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ホラー

いただきます

作者: 瑞月風花


「まじか?」


さっきまでは黒雲ひとつなかったというのに、駅周辺の探索を終えて駅に戻ってきた時には犇めく黒雲が雨を落とし始めて、すっかり豪雨になってしまっていた。


 お天気晴れマークひとつの今日に傘なんて持ってないし。


 ついてないなぁ。


 自称『秘境駅ハンター』の幸夫はそう思い空を見上げた。帰りの列車は向かい側ホーム。悲しいかな、ホームに屋根はない。the秘境という雰囲気を思う存分味わうことの出来たホームだが、今は屋根が恋しい。


 帰りの列車まで後三十分だ。


 彼はスマホを取り出して、晴れていた時分の写真を見始めた。


 『男石 -おいし-』と筆文字で書かれた木製の白い板が写っている。ホームには簡単なフェンスだけが壁の代わりに巡らされており、夏の光がフェンス向こうに見える草花を生き生きと輝かせていた。


 アザミにタンポポ。そのくらいは分かるが、後は雑草。


 改札を出るとむっとした草の匂いに包まれた。元は人が使っていただろう道は既に獣道と化し、草は伸び放題。かろうじて立て看板らしきものの杭が立ってあった。おそらく次の写真への道しるべだったはずのもの。


 スマホの画面をスライドする。


次の写真には大きな石が写ってあった。くるりとしめ縄が回されており、小さな石作りの祠もあった。幸夫が思うに、これが『男石』なのだろう。


 一応持っていた1円をお供えし、手も合わせておいた。その後、しばらくその辺りを散策して『女石』もあるのかなと探してみたのだが、見当たらなかった。


 見るところはそのくらいしかなかったため、駅舎に戻って雰囲気を楽しんでおこうと、ちょうど改札をくぐった時の大雨だった。


 ついていない。


 ここに戻ってまだ五分も経っていないのに幸夫は二度目のため息をつく。改札のある白い壁の待合から外を眺めると滝のような音を立てる雨が駅を包み込んでいた。


 小降りにでもならなかったら、この雨の中踏切を越えて向こう側でしばらく立っていないといけないのだろう。


 とりあえず、SNSにでもあげてフォロワーの反応でも見ておこう。久しぶりに見つけた新たな秘境駅なのだ。


 雨、いやだなぁ。お、『いいね』一つついた。


 もう少しすれば、反応が出てくるだろう。『初上陸!』と写真のツブヤキに、また『いいね』がついた。しかし、いつもよりも少ない気がする。


 もしかしたら、ジェラシーとか? 『男石駅』知ることが出来たのは運が良かったのだろう。たまたま居酒屋で出会った秘境駅好きのおっさんが教えてくれたのだ。


……あれ、そうだったか? あのおっさん……。あのおっさんの故郷だったか。


 「秘境」「男石」とネットで攫ったが出てこなかったのだから、知る人は少ない。彼はそのほろ酔いおっさんを思い浮かべて、そんな話しただろうかという疑問にぶつかった。しかし、それしか考えられない。自分自身も酔っていたし、話は盛り上がったし、おそらくそうだ。確かフォローもしてくれるって言っていたはず。


 雨の写真も撮っておこう。意外と貴重かも。


 暇を持て余してしまった幸夫はそんなことを考えて、スマホを構える。本当は最初と同じアングルで撮りたいが、叩き付けるような雨を見ているとそれは無理そうだ。


『大雨降ってる。最悪、傘持ってないし』


 もし、大降りのままだったら、こっちから乗って、大きな駅で、少なくとも屋根のある駅で折り返した方が良いのかもしれない。


 三度目のため息だった。その時、改札と駅舎の隙間にコウモリ傘が一本見えた。


 もしかしたら、雨の日用の傘なのかもしれない。そう思いながら、スマホでパシャリ。


『傘みっけ』と、とりあえずあげておく。空かさず『いいね』が一件。もしかしたら、興味を持って見てくれているフォロワーがいるのかもしれない。もしかして、あのおっさんかもしれない。だが、申し訳ないが全く顔が思い出せない。


 ちょっと気持ち悪い気もするが、この雨じゃ背に腹は代えられない。向こうまでとりあえず乗る寸前まで貸してもらっておいて、あっちのフェンスにかけておけば良いか。


 お、五分前。そろそろ移動しておこう。


こちらのホームを叩き付ける雨を見ている限り、この傘は必要だろう。


 傘を広げる。意外と綺麗だ。駅員さんとかが管理しているのかも。


バチバチバチバチバチ


恐ろしい雨だ。まるで幸夫をそのままホームに叩き付けてしまいそうなくらいの。幸夫はその両手でしっかりと傘を支える。


 カサを叩く雨が重い。やっぱり、折り返した方が正解かもしれない。それでも確か、一時間待ち。


あまりの視界の悪さにもう一度改札を振り返る。そして、前方に見える黄色い構内踏切を見遣った。


 バチバチバチバチバチ

 カンカンカンカンカンカンカンカン


 うわ、やばい。


 幸夫は慌てた。一本逃したら次は確か二時間後。


 バチバチバチバチ。カンカンカンカン


傘が重い。傘を支えるようにして、手の間隔を開ける。右手は上方、左手は柄の部分。右手に何か温みを感じた。。


「…いし……そう」


 ?


 傘を差しているはずの頭に何か……。ぬるりと、額に……垂れてきた。


 明滅している踏切の手前。足が止まる。雨が警告色に滲んで見えた。

 

「い た だ き ま す」


逆再生したような気味の悪い声が響いた。


 真っ赤。尻餅をついた彼が見上げた最後の景色。




 警告音の中、貨物電車が通過した。踏切の手前、沈黙が走った。嘘のように雨が上がっていた。そこは閑静な住宅街を抜けた踏切前。深夜二時。閉じられたコウモリ傘が一本転がっている。そして、彼のズボンの尻ポケットから飛び出したスマホの画面が光り、メッセージを知らせるポンという音だけが生きていた。


『コメントすみません。傘の写真以外、住宅しか写っていません。検索しましたが男石駅なんて存在しません』

『……』

『傘気をつけて下さい。リンク貼っておきます』


リンク:http//・・・・・・・・・・


人食い傘

 雨に困る人を食らう傘。付喪神の一種。人の目の少ない場所に誘い出し、好きなものの幻影を見せる。

 自分で動けないため、それほど怖がらなくても触らなければ大丈夫。持ってしまっても、すぐに手放せばよし。




『返信お待ちしております』




人食い傘お化けは創作です。

『傘狸』を参考にしておりますので、安心して傘をお差し下さい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 感想欄見て駅名の謎に気づきました。ひゃわわわ(´⊙ω⊙`)コワ~~イ!最後にゾクリと。たのしませていただきました(^^)
[一言] 男石って、そういうオチでしたか。 主人公がSNSどっぷりなのが、妙にこわかったです。 「主人公を見つめる第三者の視点」を予感させました。
2020/12/31 18:19 退会済み
管理
[良い点] 引き込まれました。 [一言] 読ませる文ですね。すごい。
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