英雄の誕生と軌跡
名称は一部人物を除き長母音は省略してあります。でないとミーノース王とかミーノータウロスになってしまって面倒だからです。
テセウスは、トロイゼンの王女が神託(神のお告げ)に従い、自国を訪れたアテナイ王アイゲウスと一夜を共にし身籠った子供でした。
それまで子宝に恵まれなかったアイゲウス王の周囲はきな臭く、幼い我が子が相続争いに巻き込まれるのを恐れました。
そこで彼は巨大な岩の下に剣とサンダルを隠し、
「もし産まれたのが男児なら、この大岩が動かせるほど強くなるまで父親の名を知らせないように。動かせたなら、剣とサンダルを持ってアテナイまで来させよ」
と妊娠中の王女に言い残して帰国しました。
月満ちて産まれた男児テセウスは、毎日せっせと体力及び筋力増強に努め、弱冠16歳にして大岩を動かし剣とサンダルをGET。
まだ見ぬ父に会うべくアテナイへと旅立ちました。
この時代、旅には危険が付き物。英雄ヘラクレスに憧れていたマッチョ志向なテセウス少年は、比較的安全な海路ではなく、自分の腕試しのためにあえて危険な陸路を選びました。
そして彼は望み通り、多くの盗賊に襲われました。
・脚が悪い事で旅人を油断させ、棍棒で撲殺していたペリペテス。
・太い木をぐぐ~っと曲げてからパッと放して旅人を張り飛ばす、あるいは二本の木を曲げて旅人の足を縛り付けてから放し股裂きにしていた怪力「松を曲げる者」シニス。
・海辺で旅人に無理やり自分の足を洗わせ、海に落として人食い大海亀の餌にしていたスケイロン。
・旅人を「負けたらお前死刑な!」という謎ルールのレスリングに無理やり誘い、負かして殺していた脳筋ケルキュオン。
・旅人を家に招き鉄のベッドに寝かせ、ベッドから頭や足がはみ出たらその部分を切り落とし、ベッドが大きければ頭や足を掴んでベッドに合うまで引き伸ばしてしたプロクルステス。
盗賊じゃなくて完全に快楽殺人者な人ばかりな気がしますが、このヤベェ連中を、テセウスは犯人の手口と同じ方法で倒していきます。
則ち、ペリペテスを棍棒で殴り殺し、シニスを曲げた木で股裂きにし、スケイロンを海へ突き落とし、ケルキュオンをレスリングの技で殺し、ベッドからはみ出たプロクルステスの頭と足を切り落としたのです。
また、シニスにはペリグネという美しい娘がいたのですが、テセウスは草の茂みに隠れていたこの美少女を見つけ、行き掛けの駄賃とばかりに孕ませて去っていきました。
もしかして盗賊よりテセウスの方がヤベェ奴なんじゃないでしょうか。
そうやっていろいろな経験値を稼ぎつつ辿り着いたアテナイでは、アイゲウス王の後妻である魔女メディアの陰謀で殺されかかったりもしましたが、剣とサンダルのおかげで無事に王から息子として認めてもらう事ができました。
晴れてアテナイ王子として認められ、国家の現状とクレタ島への生贄について知ったテセウスは憤慨し、自ら志願して生贄を運ぶ黒い帆の船に乗り込みます。
出航時には、アイゲウス王と
「ミノタウロスを退治して無事に戻って来られた場合は、船に白い帆を揚げて帰ってくるように。怪物を討ち果たせず死亡したなら黒い帆のままで」
という約束をしました。
使命感を胸にやってきたクレタ島では、着いて早々に一悶着ありました。ミノス王が生贄の乙女に無理やり手を付けようとしてテセウスに阻まれたのです。さすが全ての元凶になったオヤジだけあって安定のゲス野郎っぷりです。
それを見ていたのがミノス王の娘、アリアドネ。
クズい父王と対極をなす爽やかなイケメン王子様に、王女アリアドネはすとんと恋に落ちてしまいました。
そこで彼女は、生贄達がミノタウロスに捧げられる前の晩にテセウスの元へこっそりやって来て、こんなお願いをしました。
「私を貴方のお嫁さんにしてください。そうしたら、迷宮から迷わずに出て来られる方法を教えてあげます」
このお姫様はダイダロスと仲良しで、秘かに迷宮の攻略法を教えてもらっていたのです。
美少女に言い寄られてまんざらでもなかったのか、最初から利用する気だったのかは不明ですが、テセウスはアリアドネの願いを受け入れ、彼女から迷宮攻略の必須アイテム『黄金の糸玉』を渡されました。この時に短剣を一緒に受け取ったという説もあります。
翌朝。
テセウス達は予定通り迷宮へ放り込まれました。
しかしこちらには攻略アイテムがあります。糸の端を入り口に結び付けておいて床に転がすと、暗闇でも輝く金の糸玉はコロコロと転がって迷宮の中心部まで導いてくれます。帰りは糸を辿って入り口まで戻れば大丈夫。
ただ、実際の「クレタ型迷宮」と呼ばれるものは、羊腸の如く曲がりくねった長い長~い一本道を延々歩かされるだけの構造で、交差路・分岐点が無いという点で「迷路」とは決定的に違います。ですから歩き疲れるだけで迷う要素は無く、来た道を逆戻りすれば脱出できます。
まぁ、あくまでも神話なので。
きっと魔法の糸玉なくしては迷ってしまうような所だったのでしょう。
そして糸玉に導かれ迷宮の中心部まで辿り着いたテセウスは、遂に怪物ミノタウロスと対峙します。
荒ぶる牡牛の頭、筋肉に覆われた見上げるような巨体。
その姿は昔から多くの芸術家がモチーフとしてきました。かの巨匠ピカソもミノタウロスを欲望の象徴として自己と重ね合わせ、繰り返し描いています。
神話でミノタウロスの武器について言及は無いはずなのですが
(出土した古代の石像や陶器に描かれたミノタウロスはたいてい素手)、
ファンタジー世界においては槍斧などの戦斧を持った姿が定着しています。
これは神話の舞台となったクレタ島のクノッソス神殿遺跡からラブリュスと呼ばれる両刃斧が多数発掘されている事や、古代ギリシャの神事で牛を生贄に捧げる際にそのラブリュスが使用されていた事などが、長い年月をかけて結び付けられた結果なのでしょうか。
とりあえず似合っているので良しとしましょう。
剣や盾を持つよりずっとしっくり来ます。
さて、そんな巨漢の猛獣と、見た目のわりにパワー系な少年王子の対戦。
その詳細は、神話ではほとんど語られません。
これが他の英雄譚であれば、例えばペルセウスなら
「石化能力を持つメデューサを直視しないよう、鏡代わりの磨いた盾に写しながら首を落とした」
ヘラクレスなら
「再生能力のある大蛇を倒すため、首の切り口を焼いて再生を防いだ」
など戦闘シーンの具体的な描写が多少なりとも入るものですが、ミノタウロスとの戦いについては
「テセウスがミノタウロスを殺した」
という事しか窺えません。
とにかく、丸腰もしくは短剣一本で人食いの怪物と勝負した16歳の少年は、何をどうやったのか知りませんが見事に勝利を収めました。
そして糸を辿って迷宮から出てきたテセウスは、約束通りアリアドネを連れ、クレタ島を脱出しました。
ここで終われば「めでたし、めでたし」なのですが、残念ながらそうは問屋が卸しません。
もうちょい続きます。