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おまけ1 発明家は暴君から逃げ出したい

おまけ。巻き込まれ系発明家ダイダロスさんの受難です。

 大工にして発明家のダイダロス。

 今でいうエンジニア兼建築家のような存在です。

 彼は元々アテナイで暮らしており、弟子を幾人も抱える凄腕の職人でした。

 しかしある時、自分を上回る発明をした若い弟子を嫉妬のあまり殺してしまい、アテナイを追放されました。


 弟子の成長を喜ぶどころか殺してしまう心の狭さはいただけませんが、かの『漫画の神様』こと手塚治虫は天才の名を(ほしいまま)にする一方で、一部の後輩漫画家達の才能に激しく嫉妬し、批判的な態度を示した事でも知られています。

 天才には天才ならではの苦悩があるようです。

 だからって殺しちゃいけませんが。



 ちなみに心の狭さでいうなら、ギリシャ神話の神様は大抵とんでもなく狭量です。


 特に女神は顕著で、美貌や才能をちょっとばかり鼻にかけて「女神○○にだって負けていないわ!」などと調子こいた女性は漏れなく死ぬより悲惨な目に遭います。

 女神ヘラは好色な夫ゼウスが浮気をする度、ゼウス本人ではなく相手の女に苛烈な制裁を加えました。ゼウスが騙したり強引に迫ったりして、女性側が望んで関係を結んだ例はほとんど無いにも係わらずです。

 いつの時代も女の敵は女なのです。



 犯罪者となってアテナイを追われたダイダロスは放浪の末クレタ島へ辿り着きました。そして彼の才能を見込んだミノス王に保護され、王のために建築や軍用品の開発に携わりながら、充実した日々を過ごしていました。


 が、そんな彼の元へ王妃パーシパエーがとんでもない相談を持ち込んだ事で、安定していた暮らしに暗雲が漂い始めます。


 ついうっかり本気になって試行錯誤した結果、図らずもミノタウロス誕生に一役買ってしまったダイダロス。

「まさか牛が相手で子供が産まれるなんて思わねーだろ!」

と頭を抱えても後の祭りです。


 その後、ミノス王からミノタウロスを閉じ込めるための迷宮(ラビュリントス)を作るよう命じられました。

 嫌な予感に蓋をして、せっせと迷宮の設計と建築に励むダイダロスでしたが、悪い予想ほどよく当たるもの。

 案の定、迷宮が完成するとダイダロスは「迷宮の秘密を知る者」として、息子イカロスと共に高い塔の上に閉じ込められてしまったのです。王女アリアドネに糸玉での攻略法を教えたのが決定打になりました。


 昔の為政者は、城を作った後で秘密保持のために人夫を殺す事もあったそうです。ミノス王がダイダロスを殺さなかったのは温情なのか、彼の才を惜しんだのか……。

 どちらにせよ、王家の食客から一転して幽閉の身となってしまいました。



 しかし、そこは天才発明家ダイダロス。

 境遇を嘆くより今できる事をしようと、脱出する計画を練り始めました。


 まずダイダロスは、牢で出される食事のパンをちぎって窓辺に撒き、鳩を誘き寄せて捕らえ、羽を毟りました。毎日毎日、せっせと鳩を捕まえては毟り続けました。

 鳩殺戮マシーンと化した甲斐あって、やがて大量の羽が集まりましたので、それを蝋で固めて二人分の巨大な翼を作りました。蝋や腕に装着するベルト部分の材料をどこから調達したのかは気にしてはいけません。


 そして腕に羽を装着し、息子イカロスと共に塔のてっぺんから外に向かって、いざ、Let's 鳥人間!


 両腕の翼を力強く羽ばたかせ、空へと飛び立ちました。



 この場面、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

 教育番組や音楽の教科書などでお馴染みの、かの名曲『勇気一つを共にして』は、まさにこのダイダロス・イカロス親子のクレタ島脱出を歌った曲なのです。

 哀愁漂うメロディーと物語調に紡がれる歌詞との調和が素晴らしい一曲です。


 歌の通りに、勇気を胸に空へと飛び出したイカロス達。

 現実的に考えるなら、翼といってもグライダーのように滑空するための物だとする方が自然なのですが、ここはひとつ神話補正という事で、人間の体重と筋力でも鳥並みに羽ばたけるチート人造翼だとしておきましょう。


 飛び立つ前にダイダロスは、イカロスに翼を使用する上での注意をきちんとしていました。


「良いかイカロス。この翼は海面に近付くと湿気を吸って重みを増して飛べなくなり、太陽に近付くと熱で蝋が溶けて壊れる。

 高すぎず低すぎない一定の高度を保って飛べ。決して海面近くに降りたり、上空へ登ったりしてはならん」


 しかし少年らしい向こう見ずな好奇心に溢れたイカロスは、父親の注意なんざロクに聞いちゃいませんでした。飛行機どころかグライダーも気球もない時代に「ハイじゃあ今から空飛びまーす」と言われて冷静でいろという方が無理でしょう。



 巨大な翼は上手く風を掴み、空高く舞い上がりました。

 二人とも脇目も振らず青い海と青い空の間を飛び続け、ふと気付けば囚われていたクレタ島からかなり離れた所までやってきていました。


 この頃になると、次第に飛ぶのに慣れて余裕の出てきたイカロスが調子に乗り、くるりと回ったり急降下したりと好き勝手に飛び回り始めました。

 そして一通りの無謀な行動で満足したかと思いきや、今度は急上昇。ぐんぐん高度を上げて、なんと太陽に向かって一直線に飛んでいくではありませんか。


「イカロス、やめろ!!」


 ダイダロスが必死に叫びますが、興奮したイカロスの耳には届きません。

 長い監禁生活で抑圧されていたのが突然、開放的すぎる環境に放り出されて、ちょっとおかしくなっていたのかもしれません。たぶん今脳内麻薬ドバドバです。



 やがて。

 ついに、太陽に近付きすぎた彼の翼は熱で溶け始めました。

 ハッと我に返ったイカロスですが、一度溶け始めた翼はもう修復不可能。溶けた蝋と抜けた羽を撒き散らし、どんどん崩れていきます。


 そして哀れなイカロスは、青い海へ真っ逆さまに墜ちて死んだのです。



『勇気一つを~』ではこの後、イカロスの勇気を讃える歌詞が続きます。

 しかしイカロスの行動は勇気というより蛮勇あるいは無鉄砲でしょう。


 我々がイカロスから受け継ぐべきは、鉄の勇気ではなく

「保護者の言う事は聞きましょう」「使用上の注意は守りましょう」

 という教訓だと思います。





次で追いかけるミノス王に触れて終えたいと思います。


※『勇気一つを共にして』の原曲を貶める意図は一切ありません。哀切な中にも爽やかさを感じさせる素晴らしい曲です。

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