自動人形の少女
「……ここは、何処ですか?」
「喋れるのか、って!? とりあえずこれを着てくれ!」
着ていた上着を投げてよこす。
先程までは完全に人形だったはず。見た目も、肌の色も薄く、確実に人間ではなかった。
でも今はどうだ! 上気した頬、柔らかそうな肌、俺を見据える瞳は青く透き通っている。完全に、裸の女の子じゃないか!
いや、正確に言うと服は着ている。でも、全身のラインがくっきりと浮き出ているボディスーツのようなものを、ちゃんとした服と呼称しても良いのか!?
「?わかりました」
俺の行動が理解できないのか、オートマタ……彼女は首を傾げながら、それでも上着を羽織ってくれる。
「ふう。それで、君はなんでこんなところにいたんだ?」
未だ目のやり場には困るが、まあ、それでもいくらかはマシになっただろう。
そばにあった別の椅子へと腰を落ち着け、話をする準備も整えた。
「それはこちらのセリフですが……」
周囲を見回し、次の言葉を紡ごうとした瞬間、頭を押さえる。
「いえ、申し訳ありません。私の記憶が一部欠落しているようです」
記憶に不都合があったのか、彼女はそれだけを言い、黙り込んでしまった。
「そうか……」
……話が続かない。
興味本位で動かしたのは良いが、何をオートマタと語り合えばいいのか。
俺の人生にそんな経験は一度もない。
「……よろしいですか?」
無語が続く中で、ぽつりと、彼女が喋りだす。
「どうした?」
お、ようやく会話ができる。
そう思って、少しだけ嬉しそうに声をあげてしまった。
「私は現在、マスター権限を持つ方を登録していません」
「マスター権限?」
なんだそれは。
「はい、これがないと私はこの場所から出ることができません」
こんなくらい物置みたいな場所から?
「そりゃまた、大変だ」
「あなたをマスターとして登録しても宜しいでしょうか」
突如、そんなことを言い出す。
「俺が、マスター権限とやらを持ってるのか?」
そんな悪徳商材みたいなものに登録した覚えはないのだが。
「はい、あなたが持つモノクル。それが、マスターキーの一つになっています」
「これが?」
左目につけている、モノクルに触れる。
こんな物が権限とは、この子を作ったのはネクロマンサーなのか?
だとしたらこの子は……。
「はい」
……彼女の声で、現実へと戻される。
怖い想像はやめよう。とりあえず今は、彼女のことだ。
「そうか……いいよ。マスターになろう」
こんな場所に、一人置き去りにするのは、いくらなんでもかわいそうだ。
……もしこれが人の善意に付け込んだ悪徳勧誘だったら、ネクロマンサーの奴を墓から引っ張り出して殴りつけてやる。
「感謝します。では」
そう言うと、彼女は立ち上がり、こちらへと歩み出す。
「ちょ、なんで近づいて……ん!?」
彼女の、人形とは思えない、整った顔立ちが、眼前へと迫る。
そう意識した瞬間、俺は唇を奪われていた。
目の前には、ただ、彼女の顔だけ。
肩にかかる程度の長さの瞳と同じ青い髪、透明感すら感じる白く透き通った肌。赤く色づいた唇は、これが本当に人形なのか? と疑ってしまう。……垂れてきた前髪が、鼻にかかってこそばゆい。
「ん……ふう」
どれほどの時間そうしていたのか、ようやく、その行為は終わりを告げた。
……少しだけ、名残惜しく混じてしまうのは、男として仕方ないのだろうか。
「これで、マスターとして登録されました。カケル様、今後ともよろしくお願いします」
「い、いきなり過ぎてびっくりしたけど……て、今後?」
今、聞きずてならない単語が聞こえた気がする。
「はい、マスターとなりましたので、私は常に、あなたの側に控えます」
こんな事後承諾があるか?
「……外に出たかったんじゃないのか?」
「はい、マスターと外に出たかったです」
彼女はそれが、当然であるかのように答える。
「ああ……そう」
「はい」
いやまあ、事前に聞かなかった俺も悪いが……。
それにしたって……。
「ところで、もし俺がこれを持たずに入って来てたらどうなってたんだ?」