また増えた
俺にラミアを殺す事は、出来ない。あの顔は確かに、ミオンを妹として慈しむものだったからだ。
ミオンの姉を……俺は、殺せない。
「本気か? 主よ」
「ああ」
だからこそ、俺たちの情報を魔王達に話す事なく、立ち去って欲しい。
「だが、此奴は魔王の手下だ。口先だけで約束して反故にされるのがオチだぞ」
「そうかも知れないが……」
『そうよぉ、大人しく殺しなさい。私は魔王様を裏切れないしねぇ』
ラミアはつまらなそうに呟く。何故……。
「何故そうまでして魔王に尽くすんだ? 魂が人間なら、魔王が憎くは無いのか?」
『別に、今の魔王様に忠誠なんてないわよぉ。私達の親はあくまで機械術師とネクロマンサー。主人は前代の魔王様だもの。ただ私達自動人形は、魔王様と言う職業の人を裏切ることが出来ないの』
悲しそうに、そう言う。自分はその束縛から、逃れる事が出来ないのだと。
「……」
そんな、悲しい事。
『だから、殺しなさい。それしかないわぁ』
俺の瞳を鋭く見据え、ラミアが言う。その瞳は、覚悟の決まった者の瞳。
「ご主人さま、ご主人さま」
どうすれば良いんだ……。そう思っていると、不意にロロが袖を引いてくる。
「……どうした?」
「あの人、嫌な気配無くなってるよ?」
「……何?」
そして、黙って静観していたリーラも歩み寄ってくる。
「ふむ、主よ。おかしくないか?」
「何がだ?」
「オートマタが魔王を裏切れないなら、そもそも何故ミオンがここにおるのだ」
……言われてみれば、その通りだ。
それならば、ミオンも目が覚めたと同時に、暴れ回っていたはず。
魔王の思惑通りに。
「……確かに、そうだな」
「ロロよ、あやつの気配が変わったのはいつからだ?」
「うーん……起きてから!」
「主。あやつが目を覚ましてから、明らかに性格が変わってると思わぬか?」
確かに、最初に対峙した時の刺々しい様子は、完全になりを潜めている。
「まあ……それは俺も思っていた」
「何かの制御が、無くなった。そうは思わぬか?」
もし、目覚める前と後に違いがあるとしたら……ラミアがあるアイテムを所持している俺に、触れた。
「……」
ミオンも、これが無かったら敵と認識していたかも知れない。そう言っていたのを思い出す。
ラミアへと、顔を向け。
『なあにぃ? ようやく殺す気になったのかしら?』
今なお彼女を見つめ続ける、ミオンへと聞く。
「ミオンは、どうしたい?」
「え……?」
大切なのは、ミオンの意思。俺はそれを叶えてやりたい。
「わ、私は……」
ミオンは、少しだけ悩む素振りを見せるが。
「出来る事なら、助けたいです」
俺の顔をしっかりと見つめ、そう言った。
「記憶の無い私にとって、マスター達は家族のようなもの……。でも、だからって、形式上とは言え、姉妹を見捨てるのは……」
そこまで言ったミオンを、頭を撫でることで黙らせる。
「よし、分かった」
ミオンの気持ちは、伝わった。後は俺の仕事。
俺はラミアの近くへと歩み寄り、しゃがみ込んだ。
「ラミア……で良いのか?」
『名前なんてないわよぉ。蛇でも二番でも好きに呼んで良いわ』
「そうか、じゃあラミア。これを見てくれ」
ラミアと戦う時に、咄嗟に懐へと仕舞っていたモノクルを取り出し、ラミアの眼前へ持っていく。
『あらぁ……それ』
ラミアは目を見開き、モノクルを見つめる。
『何か……懐かしい』
真紅に輝いていた瞳が、少しずつ色素を薄めていき、朱色へと変わっていく。
「これが恐らく、ミオンを呪縛から解放した物だ」
ネクロマンサーの審美眼。このモノクルが、オートマタ達を呪縛から解放する鍵。
「どうだ?まだ魔王に、従うべきだと思うか?」
とは言え、まだ不安が残る。俺は、うっすらと瞼を開けているラミアに、優しく声をかける。
「……不思議ねぇ。何か生まれ変わったような気がするわ」
ラミアの顔は、スッキリとした晴れやかなもの。何か、付き物が落ちたようだ。
「良かった」
これでラミアは自由になった。安心から、つい微笑んでしまった。
「あらぁ……」
「ふむ。そのガラスにそんな効果があったのだな」
俺の持つモノクルを、興味深そうに、リーラが覗き込む。
「ああ。多分、マスター権限って言うのがミオン達には仕組まれているんだ」
権限を持つ相手以外には従わない。そんな感じの条件が。
「このモノクルはそれを解除、ないし上書き出来るみたいだな」
「……のう、主よ」
そこまで聞いたリーラが、引き攣った顔を俺に向ける。
「どうした?」
「上書きってそれ、大丈夫なのか?」
「え……」
その時、俺の後ろから何か大きいものが、覆い被さってきた。
「ってちょ!?」
な、なんだこれ。柔らかい何かが、頭に乗って……。
「旦那様って呼んで良いかしらぁ?」
上から聞こえるのは、ラミアの声。まさか、この柔らかい物は……。
「ファ!?」
その景色を見たミオンが、今まで聞いたこともないような悲鳴を上げている。
「は、離れてください!」
「あらぁ、ケチケチしないでちょうだいよ」
ミオンとラミアが、引っ張り引っ張られの押し合いを始め。
「ご主人さま顔まっかだねー」
「胸か! 結局主も胸が好きなのか!?」
その逆では、リーラがロロに抱きつき俺を非難している。
「お、お、お……」
なんだ、これは……。
「それになんですか!? 旦那様って!」
「旦那様は旦那様よぅ?」
「マスターはあなたの夫ではありません!」
「別にそう言う意味じゃないわよぅ。マスターも主もご主人様も、似たようなものでしょう?」
「全然違います! 少なくとも世間に与える印象が違います!」
ミオンとラミアは、俺の側で言い争い。
「ご主人さまはおっぱいに負けたの?」
「そうだぞロロ……主も所詮はおっぱい星人だったのだ……」
リーラとロロは、ジト目で俺を見据える。
この騒ぎも、俺が納めなくてはいけないのか……?
「お前ら一回落ち着け!」
大広間に、俺の悲痛な叫び声が響くが……もはや誰も聞いてはくれなかった。
……泣きそう。




