小さな耳の、女の子
朝、俺たちは宿屋から出て、爽やかな陽光の下に躍り出る。
「おはようございます、マスター。よく眠れましたか?」
ミオンは爽やかな顔で微笑み、そう問いかけてきた。
……熟睡出来て何よりだ。
「……ああ、おはよう」
そんな俺はというと、元気いっぱいな彼女に気怠げに返答している。
「すごいクマですね」
俺の顔を覗き込んだミオンが、心配そうに告げる。
「眠れなかったんですか」
「……そんなことないよ」
別に、昨晩はお楽しみでしたね。なんてものではない。
ただ、彼女の強さを忘れていただけだ。
対単体の戦闘に自信があります。そう言っていた彼女に、抱き枕よろしく力いっぱいシメられていただけ。
「なんなら、もう一泊していきましょうか」
なに名案を思いついたような顔をしているのだろうか。
「それは、勘弁してくれ」
そんなことになったら、今夜こそ死んでしまう。
「残念です」
本当に、残念そうな表情をしていた。
「……」
ただもう一泊一緒に寝たかっただけじゃないよな?
「とにかく、行こ……」
この話はもう終わり、話を切って歩き出そうとしたその時、全身、頭までもローブで覆った小さな物体が俺にぶつかって去っていく。
「……マスター、私が」
即座に反応し、追いかけようとするシオンを、腕で制した。
「いや、俺がいく」
違和感がある。
俺は、前回の世界でもこの町には何度か来ている。だが、この町は裕福では無いが貧困というわけでも無い。ここで浮浪者や、あんなことをする子供を、俺は一度も見たことがなかった。
少しだけ用心しながら、小さな影を追いかけていく。
「やった! いっぱい入ってる!」
ローブの物体はしばらく走り続け、路地裏へと逃げ込みしゃがみ込んで戦利品の確認をしていた。
「あんな分かりやすくスってたら、捕まえてくださいって言ってるようなもんだぞ」
そんな背中に、少しだけ威圧感を込めた声で、話しかける。
「ひうっ……」
そいつは背後からいきなり聞こえた声に驚き、こちらに顔を向け尻餅をついてしまった。
「まったく……って」
フードの中から覗く、縦に長い瞳孔。
それを見て、少しだけ乱暴にローブを脱がせる。
「ゆ、ゆるしてください……」
そこには、茶色い髪をした、子供にしてはキレのある黄色い瞳を持つ幼い少女の姿。しかし、その頭には特徴的な三角の獣の耳が生えていた。
「お前、獣人か」
なぜこんなところに。そんな疑問が脳内を埋める。
この国では、あの王の影響で獣人はかなりの迫害を受けている。事実、前回の世界において俺は、一度もこの国で獣人をみていない。
噂では、一部の貴族がおもちゃと称し飼っている。なんていう胸糞悪い話を聞いたことがあるが……。
「とりあえず、話を聞いてみませんか?マスター」
黙って獣人の子供を見つめる俺に、ミオンがそう、提案をする。
「……そうだな」
このままでは何もわからない。
♢
子供が逃げ込んだ路地裏の先の、さらに奥まった場所。そこに俺たちは三人で座り込む。
ここなら、誰かに見られることもない。
「わたし、ロロって言います」
既に俺たちの名乗りは終わっており、あとは、こいつ……ロロがこの町にいた理由を聞くだけだ。
「それで、お前はなんで……」
そう言って話を切り出そうとすると。
「ひうっ」
ロロは、なぜか怯えたような顔で目を逸らした。
「顔が怖いですよ。マスター」
「そんなつもりはないんだが」
無いよな?確認をしようと、再度ロロを見る。
「ひう……」
……再度、顔を逸らされた。
「……あなたは、何故あんなことをしていたのですか?」
このままでは話が進まない、そう判断したのか、ミオンが率先してロロに話しかけていく。
「わたし、誘拐されて……」
「誘拐だと?」
その言葉に、つい身を乗り出してしまった。
「ひう……」
「……マスターは黙ってて下さい」
……ミオンに睨まれた。
「すまん」
……俺はもう、黙っていよう……。
「それで、どうしたんですか?」
「よるにこっそりぬけだして……でもニンゲンしかいなくて」
そこまで語り、ロロは目に涙を浮かべた。
「……」
なるほど、話は大体理解した。
ロロは、おそらく獣人の国で誘拐され、この国に連れてこられた。
そこで隙をみて逃げ出したはいいが、周囲は人間しかおらず、怯えて隠れていたのだろう。だが、空腹で我慢ができず、スリという犯罪に走ったのだ。
食べ物でなく金を狙ったのは、この国から逃げるための資金を、と考えていたのかもしれない。
「マスター」
考え込んでいた俺に、ミオンが声をかける。
「わかってる……ロロ、と言ったな」
今度こそ怯えられないように、と目線を合わせ優しく語りかける。
「は、はい」
ロロは、こちらを見て答えてくれた。
「俺たちは、これから獣人の国に向かう」
優しく頭を撫で、これからのことを話す。
「お前の住んでた場所まで送ってやれる保証はない。だが、国にさえ帰られれば、問題はなくなるはずだ」
そこまで話し、頭に置いていた手をそのままロロに差し出した。
「一緒にくるか?」
その瞬間、彼女の顔はひまわりでも咲いたかのように明るくなる。
「いいの!?」
「ああ」
ロロは差し出していた手を力強く握り、答えた。
「いく!」
「そうか、じゃあついて来い」
俺は満足そうに頷き、繋いだ手を握り返す。
「うん!」
賑やかなメンバーが、増えたようだ。




