姉は、かく語りき
聖定歴二十九年。
帝都。
中央公園にて、
今日は本当にいい天気ですねぇ?
ああ、すみません。突然話しかけてしまって。
これを飲んでいると、ちょっと気持ちが大きくなるというか、いい気分になりますわよねぇ。それでつい……。
ごめんなさい。
え? ああ、そうこれは葡萄酒に果実を漬け込んだ”サングリア”というらしいです。
この帝都には色々なお酒がありますが、我々光の信徒は、葡萄酒しか飲んではいけない戒律があるのです。
しかし、この”サングリア”は革命でした。
そう。まさに革命。
儀式の際に、神の血の分け前として飲む葡萄酒は、正直言って私は少し苦手でした。
しかし、これならいくらでも飲めます。
そうなのです。最近の私は、非番の一日をこうして公園で過ごすことが何よりの楽しみなのです。
もしよかったらどうぞ。お裾分けです。
やはり旅をしている方でしたのね?
その大きな荷物を見ればわかりますわよ。
あら? ずいぶん綺麗なカップを持ち歩いていらっしゃるのね?
ああ、東の山岳のドワーフの。
納得です。
へえ、この街でお知合いになられた、酒商人から譲っていただいた、ですか。
え? 黒い扉?
地下へ続く階段?!
え? まさか! あなた、エリーゼのお店に行ったんですか?!
なるほど。どうりで……。
ご紹介が遅れました。私は、エリーゼの姉の、アデリナ・バウムガルトナーです。
まさかこんな奇遇があるとは。
これもまた、光の神の加護でしょうか。
ああ、そうです。光の信徒です。
正直、信徒になれば政略結婚から逃れることができるだろうと、浅ましい動機で信徒になったのです……。
爵位持ちの家に生まれた女は、たいていが顔も知らぬ相手と結婚させられるのが相場ですから。
どうぞ、笑ってください。
ああ、そうです。
この”サングリア”も、妹が開発したものです。
このおかげで、お酒を嗜む女性が増えました。
では、乾杯をさせていただいてもよろしいですか?
それでは……。乾杯。
え? 妹のことですか?
それはそれは、変わった子でしたね。
”精魂の儀”の日に、突然、
「私は旅に出ます! 世界中にあるお酒を探し出したいのです!」
ですよ?
悪魔にでも憑りつかれたのかと思いましたわ。
まさか、
エリーゼが、ここまで帝都を変えてしまうとは、当時は予想できませんでした。
うちは軍人の一家です。なにせ、父はあの英雄ですよ。
しかし、私達は自由にやってます。エリーゼのおかげですよ。
何せ、”酒飲みの楽園”を作ったのですから。
ええ。変わった子でした。
特に成人してからは。
彼女は、この国の階級思想を永遠に変えてしまったのです。
男も女も関係なく、生まれた家も関係のない、生きたいように生きる自由があることを体現してみせたのです。
ええ。そうです。自慢の妹です。
だって、女でありながらギルドマスターですよ?
あ。ええ。そうなんです。
あまりに規模が大きくなってしまったので。
彼女が旅に出て三年目のことでした。我がバウムガルトナー家が扱うお酒の販売量が多くなりすぎてしまいまして。どうしても商会として登録しなければいけなくなったのです。
そして、この街のお酒の流通量があり得ない程に増えた頃、彼女は旅を終え、この街に帰ってきました。
その頃には、あまりに多義にわたる複雑な流通経路で世界各地からこの帝都にお酒が運び込まれている状況なのです。そのすべてを把握し統括できるのは、彼女だけという状況でした。
流通量が増え、お酒は平民たちの手の届く趣向品となりました。
ただ、単価は下がりましたが、お酒が生み出す利益は莫大です。
それにより、ある事件が起きました。
この国は、それを一商人の裁量に任せておくことを見過ごせなくなったのです。
帝国と教会は、酒の販路を国の管理下に置こうと考えたのです。
帝国議会が特別予算を決議したのもその頃です。
直ちに、酒販売と生産、流通、それらの利権の徴収が行われました。
それに反発したのが、
そうです。妹のエリーゼです。
彼女は、商会や生産者、運び屋。そして街中の酒好きと徒党を組み、騒動を起こしました……。
いえ。あれは騒動などと言う可愛らしいものでありませんでした。
反乱……、内乱。その方がしっくりきます。
帝国騎士団剣技指南、爵位持ちの娘が、よりによって反乱ですよ?
あり得ませんよ。
危うく、父は爵位剥奪、悪ければお家取り潰しもあり得ました。
エリーゼは勇敢に戦いましたよ……。
反乱軍を率いて、先陣を切って戦いました。
そして、敗れました。
……。
え? いえ。死んでいませんって。
だって、エリーゼに会ったのですよね?
死霊だとか、アンデットの類に見えました?
ですよね。
その後、帝国は、まずはこの帝国に流れてくるお酒の流通経路の全容の把握に乗り出します。
そして、程なくして、
あきらめました。
先ほども申しました通り、
多岐にわたる複雑怪奇な道筋で、全世界からお酒がやってくるのです。
ええ。無理でしょう。
だって盗賊団や海賊にまで協力をとりつけているのですよ。
仕方なく、帝国は、”新たなギルド”の設立を決定します。
そのギルドマスターに、
やはり仕方なく、
エリーゼを指名しました。
そのような形を取ったのは国の面子です。
ギルドという形をとることで国の管理下にあるという体面はとれますから。
妹は、プンスカ怒りながらギルドマスターの座に着きました。
なんだか可笑しかったですよぉ。
こうして生まれたのが、”酒ギルド”です。
今や、そのギルドはこの国だけでなく、世界中に”加盟店”を抱えています。
生産者だけではありません。販売店や、個人の商人とも提携しています。
最近では、酒専門の運び屋も出てきました。
翼竜に乗ってやってくる運び屋の方もいます。
北海の”竜使い一族”とも仲良しみたいで……。
ええ。そうなんです。
それが妹の凄いところなんです。
お酒を飲み交わせば、すぐに誰とでも仲良くなってしまうんです。
一度、この街に隣国の盗賊団が来たんです。
侵略行為だと判断した帝国が軍や憲兵を派兵する騒ぎにまでなったのですが、蓋をあけてみると、
妹に挨拶にきただけだというのです。
なんでも、隣国で採れるトウモロコシを共和国の内陸にある農村に定期的に運ぶことと引き換えに、共和国領で作られているドワーフの火酒を報酬としてもらえるという契約をしているらしいのです。
なんだか、すごく難しい話ですよね?
そうなんです。
妹はそういうことを平然とやってしますのです。
帝国議会が場所を提供し、隣国の盗賊団の歓迎会が行われたのですが、私も招待されたので、行ってみるとまたビックリです。
屈強でガラの悪い盗賊団の男達と、妹はまるで旧来の友人のように酒を飲み交わしているのです。
酔っぱらった妹が盗賊団の統領の頭をバンバン叩いているのを見て、肝が冷えましたわ。
……でも、不安ですわ。あの統領の男が。彼がエリーゼを見る目……。あれは、
妹に気がある……そう、つまり、惚れていると、私は気づいてしまったのです。
まさか、エリーゼが盗賊の統領を伴侶に選ぶなんてことはないでしょうけど。
万が一、もし万が一があれば、どうなってしまうのでしょう?
でも、最終的には、
妹の選んだ人であるなら、盗賊であろうが、平民であろうが、私は応援する覚悟でいるのですよ!
ああ。そうそう。色恋の話で言えば、ちょっと面白いことが先日ありました。
実は、エリーゼが酒を卸していた、ムーア商会という、元々は我がバウムガルトナー家の御用達の商会があるのですが、
私、そこの次男に言い寄られていたんです。
まったく迷惑でしたわ。
そこで、私の幼馴染の、リズベッタ・コーリーという、帝国剣技隊、二番隊長を勤める人に相談しました。
あ、ええ。リズベッタは女性ですよ。
まさに、女傑。という言葉が似あう人ですねぇ。
そしたらですね、
「そういう男は、ガツンと言ってやらなきゃダメだ! 私が代わりに言ってやる!」
と、頼もしいことを言ってくれたんです。
そしたらですね。
結論から言いますと、
彼女が惚れてしまいました。
ええ。ムーア商会の次男に。
来週、式をあげることになってます。
ええ。わけがわけがわからないですよね?
私の代わりに文句を言いに行ってくれたはずなんですよ?
それが、どうしてこうなってしまうのですかね?
世の中は不思議がいっぱいです。
でも、それもこれも、元を辿ればエリーゼがいなかったら起き得なかったことなのです。
幼馴染のお祝いです。精一杯の祝福はするつもりなんですが、
なんだか、私、モヤモヤするのです。
だって……。
なんだか、私が”噛ませ犬”みたいじゃないですか?
え? そんなことはない?
優しいんですね。
まあ、私は”光の信徒”です。
結婚は、”離信の儀”を行わなければなりません。
まだ当分は気ままに独身でいますよ。
ああ。そういえば旅人さん。よく見れば、結構男前なお顔をされていますねぇ。
どうですか?
これから、どこかお店に行って飲みなおしませんか?
お互いの事、もっとよく知る必要があると思いませんか?
え? 大丈夫ですよー。
私、今日は非番ですからぁ。
なんなら、二人の将来のこととかもぉ。語り明かしませんか?
ああ、”離信の儀”なんて簡単なんですよー。
私、将来を誓い合う方は、お酒が好きな方がいいなぁ、って思ってます。
あと、この街で暮らして頂ける方ですね。
え? だって、
この街が何と呼ばれているか、
ご存知ですよね?
え?
急用って?
え?
旅人さーん!