まず怪物の話をしよう
ドラマ終了直後に書き始めたはずなのに、ちんたらしていたら随分と時間が……。
R15ですが題材の都合上ちょっとアレな話が多いので、タグをご確認ください。逆にしょせんはR15なので期待するほどの生々しい表現もありません。たぶん。
暫く前になりますが、ドラマ『テセウスの船』が最終回を迎えたそうですね。
生憎テレビドラマを観る習慣が無いもので、恥ずかしながら内容はほとんど知りません。
観てもいないドラマが心のセンサーに引っ掛かったのは、私が一介のギリシャ神話好きだからです。
――――英雄テセウスの乗る船が、無事に故郷アテナイへと帰還した。船は記念として大切に保存される事になった。
けれども船は年月と共に朽ちていき、その度に新たな木材で補修と部品交換を繰り返し、やがて船には元からあった部分など一欠片も無くなってしまった。
はたしてこの船は、最初の船と同じ物だと言えるのだろうか?――――
『テセウスの船』とは、ギリシャ神話に由来する矛盾のひとつなのです。
ではこの「英雄テセウス」は何者なのか。
彼は何のために船に乗り、何をもって英雄と呼ばれているのか。
それを知るためにはまず、とある名高い怪物について語らねばなりません。
昔むかし。
地中海に浮かぶクレタ島で王が崩御し、その息子達が王位継承で揉めました。長男である王子ミノスは、己こそがクレタ島を治めるに相応しい王であり、その証しを見せると言いました。
そして海神ポセイドンに祈りました。
「どうか私のために、海から牛を贈って下さい。いただいた牛は後ほど必ず、生贄として捧げて神へお返ししますから」
すると、海の中から一頭の立派な白い牡牛が現れました。
実はミノスは父王の実子ではなく、母エウロパが牛に変身した主神ゼウスに誘拐された時に出来た子なので、ゼウスの兄ポセイドンは叔父に当たります。
ポセイドンが甥っ子の願いに応えた結果、ミノスは人々に認められ無事に王位を得ました。
けれどもこの時、ミノスは大きな判断ミスをやらかしました。
海から来たのがあまりにも美しく見事な牡牛であったため神に捧げるのが惜しくなり、この牡牛をこっそり自分の物にして、他の牛を生贄にしたのです。
さすが牛(に変身した神)の息子だけあって、牛に並々ならぬ執着を持っているようです。牛マニアか。
しかし、こんなセコい真似をして神様にバレないはずがありません。
怒った海神ポセイドンは、ミノス王……ではなく、何故かその妻である王妃パーシパエに
『牡牛に激しく欲情する』
という、実にえげつない呪いを掛けました。
哀れ、とばっちりで呪われたパーシパエは日々悶々とした挙げ句、大工にして発明家のダイダロスに密かに相談しました。
このダイダロス、アテナイで名工と持て囃されていましたが、自分より才能に溢れる若い弟子を嫉妬に駆られ殺害。故郷から追放され流れ着いたクレタでミノス王に気に入られ、食客として城に滞在し、王のために様々な発明品を産み出していました。
王妃の予想外の『お悩み』に内心ドン引きしたものの、そこは天才と名高いダイダロス。発明家魂に火が着き、考えた末に雌牛の原寸大模型を造りました。
これは中に人が四つん這いですっぽり入れるようになっていて、しかも尻から股間にかけて穴が開いています。
……ええ、用途はお察しの通りです。
ちなみに児童書のギリシャ神話集では、そのまま書くわけにはいかないこの件を必死にぼかして
『王妃さまは牡牛に恋をして結ばれました』
等とロマンチックかつ強引にまとめていたりします。
これ以上描写するとムーンやノクターンへお引っ越しになってしまうので割愛しますが、後にパーシパエは牛の頭を持つ奇怪な赤子を産み落としました。
――――ミノスの牛と呼ばれる怪物の誕生です。
ミノタウロスは成長するにつれ凶暴さが増し、恐ろしい人食いの化け物になりました。こんなもんが島を闊歩していては洒落にならないので、ミノス王はダイダロスに命じ地下に出口の無い迷宮を作らせ、そこにミノタウロスを閉じ込めました。
そしてミノタウロスの餌として、一年(三年、九年との説もあり)に一度、敗戦国アテナイから少年7人と少女7人を生贄に差し出させました。
自分が元凶のくせに、とんだ鬼畜ジジイです。
さて、ここでようやく、英雄テセウスが登場します。
ギリシャ神話は「諸説あり」の諸説がそれはもうたくさんあります。
「自分の知ってる話と違う!」という場合は「別バージョンなんだな」でご納得いただければ幸いです。