶色のチェックのベストとズボン、

ベレー帽子から出ている茶色の髪、

茶色い淵の眼鏡の向こうは緑色の瞳…だが、何処か見た事がある。


「あぁ!?もしや、ユーリー様!?」


「もしやとは何だ、その通り、ユーリーだ。

いや、ここでは『ユリウス』と呼ぶように」


ユリウス??

それって、お忍びという事ですか!?いいんですか!?第二王子が!??


驚き、あわあわしているわたしを、カイルが椅子に座らせてくれた。


「先日、サイラスからセシリア嬢の伝言を聞いた」


「あ!あの!…すみません」


酷い事を言ってしまった自覚はある。

わたしは身を縮め、頭を下げた。


「謝る事は無い、おまえに迷惑を掛けるつもりでは無かったが…

僕の認識の甘さだ、僕の力が及ばない所為で、おまえを辛い目に

遭わせてしまった。おまえが僕から離れたいというのも分かる。

だが、僕は折角出来た友人をみすみす離すつもりは無い。

学園では無視してくれてもいい、

だが、たまに、こうしてここで会って欲しい。どうだ?」


凛としたカリスマ性に圧倒される。

変装しても、この生まれながらの王子オーラは隠す事は出来ないのだ…

わたしはこんな時だけど、そんな事を思ってしまっていた。


「も、勿体ないお言葉です…わたしなんて、そんな事を言って頂くような

人間では無くて…わたしは自分の事しか考えられない人間です…

ユーリー様を傷付けて…わたしに、そんな資格はありません」


ユーリーを傷付け、逃げた。

そんなわたしが、『友』なんて、それこそおこがましいのだ。


「承知の上で、僕が望むと言っているんだ、何の問題がある?」

「わたしは相応しくありません、ユーリー様の友など…」

「なら聞くが、僕に『相応しい』者とは、どういう人間の事を言うんだ」

「それは…ユーリー様に釣り合う様な…お家柄にしても、

人間的にも素晴らしい方かと…」


家柄、容姿、人間性…何一つ、わたしには自信が無い。


「おい、カイル、おまえも外されたぞ?」

「僕は別に構いませんよ」

「いえ!カイルはユーリー様に相応しいです!

とってもとっても、お似合いです!」


わたしなんかと違い、自慢の義弟だ。


「自分に相応しい者が誰かは、僕が決める!他の者の言う事など、

何の意味がある。おまえにはおまえの良さがある、自分では分かって

いないのだろうが、僕は『それ』を気に入っているのだ。

もう二度と、僕の前で自分を卑下するな、

おまえを認めた僕に失礼だ、不敬は重罪だぞ!」


わたしにはわたしの良さがある?

それを気に入ってくれたから、あんな事を言ったわたしを、まだ『友』と?


ポロリ…

涙が零れた。


「な、何故泣く!?重罪と言ったが、別に本当に処罰をしたりはしないぞ!?

おい、カイル!何とか言ってくれ!」


「違います、姉さんはうれしいんですよ…」


カイルがわたしの頭をポンポンと叩く。

わたしは必死に頷いた。


「な、なら許す、泣くがいい」


困惑したり、ぶっきら棒に言うユーリーが、年相応の男子に見え、

わたしは泣きながら笑ってしまった。



「僕がセシリア嬢を説得出来たら、これからも会って良いと、

カイルから条件を出されていた」


わたしが泣き止み、料理を注文し、それを食べながら…

ユーリーはそんな事を堂々と暴露した。


「おまえの事に、義弟の許可が必要とは…

おまえの義弟は相当のシスコンだと思うぞ?」


左様でございますか…


「姉さん、にやにやしないで下さい」


友人に言われ、流石に決まりが悪かったのか、

カイルは拗ねた様に口元を結んだ。


「ところでだが、セシリア嬢、エリザベス・マーゴットにやった物はなんだ?

サイラスが言っていたが、僕も食べてみたい」


「ああ…、パンにハンバーグとチーズと野菜を挟んだものです、

今度作って来ましょうか?」


「ああ、頼む、次の週末にしよう」


ユーリーがさっさと決める。

王子というのは暇なのでしょうか?


「お食事の持ち込みでしたら、ウチの外のテーブル席を使って下さい!

大きな樹の下にあって、ピクニックには持って来いですよ!」


店員の女の子が明るく可愛らしい声で勧めてくれた。

ラナ・スコット、この店の娘で、年は今年13歳になる。

いつも手伝いをしていると、後でカイルが教えてくれた。


「そうか、使わせて貰うか」

「お飲み物はウチで注文して下さいね!」

「なんだ、しっかりしているな」

「当たり前です!生まれた時からここの看板娘ですからね☆」


ユーリーを王子だと知らないからか、彼女には屈託が無い。

明るく笑い、スカートを翻しスキップしていく…赤毛の三編みが揺れていた。

貴族令嬢たちを見慣れている為、新鮮だった。

素直で無邪気な近所の小学生を見ているような…懐かしいような、

微笑ましい気持ちになった。

こういう子もいるのね…


「エリザベス嬢とセシリア嬢は気が合いそうだとサイラスが言っていたが、

どうだ?」


そんな事まで言ってたんですか!と、わたしは恨みがましくサイラスを見たが、

サイラスは我関せずと、無表情で紅茶を飲んでいる。


「とても素敵な方だと思いました…」


だからといって、わたしから話し掛けるなどは、

ハードルが高くて、とても無理です…

今の処は嫌われていないと思いますが…好かれる要素が無いですし…


沸き出してくるネガティブ思考は自分の内で飲み込み、

わたしは感じていた、『別の事』を口にした。


「ユーリー様に、少し似ていらっしゃる気がします」


わたしの言葉に、サイラスが小さく噴いた。

あの護衛の鉄壁のポーカーフェイスを崩せた事はうれしいですが…

何故笑われたのかは謎です。


「ほう、そんな事を言ったのは、セシリア嬢が初めてだぞ、

あの変り者の豪傑令嬢と僕がか?まさか、見た目ではあるまい?」


豪傑令嬢…確かに、彼女は背も高く、鍛えているのが分かる体つきを

していた。後で一つに束ねた銀髪を、かっちりと三編みにし、

彫り深い整った顔立ち、くっきりとした青色の瞳が印象的だった。

そして、立ち居振る舞いが…剣士か武士を思わせた。


「エリザベス様は、素直で周囲に染まらず、率直で、

自分の内に正義をお持ちなのではないかと…

そういう処がユーリー様を思わせます…

憧れますし、信頼出来る方だと思いました」


「そうか、それならば良い。

実はな、エリザベス嬢の母上は、僕の父上の妹君だ」


父上…という事は、王様?王様の妹君の娘!?

ユーリー様とは従兄妹!??


「エリザベス嬢には、兄が三人いてな、自分も男だと思っているのか、

幼少の頃より兄たちに習い、剣を振っていた。

茶会にもドレスで現れた事は一度も無く、令息たちには勝負を挑む…

何かと悪目立ちして、周囲の令息たちは恐れていてな、

先行きを心配されていたんだ。

しかし、セシリア嬢のように言ってくれる者もいると知れば、

叔母上もさぞお喜びになるだろう」


「それでは、ユーリー様もエリザベス様を恐れていらっしゃるのですか?」


またもやサイラスが噴き、今度はユーリーから「サイラス!」と嗜められていた。

ユーリーは赤い顔で踏ん反り返り、教えてくれた。


「7歳の茶会で、僕もあいつに負けた」

「ええ、池に落とされていましたね」

「サイラス!!一度だけだ…今なら負けない!」


余程悔しかったらしく、息巻いていた。

男女の違いはあっても、身長は然程変りは無く、豪傑なエリザベスに対し、

ユーリーはスマートな体型で、少し華奢に見える。


二人の闘いを見てみたい気もしますが…怖い気もします…



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