宿屋の夜
「あざっしたー」
町に来て、まずは魔結晶の換金を行なった。
「結構高く売れるもんなんだな」
銀貨四百枚。値段の価値は良く知らないが、かなり高額なんじゃないだろうか。
「希商品ですからね」
「それを体内で作れる意味がわからないよ、俺は」
どれだけ量産できるのか知らないが、業者が白目でも剥きそうだ。
「宿で体を確認してみますか?」
そう言って、俺が渡した上着から、白い肌を覗かせる。
「……俺とミオンは別の部屋だ」
「納得しかねます」
納得してもらわないと困る。
「それより、服だ服!」
いつまでも、ボディスーツに上着だけ。そんな変な格好をさせてられない。
……他の男達の目も気になるしな。
その証拠に、すれ違っていく男達は、ミオンを一度視界に収めると、殆どの者が二度見をしている。
「誤魔化しましたね」
「違う!」
俺は、ただ同行者の心配をしているだけだ。……多分。
♢
「これは……似合うじゃないか」
服屋で見つけた白い半袖のワンピース。
似合うと思って勧めたものだが、予想以上に……可愛い。
「ありがとうございます」
その場でくるりと回り、自身の姿を確認する。
「個人的には、もう少し胸元が開いてる服の方がマスターに喜んでいただけるような……」
……平な胸で何を言っているんだ。
「……何か失礼なことを考えていませんか?」
「いや、そんなことはない」
正直に言ったら殴られたりするのだろうか。
【反撃】は町へと入った時に解除しているので問題はないが。
……ミオンなら、【反撃】を普通に破壊して突破してしまいそうだが。
「宿屋に行くぞー、明日も早いからな」
服代を支払い、店を出る。
「マスターはなぜそこまで急ぐのでしょうか」
ミオンにとっては、単純な疑問だったのだろう。
「……」
急ぐのには勿論、理由がある。
キョウカのことだ。あいつが死ぬのに、そこまで時間がない。
もしかしたら俺が抜けたことで未来が変わっている可能性もあるが、そんな不確かなものには、縋りたくない。
「……時折、マスターの目は遠くにいる誰かを想っているように見えます」
横で俺を見ていたミオンが、そんなことを言う。
「そんなんじゃないさ」
そんなんじゃない。
……俺は彼女に、返しきれない、借りがあるだけだ。
「……」
そんな俺を、ミオンは黙って見つめていた。
「どうした?」
「いえ、なんでもありません」
そう言って顔を背けた彼女の背中は、なんだかとても寂しそうに見えた。
♢
「おい」
俺は、部屋に入り見えたその光景に、その一言しか出ない。
「はい」
そんな俺に、ミオンは平然と答える。
「俺は部屋を二つって、言ったよな?」
「そうでしたか?二人部屋、と聞こえたような……」
その声は明らかに嘘くさい、確実にわざとだろ。
だがまあ、そこはいい。
「百歩譲って二人部屋、ならいい」
そう、二人部屋だったなら、俺はまだここまで目眩を覚えることはなかっただろう。
「俺にはベッドが一つしかないように見えるんだが……?」
誰がどう見ても、これは一人部屋。それもベッドはシングルサイズだ。ダブルベッドですらない。
「気のせいではないですか?」
そんな俺に対し、彼女はしれっと答え続ける。
「明らかにベッドが一つしかない部屋でどうやったら気のせいになるんだ……」
「諦めましょう」
「張本人が何を……」
いや、これ以上はもう良い。暖簾に腕おし、禅問答になるだけだ。
「部屋をもう一つ借りてくる」
それが一番早い。そう考え、部屋を出ようとした、が。
「受付の人は、もうお休みになられたようです。起こすと迷惑ですよ」
「……」
ドアを開けようとした手が、止まる。随分準備が良いことで。
「諦めましょう」
ミオンが一歩、迫るように近づいてきた。
「……俺は外で寝る」
彼女の威圧に耐えられず、ノブにかけていた手を、再度動かし扉を開ける。
「マスターがそうなさるのでしたら、私もついていきます」
「……」
本気の顔だ。
「諦めましょう」
ミオンは瞳を閉じ、本日三度目となるそのセリフを吐いた。
「私は、常にマスターの側に控えるのが使命なのです」
「なんかそれ、意味を履き違えてないか?」
それがまかり通るなら、この世からメイドや執事という職業が絶滅してしまう。
「間違えてません」
しかし、ミオンも折れない。
「ああ、もう!」
だったら、さっさと寝てしまえばいい。俺は何も見ない、しない、触らない!
「寝るぞ!」
そう言って、どう考えても一人用のベッドに彼女の分のスペースを残し、横になる。
向きは勿論、外側だ。
「分かりました」
ミオンは、コクリと頷き、後ろを向いた。
「……」
そうして、スルスルとワンピースを脱ぎ出し……。
「なんで脱いでんの!?」
横になりながら、つい叫んでしまった。
「マスターに選んで頂いた服のままで、横になるわけにはいきませんから」
当然、と言ったような顔。
「うっ……」
そんなことを言われたら、服を着ろなんて言いづらい。
いやまあ、ワンピースのまま寝ること自体不自然だから、何も間違ってはいないのかもしれないけど!
慌てている俺をよそに、ミオンは脱いだ服を丁寧に畳み、布団へと潜り込んでくる。
き、緊張で眠れない。
そんな動揺を知ってか知らずか、ぴと、と背中に張り付いてくる。
「マスターの背中、あったかいですね」
「それ今言う必要あるっ?」
そんなこと言われたら、余計に意識してしまう。
なんだ?俺が間違っているのか?据え膳を食わない奴が悪なのか?
「こんなに近くで人に触れるのは、初めてですから……」
背後から聞こえてきたそんな呟きに、頭に上がっていた熱が、引いていく。
「……」
彼女はあの地下でずっと一人、眠り続けていたのだ。
どれだけの年月、そうしていたのか、俺は知らない。
だけど、もしかしたら彼女は、人に、暖かさに、飢えていたのかも知れない。
「おやすみなさいマスター」
そう呟く彼女の声は、気のせいだろうか。少しだけ、安心しているように思えた。
「……おやすみ、ミオン」
俺も同じように、返事を返す。
おやすみ。
もう一度、頭の中で繰り返し、瞳を閉じた。




