次の目的地
あの後、割とすぐに屋敷からは出ることができた。
「マスターは、これからどうなさるんですか?」
「うーん、まずは金と、装備を調達することかな」
ここに戻ってすぐ王の元を離れたせいで、俺は装備どころか金すら持っていない。
あの時は、勇者達への怒りが俺を突き動かしていた。おかげで忘れていた、俺は無一文だ。
「装備……あの屋敷で私を発見したと言うことは、マスターは冒険者なのでしょうか」
冒険者……。
「ちょっと違うな。俺は、魔王を討伐するために召喚された、異世界の人間だ」
この世界にも冒険者というものは存在するが、基本的に強くはない。
この職業と呼ばれているものや、レベル、スキル。その他の概念は、召喚された俺たちに与えられている恩恵だからだ。
まあ、おかげで、未踏破のダンジョンが多く残っているわけだが。
「まあ、それは凄い。マスターは、勇者様なのですね」
その言葉を聞いて、少しだけ、立ち止まる。
「……その名前は、言わないでくれると助かる」
俺のそんな様子を見て何かを悟ったのか、ミオンは即座に、頭を下げてきた。
「……そうですか、申し訳ありません。マスターを不快にさせてしまったようです」
違うんだ。
これは俺の問題。何も知らないミオンに、罪はない。
「……気にしないでくれ。ミオンは何も悪くない」
「はい……」
空気が、重くなってしまった。
「よし、北へ向かおう」
その空気を振り払うように、俺は呟く。
「北ですか? ここからですと、そこは確か獣人の国があるはずですが」
そう、獣人の国。
この国は、獣人達を魔物だと言い張って忌避している。しかし、人口も、国力も、実はあちらの方が遥かに上だ。
そして、獣人達はこの国と違い、外部の種族にもかなり寛容。さっき人口が上だと言ったが、それは多種族も多く含まれている。
そこには人間も、多い。
……王の人徳の差だろうな。
「ああ、あそこなら攻略されていない高難易度のダンジョンも多いし、金も作りやすい」
広い国面積に、多数のダンジョン。今目指すとしたら、そこしかない。
「それに、欲しい盾があるんだ」
前回の世界で使っていた盾は、店で購入した市販品だった。勇者どもが、ダンジョンで取れる装備やアイテムを、自分たちで独占していたためだ。
……お前はどうせ、盾にしかなれねぇんだから武器とか防具いらねぇだろ?
勇者言われたその言葉は、今でも鮮明に覚えている。
「そうですか、分かりました。私は、マスターについていきます」
「ありがとう。心強いよ」
まあ、情けないが、実際ミオンがいれば何があっても大丈夫な気がする。
「任せてください。どんなモンスターが現れても、マスターには指一本触れさせません」
ない胸を張るミオンの顔は、どこまでも自信満々だ。
「いや、そこは普通、男の俺が言う台詞なんだけどね」
なんともまあ、情けない。
何が情けないって、今の状態だと本当に守られる立場なのが、情けない。
「……では、言ってみてください」
そう考えていると、ミオンが突如立ち止まり、そんなことを言い出した。
「え?」
「言われてみたいんです。言ってください」
透き通る瞳が、こちらを見据えている。冗談を言っている顔ではない。
「……」
無言で、こちらを見つめる彼女。
「……ミオンは、俺が守る。誰にも触れさせないから、安心してくれ」
自分で言うと、なんともまあ、恥ずかしい。
「……はい」
俺にセリフをねだった肝心のミオンはと言うと、それだけを呟いてそっぽを向いてしまった。
「どうした?」
「なんでもありません」
顔を覗き込もうとしたが、さらに明後日の方を向かれる。
「こちらを、見ないでください」
照れているのだろうか。
「はは……。いいよ。今の言葉に嘘はない」
うん嘘はない。それだけは、俺自身の魂に誓える。
「……ありがとうございます」
結局ミオンは、それからしばらく、顔を見せてはくれなかった。




