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気付けば、カイル、ユーリー、ユーリーの護衛のサイラスとわたしで、

食堂で昼食を摂る事が習慣になっていた。

わたしのお弁当を、カイルとユーリーが食べたがるので、

彼らの分を別に用意する事も習慣付いていた。


ナポリタンを食べたくて、改良していたケチャップが完成したので、

今日はオムライスおにぎりを作って来た。

小型の器の内側に、うす焼き玉子を敷き、チキンライスを入れて、

包んだものだ。

別の容器にケチャップを詰めてきたので、食べる直前に掛ける。


「なんとも中毒性のある味で…思考を破壊されます…美味しいです」


カイルがもぐもぐと食べるのを、

ユーリーは興味深く見てから、自分もそれを口に入れた。

カイルは毒味役にされているのでは?と、最近思えてきました。


「…うん!美味い!何かは分からぬが、絶品であるぞ!」


ユーリーは意外にも表情も言葉も素直で、直球で絶賛してくれる。

カイルは少し難解な表現をしがちだが、

「美味しい」「クセになる」という様な事だと解釈している。

基本落ち着いて見える表情も、よーーーく表情を見ると、

うれしそうだったり…感情が見えてくるので、ついじっと見てしまう。


「サイラス様も召し上がりますか?」


サイラスは、ユーリーが頷くのを確認し、オムライスおにぎりを手に取った。

しっかりと吟味した後、「大変結構でございます」と重々しく頭を下げた。

サイラスは護衛だからなのか、それとも普段からなのか…

無口で感情も出さない人だ。


わたしは最初こそユーリーに気遅れしていたが、

一緒に居る内にすっかり慣れて、

気付くと普通に友人付き合いが出来ていた。

だからか、わたしは失念していた。


ユーリーが『王子』で、女子生徒から絶大な人気があり、

皆のアイドルだという事を___





「義弟を使ってユーリー様に近付くなんて真似、良く出来るわよね」

「伯爵令嬢程度がおこがましいのよ」

「無理矢理ユーリー様に変な物を食べさせてるって…」

「ユーリー様も迷惑してるって、分からないのかしら」

「美人でも無い癖に、何様?」

「成績だけしか取り得の無い地味女」


囁かれる声に気付き、わたしは急に自分が恥ずかしくなった。

皆が言っている事が正しい様に思えてきて、その言葉だけが頭を回り、

自分では何も考えられなくなる。

皆の蔑む目に耐えられなかった。


「カイル、わたし今日からは、教室で食べます、ゆっくり一人で食べたいの」

「姉上には食堂は騒がしかったですね、分かりました」


カイルたちを行かせたわたしは、

自分の席でランチボックスを抱え、息を吐いた。


「あら、セシリア様、今日は食堂ではありませんの?」


教室に残っていたレジーナ・エイジャーとドリー・ハーパーが、

ニヤニヤと笑みを浮かべ、わたしの席にやって来た。


「最初からそうしておけばよろしいのよ」

「本当、身の程知らずですわよね」

「貧乏伯爵の令嬢が、ユーリー様に取り入ろうと必死になって!」

「あなた、鏡をご覧になった事がございますの?」

「あなた、いい笑い者でしたのよ?教えて差し上げればよろしかったかしら」

「こんな安っぽい物、犬の餌にしたらよろしくてよ!」


レジーナがわたしからランチボックスを奪ったが、わたしはじっと俯いていた。

床に投げつけられると分かっていても…

だが、それは寸前で止められた。


「痛っ!?」

「何をしている!」


ランチボックスを持つレジーナの手を掴んでいたのは、

背の高い大柄な女子生徒だった。

確か、同じクラスのエリザベス・マーゴット公爵令嬢。

彼女の身体は鍛えあげられていて、アマゾネスを思わせる体躯をしている。

彫の深い彫刻の様な顔立ちは、まるで戦いの女神___

とても令嬢が敵う相手では無い。レジーナの顔は痛みで歪んでいた。


「ひ…は、離しなさい!私は侯爵令嬢よ!」

「侯爵令嬢がなんだ?彼女にそれを返すか?」

「か、返すわ!返すから離して!」


解放されたレジーナは、ランチボックスをわたしに押し付けると、

ドリーを連れて教室から逃げるように出て行った。


「なんだ、あいつらは」


エリザベスは不審そうな顔で二人を見ていた。


「あの、ありがとうございます、エリザベス様、助けて頂いて…」


わたしは狐につままれた心地だった。

まさか、助けられるなんて思っていなかった、

自分は罪人にでもなった気持ちでいたから。

それに、エリザベス・マーゴット…

彼女は物語ではほとんど出て来ていないのに…


「いや、いい、物を粗末にするヤツは好かんからな、

それより、何故黙ってやられているんだ?」


「その、わたしにも非はあったので…」


「そういう修行か何かかと思ったが、ふん…だが、おまえに非はあっても、

『それ』には無いだろう?気の毒だと思わんか?」


エリザベスの青色の目がランチボックスを指す。

皆で食べようと思って作ってきた昼食だ。

わたしの下心の産物のようで、いっそグチャグチャにして貰えば

彼女たちの気も済むのでは?と思っていたが、確かに、食べ物には

罪は無い。わたしの身勝手な考えだったと気付かされた。


「そ、そうですね、言われて気付きました…恥ずかしいです」

「恥ずかしがる必要は無いだろう?」


心底不思議そうな顔をするエリザベスに、わたしは好感を持った。

彼女に言われると、そんな気がしてくるのだ。


「あの、エリザベス様、助けて頂いたお礼に、

よければ召し上がって頂けると…」


「頂こう」


彼女はあっさりと言い、後の席に座った。

わたしはランチボックスを開き、彼女に向けた。

ハンバーガーだ。

小さ目に作っているとはいえ、彼女が手に持つとそれは更に小さく見えた。


「美味いな、何だこれは?」

「ハン…パンにハンバーグとチーズと野菜、ソースを挟んだものです」

「初めて食べたが、美味かった」

「良かったら、こちらも…」

「それでは、おまえの分が無くなるだろう?」

「いえ、わたしの分は別にありますので…」


これはカイルたちに用意したものだった。


「そうか、なら、遠慮無く貰うぞ」


彼女の食べっぷりは、カイルたちよりも見事だった。

わたしが食べ終わるよりも早く、残り二つをペロリと食べてしまった。


「美味かった、馳走になったな」

「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」


出来たらお友達に…

なんて、身の程知らずですよね…


また弱気が返ってきて、わたしは言い出せず内に仕舞込んだ。

エリザベスを見送り、ランチボックスを片付けようとした時だった。


「セシリア様」


急に隣から声を掛けられ、わたしは飛び上がりそうになった。

「は、はい!?」見ると、サイラスが立っていた。

気配も足音も立てずに…流石隠密、いえ、護衛。


「ユーリー様よりご伝言がございます、

『今回の事は我々の落ち度でもある、迷惑を掛けてすまぬな、

我々が庇い立てすると事態は悪くなるだろうから、暫くは辛抱して欲しい。

必要ならサイラスを付ける、世話になっておいてすまぬな、許せ』」


「あ、あの…どういう事でしょうか?」


「ユーリー様もカイル様も、遅まきながら、セシリア様が女子生徒たちに

目を付けられていると気付かれまして、状況を打開すべく策を練られて

おりましたが、何分、女生徒の思考や行動は予測不能、

そこで、申し訳ないのですが、暫く距離を置いてみようという事になった

次第でございます」


「そ、そうでしたか…」


迷惑には思われていなかった事に安堵する。

だけど、やはり、わたしなんかが友達など、おこがましいと思うし、

他の女子生徒たちの気持ちも分かる、

王子の周りに女子生徒が居るなんて嫌だろう。

このまま、離れた方がいい。

そんな事を考えていたわたしに、サイラスが話し出した。


「ユーリー様は孤独を抱えておられました、第二王子というお立場から、

周囲は敵だらけでしたから、気を許せる存在など居なかったのでございます。

ユーリー様の望みは、学園に入り、普通に接する事が出来る『ご学友』を

みつける事でした。カイル様とセシリア様のお陰で、ユーリー様は少し

お変りになりました、孤独が薄れてみえ、毎日が楽しいとも申しております」


物語のユーリー同様、彼は孤独を抱えていた?

可哀想に思う、自分で役に立てるなら…と。

でも、きっと、それはわたしでは無い…


「ユーリー様には、カイルが付いています、それに…」


ヒロインも居る。


「わたしでは役不足です、わたしは…嫌なんです!

誰かに注目される事も、噂をされる事も、怖くて堪らないんです…!

すみません…」


わたしは両手に顔を伏せる。


「その様にお伝えしてもよろしいのでしょうか?」


「はい」


「承知致しました」


声と共に、サイラスは消えた。

わたしは泣いてしまわない様、歯を食いしばった。





ユーリーに酷い事を言ってしまったが、

ユーリーもカイルもわたしを責める事はしなかった。


カイルの態度がいつもと変らない事に、安堵する。

カイルはいつもわたしに優しくて、どんな時も励ましてくれた…

だから尚更に、カイルに見捨てられる事が一番怖かった。



◇◇



週末になり、カイルが屋敷に戻って来た。

屋敷の使用人たちはカイルのもてなしに張り切り、屋敷は活気付いた。

勿論、わたしも一緒で、手伝いをし、

ナッツをたっぷりと使ったケーキも焼いた。


夜、カイルと一緒に、ケーキを食べながら、選択科目を選んだ。


カイルはやはり得意な攻撃魔法、剣術、薬草学、古代魔法等を

選んでいた。

わたしは運動も得意では無いし、体力がある方でも無く、

攻撃など怖くて無理だし…


「そうですね、姉さんは防御系魔法の方がいいでしょう、

治癒魔法に重点を置いて、これと、これと、これ…」


カイルが選んでいくのを、わたしは紅茶を飲みつつ、感心して見ていた。


「簡単な攻撃魔法と、護身術は身に着けておいた方がいいと思いますが、

どうですか?」


「攻撃魔法は怖いですし、人を傷付けてしまいそうで…

それに護身術にしても、直接人に…というのは、抵抗あるといいますか…

わたしは人を弾く魔法などで良いです」


イメージは、静電気やスタンガンでしょうか。


「でも、咄嗟に襲われた時に、魔法は間に合いませんよ?

例えば、こんな風に___」


腕を引かれ、立たされたかと思うと…


「!??」


突然、カイルに後から羽交い絞めされ、わたしは息を飲んだ。

カイルの固い腕が、わたしのお腹と肩に回り、ギュっとその熱のある身体に

押し付ける。微動だにしない…というか、固まって動けないわたしを不審に

思ったのか、カイルがわたしを覗き込む。


「姉さん?」


「は、は、はい!?」


「魔法は使えそうですか?」


「ま、まほう!??」


カイルが呆れた様に溜息を吐く。

頬に触れたその温かいものに、わたしはビクリとしてしまった。


「!!」


それを誤魔化そうと、わたしはじたばたと、カイルの腕の中でもがいた。


「は、は、離して下さい~~~!!」

「はいはい、離しましたよ、姉上、大丈夫ですか?」


カイルから距離を取り、わたしは両手で顔を隠す。

きっと真っ赤になってますから!見ないで欲しい…!!


「か、カイル、からかわないで下さい!

わたしはこういった事に免疫が無いのです!」


前世から数えて、36年間…ええ、全く…


「それは…、すみませんでした…」


真剣に謝らないで下さい!余計に恥ずかしくなります!!


「では、護身術は無しにしましょうか…他に気になるものは…」


切り替えの早いカイルを少し恨みがましく思いつつ…

わたしは頬を押さえたまま、ソファに戻ったのだった。



カイルの腕、あんなに固かったでしょうか?

いつの間にか、わたしよりもずっと背が高くなっていた。

わたしを簡単に包み込んでしまう程に大きくなって…


意識してしまったなんて…ああ、どうか絶対に気付かれませんように…!




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