討伐、そして裏切り
「へっ! 覚悟しろよ魔王」
そう言って勇者は聖剣を構え、魔王へと対峙する。
それに対し魔王は、やや落胆を含ませた声で勇者へと返答した。
『そんな装備で、私を倒せると思っているのか?』
勇者の装備は、見た目も美しい純白の鎧。
しかし、それは見た目に凝っていると言うだけ。特に大した能力もなければ付加もない。戦闘に関して言えば、完全に邪魔なだけの代物だ。
魔王を前にして、着けるような物ではない。
「さてな。おい! 早く前に出ろ」
それを知ってか知らずか、やけに強気な勇者はメンバーへと指示を出していく。
「……分かってる」
俺は勇者の前に歩み出し、盾を構えた。今日、こいつを倒せば、全てが終わる。こんなことはもう最後にしよう。
「魔法と回復も頼むぜ!」
勇者は背後で待機している、二人にも声をかけた。
「はーい」「任せてー!」
二人はそれに答え、声をかけられたのが余程嬉しいのか、魔法使いの方は手まで振っている。
『……ふん、愚かな。では死ぬがいい』
他のメンバーも見やり、完全に失望した。そんな声音で、魔王はまず後衛の二人へと、右手から球状の黒い闇の塊のような物を打ち出す。
「……【援護】」
その球体と奴らの間に、俺はスキルを使い割り込む。
そして、盾によりいとも容易く弾き返した。
『な!?』
余程自慢の攻撃だったのか、防がれた魔王は明らかに動揺している。
「隙あり!」
そこに、聖剣を振りかざした勇者が現れ、魔王の突き出したままの右手を切り落としていく。
『グアァァァアアアアア!?』
右手を失い、絶叫をあげる魔王。
『な、なんだお前は!?』
右腕を抑えながら、憎々しげにこちらを睨み言い放ってきた。
「勇者さ」
魔王の雄叫びに、何を勘違いしたのか、勇者が聖剣を肩に乗せ、自慢げに名乗っている。
『違う! 今の傷は貴様の力量ではない、聖剣に依るものだ! 貴様などどうでもいい!』
そう言って、勇者の発言を一蹴し、再度、こちらへと目を向けた。
『何故! お前は無傷なのだ!!!』
明らかにこちらを見て叫ぶ、が。
「……」
それに対し、無言を貫く。今日ここで死ぬ相手に、自己紹介は不要だ。
『答えないか。それもいい、ならば、私の最強の秘術を持って、この世から永遠に消し去ってくれる!!!』
そう叫ぶと、一瞬にして魔王の周囲に魔力が集まっていく。
本気の一撃を決めるつもりらしい。
「【不動】【鉄壁】【堅城】……【防殻】【守護】【聖域】」
それに対し、俺も自身のスキルを発動していく。
いくつか使用回数制限のあるものや、使用後にデメリットを喰らうものもあるが……ここで終わらせてしまうのなら、問題ない。
「……【絶対防壁】!」
体力を10%だけ残し、代わりに防御を10倍にするという、最後の切り札。
全てのスキルで上がった防御が、これにより更に跳ね上がる。
『死ね! 終焉乃牢獄!』
魔王の方も準備が済んだのか、膨大な魔力を一身に宿し、魔法を放つ。
頭上から、巨大な目が現れ、ここにいる全てを焼き払わんとする光線の牢獄が、俺たちを襲った。
「この程度か……?」
目からの光線が止まり、動くものが何も無くなった広場に、俺は一人、立っていた。
『ば、馬鹿な』
魔力を全て使い果たした魔王は、渾身の一撃を受け切られ、絶望へと顔を歪めている。
『お前は一体……何なのだ––!?』
叫ぼうとした刹那。
「よそ見してんじゃねぇよ」
背後から、勇者の不意の一閃が、魔王の首を落とした。
「何だ、魔王だって言うから期待してたのに、てんで大した事なかったな」
チリとなり消えていく魔王を尻目に、勇者はつまらなそうに呟いている。
「私何もしてないんだけどー」「これちゃんと報酬貰えるの?」
はたから見れば、一瞬でかたがついてしまった為、魔法使いや回復師も文句を垂れているようだ。
「安心しろって、俺がちゃんと言ってやるから。そ、れ、に。今夜は二人ともとことん可愛がってやるぜー」
嫌らしそうな笑みを浮かべ、両手をワキワキと動かしている。
「きゃー!」「ほんとスケベだよね」
満更でもないのか、二人とも嬉しそうだ。
「ふう」
一方俺は、そんな三人を尻目に、全てのスキルを解除してホッと一息つく。
そう言えば、武闘家の奴を見かけないが、何処へ行ったのか。
「……ああ、お前は来なくていいぞ」
周囲を見渡していた俺に、勇者の冷たい声がかかる。
「は?何を言って……」
振り返り、発言の意味を問おう、とした。
「……すまない」
その時、背後から謝罪の言葉と、想像を絶する痛みが、俺を襲う。
「が……はっ! な、なんで!?」
倒れ込み、血を吐き、理解の追いつかない頭が、ようやく発した言葉が、何で? だった。
そしてあの声は、武闘家。何故、今こんなことを!?
「お前は知らなかっただろうがな、魔王を倒したら現実に戻れる。あれは嘘だ」
混乱冷めやらぬ頭に、勇者から衝撃の一言が発せられた。
「なっ!?」
地面に倒れ伏す俺に、勇者は楽しそうに近づき、しゃがみ混んでこちらの目を覗き込む。
「だからよー、お前、絶対駄々こねるじゃん? 魔王討伐の報酬もワケマエ減るしよー。死んでくんね?」
「!???」
「ま、死んだら向こうに戻れるかもしれないじゃん? むしろ俺ら優しくねー?」
理解が追いつかない。追いつかない。追いつかない。
「優しいー」「この世界嫌がってたみたいだしこれも親切心だよね」
何を言っているんだ、こいつらは?
「……知っていたのか」
勇者の背後に立つ、武闘家を睨む。
「ああ、俺も奴らと同罪だ。恨んでくれて構わない」
何をいけしゃあしゃあと。そう言えば、自分の罪が軽くなるとでも思ったのか?
「ぶっころ、して、やる……!!!」
声に、全ての憎悪を乗せ、吐き出した。
「おいおい、さすがタンクだな。ほんとしぶといぜ」
指一本も動かない体を、勇者が頭を掴み、無理矢理持ち上げる。
「じゃあな」
そう言って、ニヤリと笑い、俺に対し聖剣をかかげ。
「あの世であいつに謝罪でもするんだな」
振り、下ろした。