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その後、父が「バリー・ハッカー侯爵」の名を口にする事は無かった。
心配していた、父とカイルの関係も、表面上は変った様には見えなかった。
カイルに聞いた処、バリー・ハッカー侯爵はかなりの浪費家で、
若い頃より賭け事に熱心だった。残虐性があり、使用人の扱いも酷く、
「屋敷の前を通ると使用人たちの悲鳴が聞こえる」と噂されている。
過去二回結婚しているが妻は何れも事故死している。
そんな相手と結婚したいという令嬢はおらず、再婚相手に困っていた処に、
父からわたしの話を聞いた…。
「父上は相手が友人という事もあり、調べなかったんでしょう」
カイルの声には、明らかに『呆れ』が込められていた。
それでも、父に悪気は無かったのだと分かって、わたしは安堵した。
「姉上は呑気ですね、悪気はあるでしょう?
親と同年の男を娘の結婚相手にしようとか…」
カイルは顔を顰め、「考えられない」と頭を振った。
本当に、カイルは優しい人だと思う。
実の父親よりも余程、わたしに親身になってくれる。
「まぁ、父上も暫くは大人しくしているでしょう」
「わたしに、優しくて賢い義弟がいてくれて良かったです!」
カイルは呆れたのか、困ったような笑みを見せた。
◇◇
姉ダイアナの結婚式の為、両親とカイルは馬車でケンドール公爵家へ
向かった。公爵家までは馬車で三日程度掛かるので、
三人は一週間は戻って来ない。
わたしはといえば、例によって、父が上手く言い分けし留守番となった。
多分、親戚一同、わたしを「病弱」と思っているだろう。
両親は兎も角、カイルが居ないのは寂しい。
「カイルが留守の間は、わたしが薬草園を守ろう!」と決め、
意気込んだわたしだったけど、カイルは既に使用人の庭師に頼んでいた。
わたしは庭師の手伝いをし、色々と教えて貰う事にした。
「カイル様は薬草にもお詳しくてね…」
庭師はカイルを絶賛していた。
カイルが褒められるとわたしもうれしくて、にやにやが止まらなかった。
カイルの誕生日が近い事もあり、
アロマオイル、アロマキャンドル、ハーブソープ等、実験的に作ってみた。
本当はそれなりの物をプレゼントしたいが、
自由に使えるお金を持っていないので、今年もハーブ頼みになりそうだ。
クレアに教えて貰い、猫の人形を1体と、小型のうさぎのマスコットを作った。
マスコットの中身はポプリで匂い袋を兼ている。
それを思いついたわたしに、クレアは感心していた。
「セシリア様は、素晴らしい発想力をお持ちですね」
前世の記憶は何かと役立ちます。
匂い袋兼マスコットを気に入ったクレアは、
同様の犬のマスコットを作っていた。
クレアに教えて貰いながら作業する時間は楽しかった。
友達…はおこがましいだろうか、師匠と弟子、
若しくはハンドメイド仲間でしょうか?
調理場を貸して貰い、クッキーを作らせて貰った。
これは、カイルを驚かせようと、色々な形、フレーバーの物を作り、
ジャムやアイシングで飾り…缶に入れ詰め合わせにした。
残った物は使用人たちと一緒に食べた。
クッキーを作れる事に驚かれたが、クッキー自体は美味しいと好評だった。
夜寝る前には、予定通りに無事に帰って来てくれる事を祈った。
結局、両親は引き留められ、滞在を延ばし、
カイルだけが屋敷に帰って来た。
「カイル!お帰りなさい!」
「ただいま帰りました、姉上、何か困った事はありませんでしたか?」
「はい、滞りなく!」
「そんなに晴れやかに言われると、僕は寂しいんですが…」
寂しい??
不満そうな顔のカイルを前に、
キョトンとして頭を傾げるわたしを見兼ねたのか、
クレアが「ここは、寂しかったと申すべきかと」と教えてくれた。
「も、勿論、カイルが居なくて寂しかったですよ!
寂しかったので、沢山作ってしまいました」
「作ったんですか?何を?」
「ふふふ、見せますので、驚いて下さい!」
「はい、でも、まずは、僕からのお土産で驚いて欲しいのですが」
カイルから、お菓子、リボン付きの帽子、白いうさぎの人形を貰った。
「あああ!なんて可愛いのでしょうか!!カイルありがとう!」
わたしは白いうさぎの人形を抱きしめる。
カイルは「よろこんで貰えて良かったです」と、満足そうに笑った。
カイルを部屋へ呼び、新しい人形をベッドに並べた。
カイルは「増えてる…」と呟いた。
「匂い袋兼マスコットも作ってみました!」と、
わたしは力作のうさぎのマスコットを見せた。
カイルは手に取ると、顔に近付け匂いを嗅いだ。
「へー、ああ、匂いますね、貰ってもいいですか?」
意外な事に使って貰えるみたいだ。
「気に入ったのなら、カイルの好みの物を作りますが?」
「いえ、これが気に入りました、落ち着きます」
カイルはいつも冷静で弱味を見せる事は無いけど、『落ち着く』なんて…
いつも張り詰めているから出る言葉じゃないかと思ってしまう。
「所で、姉さんは、うさぎの人形が好きなんですか?
それとも、うさぎ自体が好きなんですか?」
「どちらも大好きです!うさぎに限らず、猫、犬、鳥…なんでも大好きです!」
熱を込めて答えたわたしに、カイルは至極冷静に「成程」と相槌を打った。
わたしは用意しておいた、手作りクッキー詰め合わせ缶を取り出し、
カイルに手渡した。
「どうぞ、開けてみて下さい!」
蓋を開け、中を見たカイルの目は丸くなった。
「これは、凄いですね…」
「ありがとうございます、我ながら上手に焼けたと…」
「ええ!?これ、姉さんが作ったんですか!?」
「はい!カイルの為に頑張りました!」
「いや、ちょっと、これは予想外過ぎて…どうしよう…」
クッキー缶を両手に持ち、頬を少し赤くして、ごにょごにょ言っているカイル。
こんなカイルを見たのは初めてだ。
「ふふ、可愛いですね」
わたしの素直な感想だったが、カイルにはお気に召さなかった様で、
何故かじとりと恨みがましい目で見られてしまった。
◇◇
カイルの14歳の誕生日には、
ラベンダーの押し花の栞と、ハーブソープを作ってプレゼントした。
ピアスの様にちゃんとした物をあげられたら良かったが、
わたしには自由に使えるお金は無かった。
それでも、カイルは喜んでくれ、使ってくれている様だった。
昨年プレゼントしたアロマキャンドルも気に入っていて、
何度か催促されて作った程だ。
クレアの誕生日には、アロマキャンドルとアロマオイルをプレゼントした。
こちらも好評だった。
幸せで穏やかな日々の中、季節は移り変わっていく。
あの運命の時間軸は、直ぐ目の前まで来ていた___
 




