表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/40

(3)



先程目にしたヒロインの事で、わたしの頭の中はいっぱいだった。


彼女は凄く怒っていた、それに気も強そうだ。

彼女の様な人から好かれる事は、

前世を通して、自分の経験上まず考えられない。

このまま、出会わずにいられたら良いですが…

同じ学園にいるのだから、望みは薄いだろうか。


悶々としながら、カイルに続いて教室に入ると、

何か眩しいものが目に入った。


窓側、一番前の席に、ユーリーが座っている…


皆と同じ学園の制服を着ているというのに、

明らかに周囲と隔絶した異彩を放つ、気品高いプリンス…

そこだけ現実では無い、夢の国だ。


「はぁぁ…」思わず溜息を吐いてしまうのは、許して欲しい。


「姉上の席はこちらですよ」


カイルが廊下側長机の一番前の席にわたしの鞄を置き、

椅子を引いてくれた。

席順は番号順になっていた。

2番のカイルはユーリーの隣という事だ。


カイルは勉強に集中出来るのでしょうか?


席に向かうカイルを、わたしは心配で見ていた。

カイルに気付いたユーリーは振り向き、立ち上がった。

そして、驚く事に、ユーリーはカイルに手を差し出した。

二人は言葉を交わし、握手をしたのだった___


ユーリーは好意的に見えた。

カイルが席に着いてからも、ユーリーはカイルの方を向き、

笑みを浮かべ話掛けている。


意外です…


わたしはつい、ユーリーとカイル、二人を眺めてしまっていた。


物語のユーリーは、礼儀正しく発言もしっかりしているが、

他の生徒と一線を引いて接していた。

そして、他の生徒たちもユーリーには一線を引いていた。


表向き、学園では身分は関係無いと謳っているが、

教師たちの中でも気を遣う者がいる程に、やはり王族は別格だった。


女子生徒たちは皆、ユーリーに憧れていたが、

声を掛け難い存在で、それでも気を引こうとする令嬢も居たが、

全く相手にされていなかった。


そんな彼の孤独な心を開いたのは、ヒロインだ。


そして、物語のカイルは、ユーリーに対して『敵対心』を持っていた。

「あいつの顔を潰してやったら面白いだろうな」

そんな事を平然と言ってのける人だった。


勿論、物語のカイルと、ここに居るカイルは違う。


「なんか、仲良さそうですし…羨ましいです…」


物語での、セシリアのクラスの友達…仲間は、

レジーナ・エイジャー侯爵令嬢と、ドリー・ハーパー侯爵令嬢で、

『ヒロインを苛める』という共同の目的の元、結びついていた。

レジーナもドリーも少し悪い事を好む人たちで…

セシリアが幽閉された時、二人は修道院に送られた。

エリザベス・マーゴットという女子生徒の事は、

物語ではほとんど書かれていなかった気がする。


そんな事を考えていると、隣の席に6番の男子生徒が座った。

わたしは慌てて挨拶をした。


「あ、あの、セシリア・モーティマーと申します、

よ、よろしく、お願い致します…」


彼は不審そうな顔でわたしを一瞥した。


「女が5番とか、おかしいんじゃねーの?」


え…?


「王子も一番とか、出来過ぎだろ」

「そ、そんな事は無いかと…思います」


誰かは一番になるのだし、王子が優れていたとしてもおかしくは無い。


「はぁ?おまえに言ってんじゃねーよ、俺に意見すんじゃねーぞ」


怖い顔で睨まれ、わたしは前を向き、俯いた。

手の震えを抑えようと、膝の上で握った。



6番の生徒、チャーリー・ダルトン公爵子息は、

それ以降はわたしを完全に無視していた。

絡んで来られるよりは良いが、『怒らせるのでは…』と、

生きた心地がせず、神経がすり減った。


休憩時間になり、カイルがわたしの様子に気付き、

心配して席まで来てくれた。


「姉さん、大丈夫ですか?具合が悪いんじゃないですか?」

「いえ、大丈夫です!ご心配なく!」


わたしは無理に顔を作り、カイルに笑って見せた。

カイルは信じていない様で、咎める様にわたしを見つめている。


「その、まだ、慣れない事ばかりで…

今はいろいろ、戸惑っているだけですから…」


「…姉さん、無理はしないで下さいね?」


カイルがわたしの手を握り込む。

その大きな手は温かく、安心感をくれた。


だけど、いつまでもカイルに頼っていてはいけない___

この学園を出たら、わたしは一人立ちするのだから。


「わたしは大丈夫です、カイルもあまり心配しないで下さい」


カイルは何か言いたそうだったが、わたしは気付かないフリをし、

次の授業の準備を始めたのだった。





一人立ちを目標に、苦手な事も頑張ろう!と決めたが、

性格というものは、そう簡単に変えられるものでは無い、

否、変らないとさえ思う。


なので、わたしはスルースキルを磨く事にした。


兎に角、余計な事は言わない、気配を消す、じっと耐え忍ぶ。

幸い、チャーリー・ダルトンはわたしを『空気』とみなしている様で、

そう難しくは無かった。


そもそも、両親からも姉からも、わたしは『空気』だった。

前世でも、家族や学校では『空気』だったので、

そう辛いものでは無かった。

情けなくは思いますが…これも、小心者の処世術ですよね?



昼休憩に入り、カイルが一緒に食堂で食事をしようと誘ってくれた。

わたしは自分でお弁当を作って持って来ていたが、

そういう生徒でも食堂を使用出来るという。

それならば!と、お弁当の入ったバッグを持ち、

「はい!」と立ち上がった。


カイルが食堂の料理を取りに行っている間に、わたしは席を探した。

こういう事は本来大の苦手だが、ここは何としても、

カイルが戻って来るまでに席を押さえておきたい。

わたしも何とかやっていけると、カイルに安心して欲しい。


キョロキョロと見渡し、空間を探す。

出来れば隅の方がいい…


「あ!」


わたしは奇跡的に空いている席を見付けた。

「よかったー!」と腰を降ろし、隣の席にバッグを置いた。


「姉さん、席を取って頂き、ありがとうございます」


カイルがトレイに料理を乗せ戻って来た。


「はい、調度空いている席がありました!神に感謝です」


心から感謝の祈りを捧げたわたしだったが、

「ははは」と笑うカイルの後に、目にも眩しい方の姿を見付け、

固まった。


「あ、あの、カイル?その方は…」


「ああ、困った事に付き纏われてるんですよ、我慢して下さい、姉上」


「付き纏われてるとは酷いな、僕と隣の席になったのは運命だ、

諦めろカイル。それより、早く紹介してくれないか、君の義姉を」


その金色の目が、面白そうにわたしを見る。

こ、これは物凄い迫力です!自分がミジンコに思えます…

ああ、どうかこちらを見ないで下さい…!

そんな心境のわたしを余所に、無情にも挨拶は進められた。


「こちらは僕の義姉のセシリア・モーティマーです。

姉上、こちらはユーリー王子です」


「よろしく、セシリア嬢」

「よ、よろしくお願い致します、ユーリー様…」


わたしは慌てて立ち上がり、差し出された手に恐る恐る触れると、

深々と頭を下げたのだった。


「そう緊張せず、普通に級友として付き合って欲しい」


「あ、ありがたいお言葉でございます、

お言葉に沿えられますよう、こ、この上は尽力致します故…」


「ユーリー、姉上はこういう方なので、気にしないであげて下さい」


カイルがフォローにならないフォローをしてくれた。

だけど、わたしには…


「姉上、良かったですね」


無表情で儀礼的に零し、さっと、わたしの隣の席に着いた。


わたしの隣にはカイルが、カイルの隣にはユーリーが腰を降ろした。

ユーリーは王子だというのに、食堂のトレイに料理を乗せていた。

「一度食べてみたかったんだ!」と、ユーリーは満足そうだ。


「あの、毒味はしなくてよろしいんですか?」

「学園では一学生の身分だからな、それに今は特に命を狙われても

いない。何かあれば護衛もいる」


護衛??

わたしがキョロキョロと周囲を見回すと、カイルが教えてくれた。


「ユーリーの隣に座っていますよ、サイラス・タスカー、4番の生徒です」

「学生のフリをされているんですか?」

「その方が都合が良いからな、年齢は我々とそう違わない」

「優秀なのですね…」

「優秀と言えば…」と、ニヤリとユーリーがカイルを見た。

カイルは食事の手を止め、溜息を吐く。


「僕は1番を取る自信があった、

だが、彼の所為で1番を疑われているんだ。全く不愉快だよ」


不愉快という割に、ユーリーは何処か楽しそうに見える。


「勘繰り過ぎですよ、馬鹿馬鹿しい」


「ほら、その余裕だ!普通なら悔しがるだろ?

『王子は得だな』『贔屓だ、忖度だ』『どうせ実力じゃない』等と、

嫌味を言うものじゃないか」


「それはあなたの先入観でしょう。そんな事を言うのは余程の暇人

だけです、誰もあなたの主席を疑ってはいませんよ」


「そういう処だと言ってるんだ、セシリア嬢から見て、どうだ、君の義弟は」


「おい、姉上を巻き込むな!」


カイルの口調が少し砕けている…男同士だとこんな風なのだろうか?

わたしは思わず「ふふふ」と笑ってしまった。


「姉上?」

「セシリア嬢?」


カイルとユーリーが不審そうにわたしを見る。


「その、わたしには分かりませんが…お二人が楽しそうで、羨ましいです。

お互い、好敵手がみつかって良かったですね」


「成程、好敵手か…悪くないぞ」と、ユーリーがカイルをまじまじと見る。


「姉さん、変な事を吹き込まないで下さい、僕が苦労します」


「わたしは素敵だと思います、好敵手なのですから、

手を抜いては駄目ですよ?カイル」


「そうだぞ、カイル!僕の好敵手を名乗るなら、手加減無用だ!」


カイルはやれやれ…と肩を竦めた。


「セシリア嬢も5番とは凄いな、教師から聞いたが、

かなりの魔力量らしい。魔法のセンスも良いと褒めていたぞ」


教師から聞けるのは、ユーリーが王子だからだろう。

魔法学園を卒業し、成績が良ければ王宮務めになる者もいる。


思い掛けず褒められ、

わたしは体を小さくし「ありがとうございます」と零した。


「ただ、気の弱さが心配だと言っていたぞ」

「は…はい…」

「折角の力を活かせねば勿体ないだろう…」


「ユーリー」と、カイルがユーリーの言葉を遮った。


「余計だったか?すまない、カイル、そう睨むな」


ユーリーの言う事は正しいが、分かっていてもどうしようも無いわたしは、

情けなく思い、落ち込むだけなのだ。

そんなわたしの気持ちが、カイルには何故分かるのか…

ポンポンと背を叩いてくれた。



「姉さん、それは…サンドイッチ?ですか?」


カイルがわたしの持つサンドイッチに目を止めた。

サンドイッチは前世でも今世でも、それ程違いは無いと思っていたが…

何か変だったでしょうか?


「は、はい、屋敷の料理人が美味しそうなパンを焼いていたので…、

好きなものを挟んで参りました」


屋敷の料理人が焼いたハード系のパンを薄切りにしたものに、

リーフとトマトの輪切りを乗せ、

フィリングは、野菜をマヨネーズで和えたサラダ、

たまご、スパイシーチキンの三種。

食べ易い様に小型に作った。

マヨネーズやソースは自分の味覚に合わせ作ったものだ。


前世では独り暮らしという事もあり、自由に出来、

ご飯とおかずを何種か詰めたお弁当を作っていたが、

今世では自分独りで暮らしている分けでも無いので、

何かと気を遣い…

なるべく余っている食材で、料理長の邪魔にならない様、

隅の方で作らせて貰っている。


どういう分けか、

カイルが興味深そうに、わたしのランチボックスの中を覗いている。


「そ、そんなに見ないで下さい…自分用に作ったものですから…」

「ああ、すみません、とても美味しそうだったので…」


『美味しそう』と言われると、少しうれしくなってしまう。

わたしはカイルに、「召し上がってみますか?」と

小型のサンドイッチが並ぶボックスを向けた。


「ありがとうございます、それでは…」


カイルは真剣な顔で吟味し…

たまごのフィリングをたっぷり挟んだサンドイッチを手に取った。


「…これは、美味しい、ですね。

ふわふわとして、とても奇妙ですが、中毒性があり、止まらなくなります…」


そ、それは…褒め言葉ですよね??

微妙に表現が怖いですよ??

それでも、褒められると気恥ずかしいのとうれしいのとで、

頬が緩みます…


ユーリーはカイルが食べるのをじっと見ていたが、

「僕も貰っていいか?」と聞いてきた。

王宮の豪華であろう料理を食べ慣れている彼の口に合うとは

とても思え無かったが…嫌だとも言えない。

ああ、お恥ずかしいです…


「お口に合うか分かりませんが…」

「構わない…う、うん!これは美味い!こっちのもいいか?」


ボックスに向かったユーリーの手を、カイルが掴んだ。


「姉上が食べる分が無くなります、遠慮して下さい」

「確かにその通りだ、許せ」

「あ、いえ、気に入って頂けたのでしたら…、

わたしは食堂の料理を頂きますので…あの、すみませんが、カイル…」


食堂の料理を取りに、カイルに着いて来て貰おうとしたのだが、

それよりも先に、さっと、わたしの目の前に、

料理の乗ったトレイが置かれた。

驚いて振り返ると、さっと行ってしまい、わたしには残像しか見えなかった。


ユーリーの護衛のサイラス・タスカーだ。

王子付きの護衛は、こんな事までしてくれるのですね…


その後、わたしは食堂の料理を食べ、

二人は仲良くサンドイッチに群がったのだった。



成り行き上、

わたしはカイルとユーリーと…少し離れて護衛も…一緒に食堂を出た。


渡り廊下に差し掛かった時、

わたしは庭の樹の下に赤毛の少女の姿を見付けた。


パトリシア・クラーク。


物語でヒロインがユーリーと出会ったのは、この日だっただろうか?


庭で独り佇むヒロインを見て、

ユーリーは彼女から自分と同じ孤独を感じ取り、引き寄せられる。

ユーリーに気付き、振り返るヒロイン…

二人は目が合った瞬間、それと分かるのだ。

お互いこそが、魂の片割れなのだと___


わたしは浮かんだシーンに息を飲み、足を止めた。

彼女に気付かれない様、皆から離れる。


「姉さん?」


カイルが気付き、振り返った。

わたしは「忘れ物をしました!」と、持っていたバッグで顔を隠し、

逃げる様に廊下を駆け戻った。



その後、ユーリーが彼女に声を掛けたかどうかは、聞けなかった。

だが、わたしが渡り廊下に戻った時には、

彼女の姿はもう、何処にも無かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ