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勇者セカンド


「よし、早速聞き込みをしよう」


 一人になった俺は、聞き込みを開始する。

 その内容は、街や国の周囲の様子やダンジョンの情報。俺の前回の記憶と、どれぐらい齟齬があるのか確認したかった。

 一人で行動をしたのは、俺が過去から戻って来たことを知らないみんなには、あまり見せたくない姿だったから。

 しかし――。


「予想以上に……未来が変わっているのか」


 聞き込みで得た情報は、予想外のものばかり。


「これでは、ダンジョン情報以外の記憶はあてになりそうにないな」


 特に国の情勢などは、俺の記憶とはかけ離れてしまっている。


「……少し早く来すぎたか」


 聞き込みを終え噴水へとやってきた俺は、時間を確認する。二時間と三十分ほど経っているだろうか。


「仕方ない。前回は俺が遅刻したし、待つとしよう」


 噴水の淵に腰を下ろし、周囲を眺めながら、ミオン達を待つ。


「……」


 しかしあれだな。こうやってゆっくりと街を観察していると、色々な人が通っているのがわかる。

 獣人は勿論、人間も意外と多いしエルフもちらほら。

 特にあいつなんか、煌びやかな鎧を身に纏ってまるで勇者の奴みたい……って。


「……え?」


 雑踏の中に見つけた、目立つ集団。


「あれは……」


 俺が見つけると同時に、向こうも俺と目が合った。


「て、テメェ!」


 その姿は、紛れもなく勇者そのもの。


「なんで勇者の奴がこんなところに……?」


 本来、あいつはまだあの国でちまちまとレベリングに勤しんでいるはず……。

 これも、未来が変わってしまった事の影響か。


「なんでテメェがこの街に居るんだよ!」


 勇者は俺を見つけると、大声で喚きながらこちらへとやって来た。


「……それは俺のセリフだ」


 無視すれば良いものを、なぜわざわざ絡んでくるんだこいつは。

 チンピラ冒険者と言い、この噴水はもしかしたら呪われているんじゃないだろうか?


「私達は、国王から言われたのよ。獣王国ならダンジョンが多いから、レベル上げやアイテム回収が捗るって」


 勇者の後ろから、キョウカが後を続くようにやってくる。


「ああ……そう言う事か」


 俺が赤龍をさっさと倒してしまったせいで、あの国まで情報が回らなかったのだ。前回は赤龍が原因で獣王国行きを遅らせたのが、無くなってしまったらしい。


「何無視してんだよ。俺が聞いてるんだ!」


 俺とキョウカの間に割って入り、勇者がなおも喚く。


「うるさいな。いちいち怒鳴らないと会話もまともに出来ないのか?」


「ぐっ!?」


「あなたも煽らないで。こいつ、キレると面倒くさいのよ」


 ため息をつき、キョウカは俺の方を諌める。勇者のことはもう諦めているのだろう。


「知ってるさ」


 こいつがプライドの塊で、他人が自分を無視して話を進めることを異常に嫌うのは、前回から変わっていないようだ。

 笑ってしまう。大きく変わっていく世界で、一切変わらないこいつを見て少しだけホッとしてしまった。


「俺を無視して話進めてんじゃねぇよ!」


 学習能力もないのか、やかましい大声は治りそうにもない。


「……ふん! ゴミみてぇな格好だな。お前にはぴったりだ」


 が、途端に冷静になる。

 どうやら俺の格好を見て、自分が遥かに上だと思ったらしい。


「そいつはどうも」


 勇者の格好は、全身を覆う純白の鎧に、宝石が散りばめられた剣。あれは恐らく王に貰った物だろうな。

 見た目こそ豪華だが、特に付加効果などのない装備達。


 俺はと言えば、殆ど普段着だと思われる格好にお情け程度のガントレット。正確には盾だが。

 まあ、見た目だけで言えば、勇者達が遥かに上なのかも知れない。

 しかし当然と言えば当然だが、勇者は俺たち転移者には通常の武器防具は殆ど無意味だと言うことにまだ気が付いていない様だ。


「どうせ一人寂しく旅をしてるんだろ? こっちは更に新しく仲間を入れたぜ」


 勘違いの優位性に酔ったのか、途端に静かになった。こっちの方が煩くなくて言い。


「……全員女か」


 指をさす後ろを見ると、いつもの二人と、知らない女性が二人連れ添っていた。

 まあ、これに関しては俺も人のこと言えないか……。


「当たり前だろ? 俺がいれば戦闘は問題ない。あとは荷物持ちと、お楽しみが出来る奴が必要なんだよ。勇者様にはな」


 今の勇者の笑いは、ニチャア……とそんな音が聞こえて来そうだ。


「……お前はこいつと居て大丈夫なのか?」


 もしかしたら既に襲われているんじゃないか? そんな不安からキョウカに問う。


「そんな訳ないじゃない。朝までうるさくて仕方ないのよ。最近は宿すら分けてるわ」


 そうか。なぜか少しだけ、ホッとする。

 ……俺はなぜ、こんなことで不安になったり安心したりしているのか。


「ふん。お前もさっさと俺のモンになれば良いのによ。楽しませてやるぜぇ?」


 ワキワキと指を動かし、キョウカへとにじり寄る。

 ……こいつ、女の事となるとこんなに気持ち悪かったのか? 初めて知った。


「近づかないで、気持ち悪い」


 キョウカも気持ちは同じなのか、辛辣な言葉を浴びせながら十歩以上勇者から距離を取る。


「良く一緒に居られるな……」


 今改めて見ると、こんな奴と良く一緒に旅が出来ていたものだと昔の自分に感心してしまう。


「……好きで居るんじゃないわよ。帰る為には、必要な事だもの。……逃げた貴方と違ってね」


 キョウカは腕を組みながら、俺を睨んだ。


「……そうか。そうだな」


 何も知らないキョウカからしたら、そう取られても仕方がない。


「確かに俺は……逃げたのかも知れない」


 それに、逃げたと言うのも、あながち間違いではないのだから。


「はははは! そうだ、テメェは俺から逃げたんだよな! 勇者の俺に嫉妬してよ!」


 俺の言葉を聞いた勇者は、上機嫌に高笑いを上げる。


「さっさと居なくなったお前は知らないだろうけどな、この世界では俺たち転移者にはレベルやスキルの概念があるんだ」


 あ、そう。知ってる。


「俺はここに来るまでに鍛え上げて、レベル十に到達したぜ。新しいスキルも手に入れた。まあ、方法は教えてやらねぇけどな!」


 ……今自分で、十レベルに到達してスキルを手に入れたと白状したようなものじゃないか。


「なあ、こいつってこんなに馬鹿だったか?」


 先程まで落ち込んでいた気持ちが、不思議と何処かへ言ってしまった。

 すごい、勇者には抗うつ効果があるらしい。


「こんなにかどうかは知らないけれど、大体いつもこんな感じよ」


「そうか……かわいそうに」


 離れてみて、初めて見える事もある。そんな言葉を思い出す。


「テメェ……あんま舐めんじゃねぇぞ」


 俺に馬鹿にされていると思ったのか、勇者は腰の剣を抜き、眼前へと突きつけて来た。


「……この街では殺しはご法度。知らないのか?」


 それに勇者を馬鹿にしていた訳ではない。残念な頭に同情していただけだ。


「……ふん。一人寂しく旅をして、喧嘩を売られても構えもしない。腰抜けが」


 後ろから、ふらりと男が現れる。武闘家だ。


「剣を引くんだ。この街に居られなくなるのは困るだろ?」


「チッ! 俺に指図すんじゃねぇ」


 勇者と武闘家が、俺を無視して勝手に言い争いを始めた。

 

……もう帰っても良いかな。


 不思議なことに、勇者や武闘家への強い恨みが、消えている。

 勿論、憎いことは憎いが――。


「あれ、ご主人さまどうしたのー?」


 そんな時、俺を憎しみの渦から引き上げてくれた女の子達がやってきた。

……もう待ち合わせの時間になっていたか。


「あ?」


 勇者も釣られて振り返る。そこには。


「お知り合いですか?」


「その割には、剣呑な雰囲気になっておるが」


「あらあらぁ」


 三者三様の美少女が、立ち並んでいる。今更だが、本当にみんな可愛いよな。


「みんな……」


 だが、今はタイミングが悪すぎだ。


「な、なな」


 勇者は吃りながら、勢いよくこちらへと向き直る。


「こいつらは誰だよ!?」


 何をそんなに怒っているんだこいつは。


「仲間だよ、一緒に旅をしているな」


「な!?」


 それを聞いて、勇者はこの世の終わりかと思うほどのショックを受けたようだ。


「こ、こんな奴に……」


「すいませんが、剣を下ろしてくれませんか? 危ないです」


 未だ俺に向けている剣先を、ミオンは抑え込み勇者に抗議をする。


「……」


 そんな勇者は、黙ってミオンを見つめ……。


「ご機嫌よう。美しいお嬢さん」


 そう語り、空いているミオンの手を取って微笑んだ。

 口調まで変わっている。何を見せられているんだ俺たちは?


「始まった……」


 キョウカの反応を見るに、どうやらいつもの事のようで。

 察するに、可愛い子を見つけた時の発作のようなものだろうか?


「なんですか、離してください」


 ミオンは、取られた手を雑に払い勇者から距離をとる。


「う……」


 勇者はそんな反応に狼狽えるも。


「他の方々も、随分お美しいですね。僕、こんなに煌びやかな光景を見たのは初めてかも知れません」


 懲りずに、リーラやニアにも微笑みを向けた。……ロロを見ていないだけまだマシだと言えるだろうか。


「主、なんじゃこの気持ち悪い男は」


 しかしリーラは辛辣にも指をさしながらそう返す。


「ぐっ……」


 唇を噛み締め、それでもなお勇者は諦めない。

 認めよう。こいつのメンタルは、確かに勇者だ……。


「ど、どうですか? 僕と一緒にお茶でもしませんか?」


「ロロねー、美味しいお店見つけたの! ご主人さまも今度一緒に行こうね?」


「ああ、そうだな」


 寄り添うロロの頭を、なでなで。

 もはや、誰も勇者の話を聞いていない。


「……」


「旦那様、この方々はお知り合いですかぁ?」


 流石に不憫に思ったのか、ニアだけは俺と勇者の関係を聞いてくる。が。


「旦那様!?」


 勇者はニアの発言にひっくり返っていた。


「ほら、やっぱり勘違いされているじゃないですか」


「私は別に勘違いされても良いのよう?」


「姉さんが良くても、マスターの風評に傷が付いたらマスター自身が困るんですよ」


「その時は、私が隅々まで癒してあげるわぁ」


 ミオンとニアは、いつの間にかスムーズに会話が出来るようになっている。


「なんか、仲良くなってるな」


 それに、ニアの事を姉さんと。


「まあ、ミオンは元々順応性が高いからのう」


 俺の呟きに、リーラが返事をする。


「最初は我とも距離があったが、すぐ喋るようになったろう?」


「そう、だったな」


 思い返して見ると、リーラとも最初はギクシャクしていたがいつの間にか普通に話すようになっていた気がする。

 ……もしかしてミオンって、人見知りなだけなんじゃ?


「お嬢さん方!」


 そんな中、唐突に、勇者が大声を張り上げた。


「……」


 流石に驚いたのか、全員が勇者へと目を向ける。


「先程から聞いていましたけど、もしかしてそのクズに脅されているのですか?」


「……は?」


 何を言い出すんだこいつは?


「主や主人だなどと……もしもコイツに奴隷扱いを受けているのなら、僕に任せてください。今すぐにでも助けて差し上げますよ」


 追加とばかりに、キラリと白い歯を輝かせ爽やかな微笑みまで見せた。


「のう主よ」


「……なんだ?」


 気のせいか、リーラのコメカミがひくついている様な気がする。


「コイツ、殺 し て い い か ?」


 リーラって、こんな声も出せるんだな。そんな低い声初めて聞いたよ。


「……気持ちはわかるがダメだ」


 だがまあ、流石に殺しはいけない。

 それに、こんなどうしようもない奴を殺すのにリーラが手を汚すのも嫌だ。

 これは俺の我儘でしかないが。


「どうしました? 早く僕に手を差し伸べてください。苦しい境遇から、助けてあげられるのは僕しかいませんよ?」


 誰も、勇者に近づこうとはしない。


「……」


 それどころか勇者を睨む瞳は、これ以上何か喋れば、もう我慢は出来ないとすら言っているように見える。


「おい! そこのクズが! こんな美しい方々に自分を主人と崇めさせ、優越感に浸ってさぞ気持ちがいいだろうな!」


 そんな空気を読みもせず、勇者こそ気持ちよさそうに演説を続けている。


「だが、それも今日で終わりだ! 僕が、お前のようなクズから彼女たちを救って――」


 そして、調子が頂点に達したその時、勇者は手に携えた剣を大きく振りかぶった。

 ……一瞬、前回の最後の光景が、フラッシュバックする。

 俺は、こうやって、こいつに……。


「待て!」


 咄嗟に、声を張り上げていた。

 危ない、もう少し遅かったら……ここが血の海に変わっていたところだ。


「お前たち、落ち着け」


 俺が今制止をかけたのは、勿論勇者になんかじゃない。

 勇者を取り囲み、今にも殺してしまいそうな殺気を放つ、三人に行ったんだ。


「しかしのう、主よ。ここまで主を愚弄され、冷静でいろとは無理が過ぎると思わぬか?」


 リーラは、片手で勇者の首を掴み、今にも握り潰しそうな表情を浮かべ。


「そうですね。むしろ、ここまで耐えた私たちを褒めて欲しいぐらいです」


 ミオンはいつの間にか勇者から剣を奪い、奴が俺に向かってやっていたように剣を振りかぶっている。


「あまり汚い事を言う存在は、消した方が静かになって良いですよねぇ。食べても良いですか?物理的にですが」


 ニアは勇者の背後に回り、頭を鷲掴んで笑っていた。

 喋っている内容は、とても笑えるようなものじゃないが……。


「みんな何してるのー?」


 そんな中、ロロだけは変わらず俺の足に抱きつきみんなの様子を不思議そうに見ていた。


「この中で一番の大人は、ロロかも知れないなー」


 そう言って頭を撫でるが。


「ロロさん。この人は、マスターの悪口を言っていたんです。それもとっても酷い」


「え……ご主人さま。あの人殺していい?」


 違った。勇者の話の内容を理解していないだけだった……。


「ロロはそんな事言っちゃいけません……」


 ロロだけは……いつまでも俺の癒しでいてくれ……頼むから。


「とりあえず、みんな離れてやれ」


 いつまでもそうしていると、勇者の奴が漏らしかねない。


「ひ、ひぃ……」


「ほら、あいつあんなにビビってるじゃないか」


 顔は既に涙で溢れ、足は生まれたての子鹿のように震えている。


「なんかもう不憫に見えてくるぞ」


 無理もない。勇者のレベルは確か、十だと言っていた。そんなレベルで三人の殺気を間近で受けたのだ。その恐怖は計り知れない。


「あんな奴に、あれほど憎しみを抱えていた自分も……馬鹿みたいだな」


 しかし、そんな勇者の情けない姿を見て……自分の中で何かが吹っ切れたような気がした。


「みんなのおかげだ……」


 みんなが、俺を変えてくれた。


「こんな俺に、ついて来てくれて……ありがとうな」


 そんなつもりもなかったのに、ふと瞳から、涙が溢れる。


「……」


 情けないな。こんな姿を見せて、幻滅されたかも知れない。


「マスター、もう行きましょう」


 だけど、みんなはそんな情けない俺の手を引き、立ち上がらせてくれる。


「そうだな。主よ、飯に行こう。美味しい店があったのだぞ」


「あー、それロロが教えるの!」


 顔を上げると、みんなの笑顔が、目に入る。


「新参者だと素直に喜んで良いのか困るわねぇ。でも、旦那様への気持ちは誰にも負けませんよ?」


「強気ですね、姉さん」


「勿論よぉ」


「愛情や恋慕などは良くわからぬが、我も主といるのは心地よいと思っておるぞ?」


「ロロもご主人さま大好きー」


 みんなの好意が、とても、暖かい。


「ああ……ありがとう」


 これから先も、みんなが居れば……俺はどこまでも進み続けられる。そう、思ったんだ。



「ああ……」


 去っていく彼らの背を見送りながら、キョウカは一人、立ちすくむ。

 足元には、腰を抜かして泡を吹く勇者の姿。その後ろでは、パーティのメンバーの痛い視線を感じる。


「……どうすんのよ、これ」


 誰か私を連れ出して……。キョウカは一人、神にそう願った。




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