契約のワケ
「もし魔王を討伐した時、俺はお前を全力で擁護する。誰にもお前を傷つけさせない。約束しよう」
どこにいるかも判然としない紫龍に向かって、俺はそう誓った。
『……そうか』
紫龍は、少しだけほっとしたようなため息をこぼし。
『助かる』
一言、そう答える。
「だが、お前は口約束で信用出来るのか?」
……俺自身は、紫龍に対する疑いは薄い。しかし、こいつはそうでは無いはずだ。
『ふふ、心配いらない』
紫龍がそう答えた瞬間。
「う……」
レベルアップの時とは違う謎の目眩が、俺を襲う。
『契約はここに成立した! 龍の魂を触媒とした契約だ。我はお前を裏切らず、お前も我を裏切ることは許されない!』
ドラゴンの……契約魔法?
「そんな魔法があったのか……」
『ああ、お互いが納得した時、初めて発動出来るものだ。これが発動した時点で、お前が私を信用してくれた証となる……礼を言おう』
声だけでも、紫龍が相当喜んでることが伝わる。
「いいさ」
目眩はすぐに治り、自分の中に、不思議な感覚が宿っているのが分かった。
これが、契約か。
「それで、もう行ってもいいのか?」
紫龍が望んだ事も、もう済んだだろう。用事がこれで終わりなら、俺は早く町に戻りたい。
『む? 随分とそっけないな』
そんな俺に、紫龍は何故か少し寂しそうだった。
『私達はもう、魂で繋がった盟友も同然。もっと語り明かしても良いのだぞ?』
こんな真っ暗な森の中で、姿も見えない奴相手にか?
誰も通りかかることはないだろうが、見られたら完全に変な奴だと思われる。……今でも相当怪しいはずだ。
それに。
「町で、俺を心配そうに待ってる人がいるからさ」
宿で待っている、二人を思い浮かべる。自然と、笑顔になってしまった。
『むう……。ならば仕方あるまい』
そんな俺に、納得はしてないが、しょうがない。とばかりに帰宅の許可を出す。
『どうせこれからいくらでも話せるのだ! 行くがいい!』
「ああ、それじゃあな」
虚空に向かって手を振り、俺はその場を後にした。
♢
「紫龍か……」
前回の世界で、魔王を裏切った二体のドラゴンがいた。それは十二使龍の内の二体。紫龍・白龍。
俺たち勇者パーティーは、十二使龍の内七体を殺している。そして他の三体を、紫龍・白龍の力を借りて獣人達が駆逐したのだ。
そしてその時の戦闘で、味方をした二体の龍も、戦死したと聞いている。
自身を犠牲にしても、その身を投げ打って助力してくれた二体の龍。俺が紫龍の提案を疑いもせず飲んだのは、そんな理由からだった。
「……」
俺は、龍二人とは面識がない。だが、前回の世界で伝え聞いた話では、二体の龍は最後まで世界の未来を案じていたと聞いている。
この世界でも、奴らがその心を持っているのなら、紫龍は心強い味方となるだろう。
「……これから?」
紫龍達の事を考えながら帰宅についていたが、ふと、紫龍の最後の言葉が引っかかる。
「なんで俺と知り合う奴には、含みを持たせるような言い方をする奴しかいないんだ……?」
何故か嫌な予感がするが……まあ、気にしないことにしよう。
♢
「マスター!」
宿に戻った俺に、開口一番、ミオンが抱きついてきた。
「んぐっ!」
頭までしっかりと抑えられ、息ができない。
「ちょ、離してくれ……」
腕を軽く叩き、解放を要求するも。
「……いやです」
拒否されてしまった。
「……」
それだけ、不安にさせてしまったという事か。
「普段冷静なのに、変な所で意固地だよなミオンは」
「私が感情を露わにするのは、マスターに関することだけです」
確かに言われてみると、そうかも知れない。
「……嬉しいけどさ」
照れ臭さは残るものの、ミオンのそんな気持ちは、嬉しい。それが俺の本音だった。
「おにいちゃんかえってきた〜?」
完全に眠りこけていたであろうロロも、俺たちの騒ぎで目を覚ます。
「はい、帰ってきましたよ」
ようやく俺を解放してくれたミオンは、そんなロロの元に歩み寄り、頭を撫でている。
「じゃーねよー? ロロもうねむい……」
「ふふ、そうですね」
なんだか二人とも、嬉しそうだな。
「……本当に三人で寝るのか?」
せっかくベッドが三つもあるんだから、わざわざ一つに集まらなくても……。
「当然です」
当然なのか。
「ベッドが三つもあるのに?」
「とうじぇんでしゅー」
ロロなんかもう呂律も回っていないじゃないか。
「私は、マスターのお願いを受け入れました」
突然、俺の頭をがっしりと掴み、ミオンが見つめる。
「今度はマスターが、私達のお願いを受け入れませんか?」
「うっ……」
先程の意趣返し、と言うわけか。
「わ、わかった」
だがそんな事を言われたら、もう拒否なんかできそうもない。
「ありがとうございます」
「ねよ〜」
渋々と、ミオン・俺・ロロの順でベッドに寝る。
「明日、生きていると良いな……」
両腕を二人にがっしりと掴まれながら、何故かちょっとだけ走馬灯が見えたような気がする。




