転生者・エリーゼはかく語りき
私の事を、
少しお話しさせて頂いてもよろしいですか?
私は、軍人一家のバウムガルトナー家に次女として生まれました。
そして、
十四歳になり。成人の儀を終えたお祝いの席でです。
私は、一杯の葡萄酒を口に含んだのです。
生まれて初めて飲むお酒です。
それは、光の信徒としての儀式の一環だったそうです。
その瞬間、
私の人生が決まりました。
いえ、……正確には、
私が、私になる前の私の人生を、
思い出したのです。
お客様は輪廻転生というものを信じますか?
私は信じています。
何故なら、私自身が、
そう。転生者だからです。
前世の私は、恐ろしいくらいにお酒好きでした。
そのことを、あの一杯の葡萄酒が思い出させてくれたのです。
まるで雷にでも打たれたかのような衝撃でした。
しかし、その直後。私はこの世界に転生してしまった不幸にうちひしがれました。
何故なら、この国ではお酒は超がつくほどの高級品だったからです。
爵位を賜った、我がバウムガルトナー家でさえ、特別なお祝いの席でもなければ出されることもはありませんでした。
それは、この国が原産の葡萄酒の製造量が少ないからでした。
では、製造量を上げることができれば? と、考えたのですが。さすがにそれは難しかったのです。
前世の記憶はあれど、まさかワインの蒸留法など調べたことすらありませんでしたから。
だったら。探し出せばいい。
私はそう決心するまでに、時間はかかりませんでした。
この世界は、私が前世で暮らしていた世界よりも文明が発達していません。
しかし。
おそらく、この世界のどこかには必ず酒造りの文化が存在していると、根拠のない確信があったのです。
私は、お父様とお母様に、旅に出たいと伝えました。
もちろん。猛反対されました。
何度も家出のように屋敷を抜け出し、その度に見つかり連れ戻され、軟禁のような状態にされてしまったこともあります。
私が悪魔に憑りつかれてしまったのだと、教会につれて行かれたこともあります。
しかし、
私は、根気よく、何度も何度も両親に、私の情熱を聞いて貰いました。
もちろん、私が前世の記憶を取り戻したということは秘密にしてですが、
ある日、ついに父が根負けしました。
執事見習いのアクセルと、弟のラルスを同行させることを条件に、私は旅に出ることが許されたのです。
母は泣いていました。
本当に悪いことをしました。私のわがままで、そこまで……。
なので、旅先からは何通も何通も手紙を書きました。
父がラルスを同行させたのにはいろいろな事情があります。
まず、バウムガルトナー家にはすでに家名を継ぐことが決まっている長男がいます。
え? ああ。そうです。
帝国騎士団剣技隊隊長。そうです。うちの兄です。
なので、次男であるラルスは、立場的になかなか辛い思いをしそうなものなのですが、
これがまた、なんというか、暢気な弟でして。
剣とか、騎士とか、まるで興味がなく、一日中ぼーっとしてるような子だったのです。
え? そうは見えなかったと?
まぁ。確かに。あの六年間の旅で、少しは頼り甲斐のある男の子になった気もします。
それこそが、まさに父の狙いだったみたいですよ。
以前は、子供のゴブリンが一匹あらわれただけで私の背中に隠れて泣いているような子でしたから。
え? 酔っぱらった農夫と軍人の喧嘩に分け入って、モップ一本で八人を叩きのめしていた、ですか。
まあ、それくらいならよくあることでしょうねぇ。
あのお店なら……。
それこそ旅の道中はもっと危険な思いもしましたから。
ゴブリンの大群に囲まれたこともあります。
海賊に襲われたこともあります。
宗教団体に拉致されたこともありますし。
密輸の疑いで投獄されたこともあります。
東のずっと向こうの島国では戦争に巻き込まれ軍事介入したことも……。
え? まぁ……、そうですね。今はこうして無事に生きてますから。
ああ。それはですね。執事見習いのアクセルというのが、お父様の元部下だった剣の達人なのです。
それと、双子の妹の、デボラとデリアが、これがまた変わり者でして……。
女の子だというのに、物心ついた頃から剣の鍛錬に夢中なのです。
お人形さん遊びだとか、お花摘みだとか、そういう年相応の遊びには目もくれず、庭で”チャンバラごっこ”ですよ。
そうなんです。
デボラとデリアは、勝手に旅について来てしまったんです……。
トランクに隠れていた二人を見つけたのは、隣国に向かう船の上ででした。
時すでに遅しですよ。
なんだかんだで、結局は頼もしい旅のお供でした。
彼女たちがいなかったら、生きて戻れなかったと思ったことが何度もあります。
色々なことがありました……。
なので、私も多少ですが剣術の心得があります。
そりゃあ、アクセルさんという先生もいましたし、環境がそうさせたんですね。
そこの壁に飾ってある剣。
それは、私の愛刀です。
東の島国に住むドワーフが打った、名刀です。
私が持つには不相応だと思うのですが、ずっと使っていると愛着もわきます。
ボロボロですが、なんだかあれを見ていると、楽しかった旅の思い出がまるで昨日のことのように思い出されるんですよ。
ああ。そうそう。デボラとデリアなんですが。
先ほども申した通り、二人はまだ旅を続けているんです。
そう二人だけで。
よほど旅暮らしが性に合っていたのでしょうね。
冒険者まがいなことをしながら、色々な国を巡っています。
今も各地にある珍しいお酒を発見すれば、手紙で教えてくれます。
そうなんです。実は今日、二人から手紙が届きまして。どうやら今はずっとずっと北の、とても寒い国を訪れているようです。
どうやら。そこにも、まだこの国では手に入らないお酒があるみたいなんですよ。
寒い国ということは、もしかしたら、”ウォッカ”のような強いお酒なのかなぁと、想像はしているんですが。
そうなんです! 今から楽しみで楽しみで……。
え? どうやって輸入するのか? ですか?
それはですね。六年間の旅の間に作ったコネクションがあるんです。
主に運び屋の方々と、船を持っている商会。あとは、海賊さん達とも提携して、流通経路を構築しました。
え? ああ。
そうなんです。実は、私、前世ではそういう仕事をしていたんですよ。
スマホもパソコンもありませんから、それはもう効率の悪い営業でしたよぉ。
そうです。各地のお酒を探し出すだけでなく、どうやってそれを帝都に流通させるか、
つまり、”ロジスティクス”も、私の旅の目的でした。
流通量さえ増えれば、お酒の価格は下がります。
しかしそうなると、やはりといいましょうか。この国の葡萄酒の利権に絡んだゴタゴタも起こりました。
何せ、葡萄酒の利権を持っていたのは教会だったのですから。
あれはあれで苦労しましたねぇ……。
そこは、”マーケティング”と”ブランディング”で解決しました。
具体的に言うと、隣国のお妃様に勧めたのです。
お酒好きで有名でしたから。
え? ええ。今もたまに一緒に飲む仲ですよ。お互い忙しい身なので、なかなか難しいですけど。
まあ。それはさておき。
この国の葡萄酒は、今や隣国の貴族達が喉から手が出るほどに手に入れたい名品となったわけです。
なにしろ、お妃様御用達の葡萄酒ですから。
銘柄も考えたんですよ。
”光の加護”。
そうです。光の信徒達が作る葡萄酒ですから、まあ、そのままっちゃあ、そのままなんですけどね。
隣国への輸出品は、特別な木箱に入っています。
ああ。そういえば。ほら。ちょうどここに見本品がありました。
そうですよねー。カワイイですよねぇ。
これ、デザインも私が考えたんですよ。
私の姉は、光の信徒で、今は出家して光の神殿に仕えているんですが……。
はい? あ、そうですね。そうなんですよ。うち、七人兄弟なんですよ。
それでですね。その姉は精霊使いなんです。
この箱には姉の精霊魔法が封じられています。
一つは保冷、もう一つは防腐。最後の一つは、
では、試しに開封してみましょうか?
……。
ね。凄く綺麗でしょ。
まるで星々が降り注ぐようですよねえ。
精霊魔法の、”ライト”という初級魔法なんですが、とくに効果はありません。こうして、光り輝く粒子が飛び散り降り注ぐだけです。
でも、すごく綺麗ですよね。
これが”受けた”んです。
なので、この国の葡萄酒の売値は暴落することがなく、むしろ上がったくらいです。
今はひっきりなしの注文に対応すべく、葡萄畑を開墾中です。
ああ、そうです。東の平原で作業をしている農夫達を見たのですね。まさにそこが葡萄畑となる予定地です。
魔術師の方々の協力も取り付けましたから、来年には取れ高は今年の五倍を見込んでいます。
そう言えば、共和国からも買い付けたいと手紙が来ていましたね。
また忙しくなりそうです……。
お客様、残念ながら。そろそろ閉店のお時間です。
ああ、でも。帰って下さいということではありませんよ!
どうぞ。そのままごゆっくりしていて下さい。
私が、これで就業時間を終えるというだけです。
というわけなので、私も飲ませて頂きますね!
やっぱり、
とりあえずは、生、ですよねぇ。
でも、この国のエールはもう少し改良の余地がありますよねぇ。なんとかしたいです。
あっ! そうなんです。
私は、ただ。
この世界でも、お酒を飲みたかっただけなんです。
だから頑張ったんです。
今も頑張ってますよ! 美味しいお酒を飲むために。
お客様、もう一杯いかがですか?
え? このお酒ですか?
ええ。そうです。
東の島国で稲作をやっているのを発見できたのは幸運でした。
であれば、”米を使った酒造り”をしているのでは? と……。
やっぱり。そうなんですね……。
お客様も、
前世は、日本の人なんですね……。
ええ。この”日本酒”。
一口飲んで涙を流すなんて。
まるで、生まれて初めて葡萄酒を飲んだ、
あの時の私のようでしたから。
え? もうおやめになります?
あ。他のものですか?
ああ、”焼酎”ですかぁ。
実は……。
ありますよ。
そうなんです。
実は、帝国の西の末端の地方で、細々と作られていたんです。
まさに、灯台元暗しですよ。
これは芋を使ったものです。
つまり、”芋焼酎に限りなく近い物”です。
なんなら、炭酸水もありますから、”チューハイ”にもできますよ。
レモンもあります。似たような果物ですが……。
……そうですか。”芋ならロック”ですか。そうですよねぇ!
乾杯しましょう。
久々に日本の思い出話もしたいです。
もしできれば、朝までお付き合いくださいね!
私は明日休みなんです。
ああ。そういえば。自己紹介が遅れました。
私はエリーゼ、
エリーゼ・バウムガルトナー。
しがない”酒商人”です。
では、
かんぱーい!
……。
あああああああ!
これがあるからやめられないわー!!
……あっ、失礼しました。
はしたないところをお見せしてしまいました……。
そういえば、お客様、どこにお住まいですか?
え?
それは、また、ずいぶん遠くから……。
あ。そうなんですね。……この街に住むことにしたんですね。
え?
ああ。もう、あまり驚かなくなりましたねぇ。
それはですねぇ、そういうお客様を何人も見てきましたから。
そうですよ。
だって、この街がなんて呼ばれてるか、
ご存知ですよね?