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クリームソーダ

 忘れていた。そういえば。


「クリームソーダを、奢ってくれるのではなかったっけ」


 私は、思い出したことを口にしながら、春巻きを口にした。


 奈々子ちゃんは、「おおー」という表情で、そういえばそうだったと手をポンと叩いた。


「コンビニではなく、ファミレスに行くべきだったねえ。コンビニで買ったものをファミレスで食べる訳には行かないので、とりあえず私は買ったクリームパンを全て食べてしまうことにした。なんと言うか、クリームの味が、私の失念まで優しく包んでくれるようでたまらない。とても大きな意味で、クリームパンとは、食事である以前に、パンなのだ。私は、電柱を眺めながら、そう思った」


 と、めちゃめちゃ詳細に思ったことを述べてくれた奈々子ちゃんは、クリームパンを食べ終えると、満足したように、


「よし、じゃあ、ファミレス行こっか!」


 と、言った。冷静に考えると、ファミレス以外にもクリームソーダを飲める所って無いのだろうか。あまり詳しくないのだけど、カフェとか、あとまあ、カフェとか…。うん、ホントに詳しくないな私は。いやはや、とてもじゃないけど、東京にはいけないな、きっと。東京は最先端過ぎてもう自動販売機でクリームソーダ売ってるかも知れない。クリームソーダが自動販売機を売ってるかも知れない。


「ファミレスってさ、コンビニとは明るさの種類が違うよねぇ」


 奈々子ちゃんがそう呟く。蛍光灯の種類が違うとかそういう話ではなく、雰囲気のことだろうなと思ったので、


「占い師の人とかが見たら、コンビニやファミレスは、何色のオーラなんだろうね」


 そう返した。奈々子ちゃんは「赤!」とか「緑!」とか繰り返しており、そのうち信号機になってしまいそうだったのだけど、「あ、ファミレスあった!」の一言で人間の体に帰ってきた。


 ファミレスは、割りと大きめの交差点の側にあり、窓ガラスが人や車や鳥や猫や時間や思い出や三角関係や感情や世界の往来を映し出している。私たちは扉をくぐり、カウンターで「2名様ですか?」と聞かれ、「2名様です」と答え、「自分たちは『様』って付けなくても良かったのでは」と思い、まあいいやと座席に向かい、そして、ついに、


「…座った」


 まあ普通に座った。そして少しだらけた。明かりが暖かい光を湛えているせいか、それともファミレスという空間の特別感からか、なんというか、少しだけだらけたくなったのだ。椅子がね、ふかふかだし。


座った瞬間は、多分クリームソーダのことは忘れていたと思う。楽しく座った訳でも、悲しく座った訳でもないが、割りとなんか「座ったなあ」って思っていた。私はそう思っていたし、多分奈々子ちゃんもそう思っていたと思う。このファミレスは今、シンクロニシティという町に建てられている。そしてすぐにクリームソーダのことを思い出した。


「春ちゃんにも奢るけど、私も飲むから、二杯頼むね」


 そう言いながら、奈々子ちゃんはメニューを捲った。


「何頼むか決まってるのに、メニュー捲るんだね」


 そう言いながら、私も捲った。


「まあまあ、隕石が降ってきてもクリームソーダ頼むんだし、メニューくらい捲らせてよ」


 そう言ってメニューを閉じた奈々子ちゃんは、店員さんを呼び、クリームソーダを2つ頼み、椅子に座り直した。


 少しの沈黙。ここで言う沈黙とは、意味もなくスマホを弄っている時間のことを指す。


 そしたら、奈々子ちゃんが、こちらをじーっと見てきた。なので、それに気づいた私も、奈々子ちゃんの方をじーっと見返した。

奈々子ちゃんは照れて目を反らした。何がしたいんだこの子は。


「あ、いや、つまり、さっきの放課後終了合図機を見せていただきたくてですね…」


「え、いいけど」


 私は、袋から目覚まし時計を取り出し、奈々子ちゃんに渡した。


「…ねぇねぇ春ちゃん。もしかして今日遅刻したのって、目覚まし時計が壊れてたからなの?」


「え、うん。察しが良いね。それで買うことにしたの」


 奈々子ちゃんは、うーんと唸り、目覚まし時計を机に置いた。


「実はね、春ちゃん。私も今日、遅刻したんだよね」


「え、ああ、そうなの?」


「うん、それでさ、なんでかって言うと、夜寝れないから、朝寝坊してしまったのね。それで、クッションを買いに来た訳だが」


「あー似たような理由だったんだ」


「…いや、なんか、目覚まし時計買う方が頭良いなあって、思いました」


 奈々子ちゃんはそう言って「でもクッションの方が可愛いです」と続けた。世界の真理セットは、どちらも学校に遅刻しないためにあった。ただし、クッションの方が可愛い。


 そんなこんなしているうちに、クリームソーダが届いた。緑色のソーダの中にクリームが浮かんでいる。お菓子も少し刺さっている。


 「わーい!美味しそう!」


 奈々子ちゃんが自分のことのように喜んでいる。まあ自分のことなので正しいが。


 私たちはいただきますと言って、少しクリームを食べた。クリームの形が少し崩れるのが少し切なかった。続けて奈々子ちゃんはソーダを飲み。「ソーダとクリーム、どちらが主役なのか…」と思案していた。


 気がつくと、もう少しで夜の7時だ。私は、まだ電池を買っていない。このままでは電気屋さんは閉まってしまい、目覚まし時計は明日の朝、鳴らないままだ。


 それはそれで良いなと思いながら、私は名前のわからないお菓子を口に運んだ。


 


 

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