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吟遊詩人はかく語りき

 聖定歴29年


 帝都。

 城下門外・十二番通り


 ”鳥目酒場”



 む? おぬし……。さっきから拙者のことをじろじろ見てるようじゃが……。

 何か用でもあるのか?


 ああ、左様じゃ。拙者はここよりずっと東の島国から参った。

 なるほど。拙者の成りを見てのぅ。

 確かに、この国の人間からすると、拙者の着ているものはいささか珍妙に見えるかもしれん。

 

 もしや、旅人殿は我が故郷へ行ったことがあるのか?


 え? ない?


 それなのに、拙者が東の島国の出自だとわかったのじゃ?


 何? 知り合いが、じゃと?


 それは。もしや……。


 もしや、エリーゼ殿のことでは?


 おおおお! やはりそうであったか!

 まさか、フラリと立ち寄った飲み屋でこのような縁があろうとは!

 いやしかし! 納得と言えば納得か、

 実は、今帝都で流行っている、この”ヤキトリ”という料理も、エリーゼ殿が考案したものだ。

 中でも、この店のように椅子がなく、客は立ったまま飲み食いができる店は、”立ち飲みスタイル”といってな、最先端じゃ。

 最初は、こんな不親切なことあるか! と、怒りたくなるようなもんじゃが。

 これはこれでな、

 サクっと一杯飲みたい。だとか、ちょっと時間潰しに一杯。という時にはな、気軽に立ち寄れるので、案外重宝する。

 それに、この他の客との距離が近いのも面白い。

 時には下賤な輩もいないではないが、

 今宵のように、いつの間にか飲み友達ができていたりする。


 ご覧のように、こうして身分関係なく、多くの客が酒を飲み交わしておる。


 ではでは、そういうことで!

 盃合わせて一時の友、飲み交わせば永劫の友。なんちゅうてな。


 では! かんぱーい!


 いやー。まさか。エリーゼ殿の知り合いに会えるとはな。

 まさに、”酒のあるところにその人あり”、というところじゃな。


 お! しばし待たれよ! これはよい”フレーズ”じゃ。

 ”酒のあるところにその人あり”、と。よし! しかと書き留めたぞ。


 ん? ああ。拙者か?


 拙者は、吟遊詩人をしておる。

 ああ。こうして、武芸者の恰好をして、剣を持ち歩いているのは偽装じゃよ。

 もちろん、多少の武芸の心得はあるがのぅ。

 何せ、旅暮らしは危険も多い。

 旅人殿ならわかるじゃろう?


 そして、これが、相棒の楽器じゃ。どうじゃ? 見たこともない楽器だろう?

 

 え? なんとなく似た楽器なら知っているじゃと?


 ふむ……。まあ、元々これはエリーゼ殿の知恵でな。隣国の森林に住む、エルフ族に作ってもらったのじゃ。

 エリーゼ殿の見分は広い。もしかしたら、世界のどこかに存在する楽器に着想を得たのかもしれんな……。


 申し遅れた。拙者、東の島国、山坂藩の生まれ。


 サクラ・アケイエと申す。


 え? ええ?!


 しっ! しー! しぃぃぃー! じゃよ!!

 おぬし、な、な、何故見破った?


 せっ、せっ、拙者が……。


 お、お、お、


 女であると……。


 頼む! 後生じゃ! これは我々だけの秘密にしてくれんか?!


 ああ! そうじゃ! ここの飲み代は拙者が持つ、それでどうか?!


 ええええ! いらない?

 わかった。追加で”ヤキトリ”を追加じゃ! それでどうじゃ?


 えええええ! いらぬのか?!


 もしや! おぬし、せっ、せっ、拙者の、

 か、か、か、身体を……。

 は、破廉恥な!


 え? 違う?


 ……。


 ……。


 かたじけない。取り乱してしまったでござる。

 情けないところを見せてしまった。


 訳あって。身分を隠す身でござる。察していただけると幸いじゃ。

 しかし、旅人殿。どうしてわかったのじゃ?


 名前じゃと?


 いやはや、まさかまさか。こちらの国に我が国の女の名かどうかを判別できる者がいるとは思わなんだぞ。

 変わった名だ、と言われたことはいくらでもあるがの。


 ああ。エリーゼ殿は友人じゃ。


 いや、拙者の命の恩人じゃよ。

 もちろん、ラルス殿、デボラとデリア殿、それとアクセル殿もな。


 エリーゼ殿は我が藩に、酒を求めてやってきた。


 そう。酒を求めて世界中を旅している時のことじゃ。

 我が藩には、肥沃な土地と、澄んだ水がある。なので、昔から米を使った酒造りを行っておったのじゃ。

 そう。よい米を作るには、良い土と良い水が必要じゃ。つまり、我が藩の作る酒は良い酒じゃ。物事の道理じゃな。


 忘れもせん。

 エリーゼ殿を初めてお見かけした時、

 天女さまかと思った……。

 無理もあるまい。あれだけ美しい方なのじゃから。

 

 じゃが、時が悪かった……。


 程なくして、戦がはじまったのじゃ。

 拙者も民たちも、

 エリーゼ殿を巻き込みたくない一心で逃げてもらおうとした。

 しかし、

 あろうことか、エリーゼ殿は、一緒に戦うと言い出したのじゃ。


 「この藩には素晴らしいお酒がある! それは、この土地が素晴らしく! ここに住まう民たちが素晴らしいからこそなしえる御業、神に愛されし素晴らしい文化です! 私は、ここを守りたい!」 


 そう高らかに宣言なさった。

 武士も、平民も、その言葉に高ぶりました。

 我らは一丸となって戦いました。


 しかし、

 しだいに、戦は泥沼の様相を呈していった。


 我らは籠城戦を余儀なくされるという最悪な事態に陥った。


 その最中さなか

 拙者の父と母、そして兄達は死にました。

 だけど、私は泣きませんでした。

 すぐに、私は決意します。

 私が家を継ぐことを。

 女であることを隠し、

 必ずや、アケイエ家を再興すると……。

 それが叶わずとも、

 必ずや義に報いて、命ある限りは戦い続けると。


 そして、涙一つ流さず、髪を切った時、エリーゼ殿は泣きじゃくりながら私を抱きしめて下さいました。

 まるで、自分のことのように。父と母を亡くした娘子のように……。

 エリーゼ殿は、私の代わりに泣いて下さったのです。


 ある日、敵軍の一斉砲撃がはじまりました。

 後で知ったことですが、その戦は、我が藩だけでなく、国の命運が決した日だったのです。

 そう。国がひっくり返ったんです。そうなれば、我らは賊軍の残党にすぎません。


 もうダメだ。


 誰もがそう思った時です。

 立て籠もる城の上から、敵軍ではなく反対側の、海の方を見ながら、エリーゼ殿が呟いたのです……。


 「まったく……。遅すぎるわよ……」


 それは、海を覆いつくすかのような。船団でした。

 北海の海賊、共和国の海軍、翼竜に乗った兵士までいました。

 そうです。どのような方法でか、エリーゼ殿は策を講じていたのです。

 信じられませんよね?

 エリーゼ殿はその鶴の一声で一国の軍が敵うかどうかというほどの戦力を動かせるんです。



 「さあ! 城主さま! 活路は後ろ! 海の向こうにあるわよ!」


 「え?」


 「え? じゃないわよ。こうなったら、逃げるが勝ち! でしょ!」


 「何を言う! 民を置いてわらわだけ逃げることなどできん!」


 「だから! みんなみーんな連れてくから、安心して! だからあんだけの船を用意させたんじゃない!」


 「じゃが! わらわは城主として、儀に殉じなければならない! だから、わらわは逃げん!」


 「甘いこと言ってんじゃないわよ!! 命捨てたらそこでお終いなの! あなたは城主として、これからもずっとずーっと戦い続けるの!」


 「な、……なにを……」


 「選択肢は二つよ。選びなさい。一つは、アケイエ家の為に、戦って死ぬ。それなら持って一時間でしょうね」


 「じゃろうな……。もう一つは?」


 「これからもあなたは生き続ける! 命ある限り、儀に殉じて戦い続ける!」


 拙者は、エリーゼ殿に手を伸ばした。

 その手を、エリーゼ殿は握ってくれた。それはそれは、力強くな。


 「そちらの方が、面白そうじゃな!」


 

 拙者と、生き残った多くの民達は大陸に渡った。

 エリーゼ殿は、ある土地を我々に与えてくれたのじゃ。

 そこは、非常に山坂藩と似たような気候じゃった。

 おまけに、肥沃な土地も、綺麗な水まである。

 移り住んだその土地を我々は開墾し、稲作をはじめることができたのは思いのほか早かった。

 もちろん、エリーザ殿がまた助けてくれたのじゃ。


 大陸では、西洋諸国の文化技術が手に入りやすかった。

 はじめて見る農工具や、知識、さらに魔術といった類だ。

 何故かはわからんが、色々な人々が我々の新しい村にやってきては、そういった新しい見識を置き土産にしてゆく。

 まあ、すぐに勘づいた。

 エリーゼ殿が根回ししたのじゃろうな。


 今では、酒の生産量は故郷にいた頃の十倍じゃよ。

 民の暮らしも、今の方がずっとよかったりする。


 拙者は、この帝都には”営業”というお役目で、しばしば訪れておる。

 そうじゃ。”新山坂藩”と帝都を、行ったり来たりじゃ。


 着実に、我が藩は再興に向けて歩みを進めておる。

 そして、

 期が熟したら、故郷に攻め入るのじゃ!!


 え? いやあ。そんなことはせんぞ……。


 もう戦などこりごりじゃ。

 もう。あんな悲しい思いをするのも、誰かに悲しい思いをさせるのもな……。


 ん? ああ。それはな。

 ”新山坂藩”名物の、ワインで持って殴り込みを賭けるのじゃ!

 祖国は今、戦災復興を遂げ、新たな文明を開化させようとしておる。

 そこに、我々が開発に成功した、”祖国の人間たちの舌に合う葡萄酒”。この販売店を出す計画を進めておる。 


 それが成功した暁には、拙者は”新山坂藩”と帝都と、祖国との三国を行ったり来たりになろうて……。

 

 ああ。忙しくなる。まあ、それも楽しそうじゃから、よしとするがな。


 実は今回は、新しい銘柄が完成したのでな。

 それをエリーゼ殿に味見してもらいたかったのじゃが……。

 エリーゼ殿は、北の方に旅立ったとかで、あと十日は戻らんとのことでな……。

 まあ。よくあることじゃよ。お忙しい人だからな。


 なので、暇つぶしにこうして毎晩飲み歩いておる。


 ん? ああ。拙者が吟遊詩人をしている理由か?

 それはな、


 小遣い稼ぎじゃよ。


 いくら酒が安く飲めるとはいえな。こういう副収入がないと……。

 城主とはいえ、懐がのぅ……。トホホでござるよ……。


 ん? 

 ふふふ。それがのう。結構よい小遣い稼ぎになるのじゃ。

 

 自慢ではないが、もしかすると生来より天武の才を授かっていた、のかもしれん。

 じゃが、それよりも、


 エリーゼ殿の冒険忌憚。

 

 これが帝都ではよく受ける。


 あとは、我が祖国に伝わる民話などを”アレンジ”したりして弾き語っておるのじゃが、

 こちらの人々には物珍しく感じるようでな。


 今度、詩集も発売されるぞ。

 是非買って頂きたいでござる。


 ああ。あと、実は、これくらいの円盤状の魔石に音を閉じ込める技術を隣国の宮廷魔術師が発明したとかでな。

 拙者の歌をそれに封じ込めて発売するという計画もある。

 これの凄いのがな、なんと十枚に一枚には拙者の独演会の切符が封入されているというのだ!


 あっ、もちろん。これもエリーゼ殿のアイディアだ。

 なあ? すごいであろう?!


 ああ。そういえば。

 拙者も、一つ、旅人殿に質問をよいでござるか?


 なぜ、拙者のこと。


 女だとわかったでござるか?


 ああ。よく知っておるな!


 そう。花の名前じゃ。


 拙者の一番好きな花じゃ。


 実はな、エリーゼ殿がな、この帝都に桜の木を植林してくれたのじゃ。

 

 ああ。東の平原と、運河沿いと、城下中央広場にじゃ。


 次の春には、この帝都に桜が咲き乱れる光景が見れるのじゃぞ!

 そしたら、きっとこの国にも”花見”という文化が根付くことじゃろう。


 なんたって、この街は”酒飲みの楽園”じゃからな!


 今からワクワクして仕方がないのじゃ!


 桜は散り際が一番美しいというが、

 今日この頃は。またいずれ訪れる春を待ち焦がれるというのも、

 それもまた、一興だと思うでござるよ。


 

 さあて、旅人殿。おぬしは今夜はどうする。

 まだ時は早いな。


 おう! やはり。そうこなくてはのぅ。

 では、”ハシゴ”といくかのぅ。


 では、ラルス殿の店ではどうじゃ?


 おう! 決まりじゃ!


 ……。


 あっ、いや待たれよ。

 ……確か、拙者、路銀が……。


 ……。


 うむ。仕方あるまい。


 あそこは、確か、銀貨三枚であったな。


 おーい! 店主ー! 店主ー!


 すまないが、ちょいと”商い”をさせて頂いてよいか?


 おう。いつもかたじけないなぁー!



 ん? 何って? 飲み代をちょちょいとな。

 銀貨三枚程度なら、

 一曲で充分でござるよ。



 さあさあ! ここにお集まりの紳士淑女の皆様方!

 私は東方より来たれり、しがない吟遊詩人を気取る者にございます!

 しばし、皆様方のお耳を拝借!

 なーに。野良犬が吠えている程度と、気を留めて貰うほどにはございません!

 しかしながらしかしながら、自称野良犬が歌いますは、遠く遠く、風さえも渡ることが叶わない程遠くの、東の島国の話。

 語るは、嘘偽りなき真実の物語。

 

 これは、一国の姫君と、エリーゼと名乗る女神の戦記譚――。

 迫りくる鬼たちをバッタバッタとなぎ倒しぃ!

 お宝目指して三千里!

 友情、努力、勝利!

 花と夢! 

 ほろ苦い恋物語ありの痛快活劇!


 はじまりー! はじまりー!

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