元軍人は、かく語りき
聖定歴二十九年。
帝都。
城下、三番門外。三番地。
貧民街にて、
おい。あんた大丈夫か? 怪我はないか?
そうか。なら良かった。
なーに。礼には及ばないさ。
ああ。こいつらか?
こいつらは、密造酒を売ってるチンピラ共さ。
あんた、さっきの店を出た時からつけられてたんだよ。
出された酒を一口飲んで、
”こんなの酒じゃない!”って啖呵切って、銅貨一枚放って出てきただろ?
あれはなかなかカッコよかったぜ!
しかし。店は選んだ方がいいな。
帝都にも、ああいう質の悪い店はある。
って!
なんだよ急に?! 抱き着いて……。
む?! 毒矢か……。
……。
おやおや。まだお仲間が隠れてたのか。
お前も、ここに寝っ転がってるお仲間のようになりたいのか?
ほう。じゃあ、遊んでやるぜ。
ほら。どうした? かかってきな!
……。
……。
ふう。これで終いか。
いやぁ。危なかった。
助かったぜ。にいちゃん。
よく気がついたな? 毒矢にやられてたら、さすがの俺でもまずかったぜ。
ああ、そうだ。お礼に、一杯奢らせてもらえないか?
はぁ?! 遠慮するんじゃねーよ!
なにせ、命を救ってもらったんだ。
それだけじゃ足りなねぇくらいだよ。
え? こいつらか?
放っておくさ。しばらくは目を覚まさんだろ。
それに、骨を二三本折っておいた。
これに懲りてくれりゃあいいんだが。
そうでなけりゃあ、また俺がぶちのめすさ!
ああ。自己紹介が遅れた。
俺は、アクセル。
アクセル・フォートナーだ。
ん?
バウムガルトナー家の執事見習いかって?
違うね。
俺は、バウムガルトナー家。執事兼、護衛係だ。
三ケ月前に昇進したんだよ。
しかし、
あんた、俺のこと知っているようだな?
ああ。なるほど。
ラルス様の店と、エリーゼ様の店の常連か。
それは奇遇だな。
まあいい。ついて来てくれ。
一杯奢らせてくれよ。
……。
……。
へえ。なるほど。旅をなさっていて、この街が気に入ったもんで、移住することにしたのか。
そいつぁ結構。
ってことは、あんたも、
美味い酒とメシにやられちまった口かい?
まあ。無理もないさ。
そんな奴らが集まって来て、今や帝都は一大歓楽街さ。
しかし、ご覧のように、ここいらは貧民街だ。
武器も持たずうろつくような場所じゃないぜ。
最低限、剣の一本は持ち歩いた方がいいな。
持ってないのか?
そんなら、一本余ってるから、俺のをやろう。
先の大戦で使っていた、ボロイやつだが、業物だぜ。
明日にでも宿に届けてやろう。
いや。遠慮はするなって。
あんたは命の恩人だ。それでもまだ足りないくらいの”借り”がある。
え? 助けてもらったのはこっちだ。って。
まあ、あれだ。持ちつ持たれつ。
そのうちにあんたが奢ってくれればいいさ。
……。
……。
ほら、着いたぜ。この店だ。
……。
まあ、疑う気持ちはわかるぜ。
こんな貧民街のど真ん中のボロイ店だ。
だが、味は保証するぜ!
まあ、まかせな。
ほら入るぞ。
ちわっす!
ここは”ファラリスの鉄板”って店だ。
ご覧のように、混血魔族達が経営している。
よぅ! コリーちゃん! とりあえずエールを二つ。
そんで、”ジンギスカン”二人前だ。
あのコリーって女の子も混血魔族さ。
ああ。穢れし血族の末裔が、メシ屋経営さ。冗談みたいだろ?
ここは、羊の肉を食わせてくれる。
珍しいだろ?
エリーゼお嬢様のアイディアさ。
まったく、お嬢様は天才だよ。
おっと、きたきたー。
とりあえずは、乾杯だな。
では、カンパイ! っと。
……。
おう。
そんな話までしたのかい?
ああ。六年間だ。世界中を巡った。
あの旅は本当に楽しかった……。
俺は、兵士として戦場を駆け回っていたこともある。
その頃が俺の人生の最上の時だと思っていたが、
今となっては、あの旅こそが俺の人生最高の時間だった。と、ふと思うこともある。
本当に色々なことがあった……。
死地など、戦場ではいくらでも経験した。
しかし、それとは比べ物にならないほど、あの旅は危険に満ち溢れていた。
あのお嬢様はな、人を振り回すことにかけても天才さ。
一緒にいてまるで飽きないぜ。
そして、ひたすらに”酒を探すこと”が、お嬢様を突き動かす情熱であり、行動原理さ。
当時の俺は、戦争が終わり。行き場も、生きる理由も失い、自堕落になっていた。
なんでこの小娘は、たかが酒なんかの為にここまで命を燃やしているのだろうか?
と、不思議だった。
それは、一緒に旅をするうちにわかった。
お嬢様は、単に、”酒が好き”なんだと……。
それに気がついた時、脳天をガーンとやられた気分になったぜ。
この小娘は、”どこまでも好きに生きている”。って、
そんで、俺は自分自身に問いかけたぜ。
お前は、好きに生きる覚悟があるか? ってな。
その答えを、その時の俺は出せなかったよ。
……、
実は、俺の生まれはこの貧民街なんだ。
気がついた頃には親も兄弟もなく、一人だった。
だが、周りには悪友たちがいた。
俺たちは、主に盗みをやっていた。
生きる為さ。
そういう生活は腕っぷしも必要なのさ。
盗みがバレれば、良くてボコボコ、悪けりゃ殺される。
ボロ切れのように道に打ち捨てられた仲間を、何人も見てきた。
そういう暮らしを続けていたある日、
戦争がはじまった。
俺は軍に志願した。
志願兵は身分も生まれも問われない。腕っぷしさえあれば、一日三食と温かい寝床が与えられる。
例え、訓練が辛くとも。
例え、明日、戦地で死ぬことになろうとも。
やっと手に入れた、人間らしい生活だ。
俺は、無我夢中で剣を振るった。
そして、殺しまくった。
自慢じゃないが、いくつも勲章をもらった。
歩兵撃剣隊隊長に任命されたのは、素直に嬉しかったぜ。何せ、俺は貧民だ。
そこまで上りつめりゃあ、大したもんだろう?
バウムガルトナー隊長とはじめてお会いしたのはその頃だ。
おっと、いけねー。
今は、伯爵さまだった。
ああ。そうだ。
エリーゼ様達のお父上だ。
どうもクセが抜けなくてな。
時々、隊長って呼んでしまう。その度に執事長から説教をくらうんだよ……。
まあ。とにかく。
戦争が終わっちまってからは、また散々な暮らしをしていたよ。
主に、飲み屋で喧嘩を吹っ掛けて、相手をボコボコにした後、”迷惑料”って名目で財布をいただいたりだな。
まあ、そんなことは長くは続かねぇ。
憲兵に捕らえられ、収監された。
檻の中の暮らしも、悪くはなかった。
食うに困ることもなく、屋根のある寝床。
まあ、俺の人生、こんなもんだろう。と納得もした。
すると、ある日、隊長が面会に来たんだ。
驚いたねー。
そんで、俺の身柄をバウムガルトナー家で引き取ることが決まったって言うんだよ。
執事見習いとしてな……。
最初は、正直迷惑だと思ったさ。
なにせ、俺はお貴族様の礼儀作法なんざ知らない。
それに、憐れみなんざ御免だからさ。
しかし、司法によって決定済みのことだった。
よくわからんが、俺は逆らえなかったのさ。
それに、逆らう気力なんざ、もう持ち合わせていなかった。
バウムガルトナー家に仕えてからは、
適当に過ごした。
ああ。適当に。
執事長の小言を聞き流し、
さぼり。そして、またさぼる。
そうしてりゃあ、隊長も俺を見限るだろうと思ったんだ。
そうしてしばらく経った頃だ。
――。
「ねえ、ねえ。おじさん。どうしてこんなところで寝ているの?」
「ねえ。ねえ。おじさん。セバスチアンが探していたわ。また掃除をさぼったのね?」
俺は、庭の木陰で午後のまどろみを楽しんでいたわけだ。
そこに、あの双子……、デボラ様とデリア様が声をかけてきた。
「……ん。……ああ、確か、……デ……デ……?」
「私デボラ」
「私デリア」
「ああ。そうだった? なんだよ? 俺は眠いんだ」
「いけないのよ。お仕事はさぼっちゃいけないの。それは泥棒と一緒だって、セバスチアンが言っていたわ」
「そうよ。言っていたわ。お給金を貰って、それで仕事をしないのは、お金を盗むことと一緒だって」
俺はイラっときたね。しかし、さすがに隊長の娘さんだ。乱暴なこともできん。
「ふん! ああ、そうだよ。俺は泥棒なんだ。生まれてからずっとな。お前らとは違うんだよ!」
さすがに言い過ぎたかと思ったがな、
「それは嘘よ。だってお父様が言っていたわ。おじさんは勇敢な兵士だって」
「それは私も聞いたわ。誇りある帝国軍人だったって」
「ふん! 昔の話さ。……俺はもうただの給金泥棒なんだよ!」
まあ、正直。それで放り出されもよかったんだがな。
しかし、そうはならなかった。
「そうなの。あなた泥棒なのね。では、このお屋敷から叩き出さないといけませんね」
「そうね。泥棒さんは悪い人。懲らしめないといけませんね」
「は? お前ら、何を言って……」
その時だった。
「はい! ストップ! ストーップ!」
その声と共に、俺が寄りかかってうたた寝をきめていた木から、人が落ちてきた。
ベチャ、っという音を立てて全身で地面にぶちあたったのが、
エリーゼ様だった。
「お姉さま、またこっそり作っていた蜂蜜酒を飲んでいらしたのね? 顔が赤いわ」
「お姉さま、納屋に隠してある壺の中で熟成させた蜂蜜酒を水で薄めたものを、木の上の特等席で楽しんでいらしたのね? いつものように」
「はい! 執事見習いのアクセルに命じます! 今このバカ双子が言ったことは聞かなかったことにするように!」
「……へ?」
今思い出すと、笑っちまうぜ……。
本当に可笑しいよな?
「話は聞かせて貰ったわ! つまり、決闘ね? この勝負私が預かるわ!」
そう言って、エリーゼ様はわけのわからん方向に話を持っていっちまった。
後日、バウムガルトナー家の庭で、模擬戦が行われることになった。
隊長も、奥方も、兄弟達も。さらにはメイド達や執事まで見物してるんだぜ。
なんじゃこれは?! と思ったね。
デボラ様とデリア様が剣技に長けていることは知っていた。
十歳ほどであるのに、木の枝を剣に模して普段から庭で遊んでいるのを見ていたからな。
時には、戯れのように隊長が剣技指導をしていることもあった。
しかし、それでも歳を十数えた小娘二人。
つまり、俺は、なめてたね……。
そして、やはりというか、司会進行を勤めたのが、
エリーゼ様だった。
「では! これより、執事見習いのアクセル・フォートナー対、デボラとデリアの剣技模擬戦をはじめます! 勝利条件は……」
勝利条件は、頭部、首元、胸部への剣撃。及び、相手の降伏宣言。
武器は、木刀に布を巻いたもの。長さ、重さ、形状は自由。
そして、
もう一つ条件があった。
「アクセル・フォートナーが勝った場合、”自由”が与えられます。お父様より賞金、金貨五十枚が送られ、今後もバウムガルトナー家に使えるもよし、出て行くもよし! となります」
「……金貨五十枚が餞別とは、太っ腹なことで」
俺は呟いた。
「一方、デボラ・デリア組が勝利した場合は、今後、アクセルさんには、素直に執事見習いとして、真面目に職務をまっとうすると、誓いをたてて貰いまーす!」
「そんなことになるかよ……」
二対一とはいえ、相手は小娘だ。
俺は、腕っぷしだけで歩兵撃剣隊隊長にまで上り詰め、戦地をくぐりぬけてきた男だ。
それが……。
まさか。
まさかだ……。
結論を言うと。
俺が負けた。
あり得ないだろ?!
二対一とは言え、十の小娘にだぞ?!
だって、あいつらとんでもなくすばしっこいんだぜ?!
しかも、勝利判定である頭部、喉元、胸部を避けて俺にバシバシ打ち込んでくる。
俺は、気づけば青空を見上げていたね。
ああ。地面に仰向けになってた……。
そしたらよ、
可愛くも、憎らしい三つの顔が俺を覗き込んできやがる。
一人はエリーゼ様。
あとの二人はもちろん、デリア様とデボラ様さ。
「これからはちゃんとお仕事しなきゃダメなのよ」
「これからはセバスチアンの言うこと聞かなきゃダメですのよ」
「……二人とも、やり過ぎだってぇ……。アクセルさん。もう降伏しましょう……」
それからしばらくして、エリーゼ様が旅に出ることが決まった。
そして、俺が護衛として任命された。
いつ帰ってこれるかもわからない旅だという。
しかし、そうなると、俺は面白くない。
なにせ、俺にもプライドがある。
なので、俺はこっそりと、あの双子を連れて行くことにした。
二人は旅について行きたいと言っていたからな。
しかし、隊長は反対していた。
当然だろう。
なので、俺が知恵を貸した。
二人は小柄なので、トランクの一つに隠れるよう言ったんだ。
旅の道中、俺はデボラとデリアに受けた雪辱をはらす気でいた。
しかし、その道中の困難さから、二人はどんどんどんどん強くなる。
俺は焦ったぜ。
このままじゃ雪辱ははらせない。
旅の道中、ある頃から、俺はエリーゼ様とラルス様に剣を教えるようになった。
すると、二人は俺のことを”師匠”と呼ぶようになった。
それにつられてか、デリア様とデボラ様も、俺のことを師匠と呼ぶようになった。
自分では意識していなかったんだがな。
剣技では二人に負けるが、戦術の面では、経験の豊富な俺のことを尊敬してくれているらしい。
まあ。そうなると俺とて悪い気がしない。
なんというかなぁ。いつのまにか、弟子を四人も引き連れての、修行の旅のような気分になっていった。
今や、四人は本当に強くなった。
俺の自慢の弟子たちだ。
今は、みんなそれぞれ楽しそうに、忙しそうにしているもんで、少し寂しいがな。
それでも、たまに集まると、みんな俺のことをいまだに”師匠”、”師匠”と慕ってくれてる。
なんだか、こういう人生も悪くない。
そう思えてきたこの頃だ。
……。
おっと、喋り過ぎちまったな。
旅人さん、グラスがあいてるぜ。二杯目もエールでいいのかい?
ああそうだろうな。
ジンギスカンには、エールが一番さ!
ところで、旅人さん。
あんた、この街に住むと言っていたが、住居は決まっているのかい?
ふむ。
それなら、東一番門外の八番地。”ムーア商会”を尋ねるといい。
ああ。あそこならいい物件を知ってる。
なんなら、仕事も斡旋してくれるぜ。
え? ムーア商会。どこかで聞いたことがあるって?
バウムガルトナー家の御用達の商会だしな。
もしかしたら、エリーゼ様かラルス様から聞いたんじゃないか?
まあいい。
おっと! ちょうどいい焼き上がりだ。
食おうぜ!
かー! やっぱうめーなー。
ジンギスカンにエール!
これこそが人生最上の瞬間さ!