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店主はかく語りき

 聖定暦二十九年。

 帝都、

 某所にて。


 お客さん、さっきから見てたけど、スゲー勢いで飲み食いしてるなぁ。

 ああ、いや。いいんだいいんだ。

 文句を言いに来たわけじゃない。

 俺としては、嬉しいぜ! うちの店を気に入ってくれたって証拠だろ?

 好きなだけ食って飲んでくれ! ああ、どんだけ飲み食いしても、うちは銀貨三枚!


 え? それで商売が成り立つのかって?


 それが成り立つんだよ。

 詳しいことは企業秘密ってやつだがな。

 ところで、お客さん、見ない顔だなぁ。遠くに住んでるのかい?


 え? そりゃまた随分遠くから来てくれたんだなぁ。

 へぇ。なるほどねぇ。旅を……。


 実は、何を隠そう。俺も数年前まで旅をしていてな。お客さんの故郷にも寄ったことがあるぜ!

 そうなんだよ。

 いやぁ。思い出すと……あの六年間は酷い思いをいくらでもしたぜ。

 死ぬかと思ったことは十や二十じゃない。……未開の地、前人未到の地、果ては世界の裏側まで行ってきた……。


 え? いやぁ。そうじゃない。冒険者なんてカッコイもんじゃないよ。


 そう。酒の買い付けに行っていたのさ。


 あ? いやぁ。それが、その……。実は、おねぇ……、おっほん! ……姉にくっついて行ったんだよ。

 正確には、ついて行かされた。かな……。


 ああ。申し遅れた。

 俺はここの店長をやっている。

 ラルス・バウムガルトナーだ。

 ラースと呼ぶ奴もいるが、俺はラルスと名乗っている。 


 ああ! やめてくれやめてくれ! 

 確かに、その英雄とやらは俺の親父だよ。

 先の大戦で活躍し、爵位を賜ったのも間違いはない。

 だけど、俺はしがないメシ屋の店主だよ!

 

 え? しがないことはないだろうって?


 まぁな。お陰様でというか、ご覧の通り大忙しの毎日さ。

 ここは元工場だったらしい。こんなデカい物件借りてどうするんだ? って思ったが、これでも事足りないくらいで、連日店の外にまでテーブルを出してる。

 ここは酒も料理も安くてうめーってんで、こういうお客さん達が集まる。

 農夫、軍人、退役軍人、行商人、混血魔族ハーフ・ブリードまでやってくる。

 あまり大きな声では言えないが、時々、貴族様までお忍びでやってくるんだ。

 大きな声では、とか言っときながら、大声出さなきゃこうしてお喋りもままならないのが、この店の難点だがなぁ。

 ちなみに、この店に特に名前はない。

 だが、常連は”ラルスの店”とか、”ラルス食堂”とか言ってる。

 ”ラース食堂”って言ってる奴がいたら、そいつは”モグリ”だね。

 

 どうだい、この店の料理は? 少し変わっているが、味は抜群だろ?


 え? いやぁ。俺じゃないよ。レシピを考案したのは、俺の姉さ。

 そう。俺の親父がこの国の英雄だとしたら、

 姉は、ある意味、この街の英雄だ。

 この街を、帝国中から……、いや、世界中から酒好きが集まってくる、

 

”酒飲みの楽園”にしちまったからな。


 元来、特権階級の趣向品だった酒の流通を爆発的に増やし、庶民、平民にも手が届くものにしてみせた。

 世界中をめぐり、帝国では知られていない酒の製法を探し出し、生産者を増やし、流通経路を確立した。

 俺から言わせると、姉は憑りつかれているね。

 

 何にかって? そりゃ……。

 

 酒の悪魔にさ……。

 そうじゃなければ、こうはなってない……。

 と、いっても。実は俺は姉には感謝しているんだ。

 伯爵とはいえ軍人一家に生まれた次男坊なんて、大して面白くない人生だったはずだろう。

 なにせ戦争は終わって、軍はお飾りだ。

 お飾り軍人になるよりは、この方が俺には性に合ってるんだよなぁ。

 こうして、お客さん達の笑顔を見ている方がさ。


 あ! そうだ。お客さん、実は、姉が新しく考案した料理があるんだ。

 腹に溜まるもんじゃないが、酒には合うらしい。

 ちょっと、見た目はアレなんだが……。試してみるかい?

 ちょっと待っててな。


 はいよー。お待ちどうさん。

 これは、”シオカラ”というらしい。

 なんでも、西方湾ウエスト・ハーバーで獲れる、イカの身と内臓を塩で漬けた物らしい。


 お! 勇気あるねー、お客さん。そんな一気に……。


 おお! そうか。美味いよなぁ。ちょっとクセがあるから、最初はアレだが、慣れると……。


 ん?


 おいおい! お客さん! そりゃ大げさじゃねーか? 

 いくら美味いからって! そんな、涙流すほどのことかねぇ?

 いやいや! 俺も嬉しいぜ! そりゃあなー。


 あれ? なんでか俺までちょっと泣けてきたじゃねーか!


 まあいいや。

 よーし! 

 じゃあ、俺から大サービスだ。

 

 と、言っても、ここは俺からの奢りだ。ってことじゃねーよ。

 サービスってのはな、


 情報さ。


 ここより、もっと、

 ヤバイ店のな。


 どうだい? これから行ってみるかい?

 この街の酒飲みは一件二件と飲み歩くのが普通だ。何せ酒が安いからな。

 そういうのを、”ハシゴ”っていうらしいぜ。

 

 おっ! そうこなくっちゃ!

 

 ほれ、これがその店の地図だ。

 絶対に他の人間には教えるなよ。

 何せ、選ばれし者しかいけない場所だ。

 ああ、本当にヤバイぜ。

 この街は”酒飲みの楽園”と言ったが、そこは”楽園の中の楽園”だ。

 看板は出していない。

 真っ黒な扉が目印だ。

 そこを開けると地下に続く階段になっている。

 降りていくともう一枚扉がある。

 それを開ければ……。


 もし行くならマスターによろしくと伝えてくれ。


 おっと! なんだか向こうが騒がしいなぁ。どうやら揉め事みたいだ。

 安酒場にはよくあることさ。ちょいと懲らしめてやらんとな。


 え? へへっ、舐めてもらっちゃ困るぜ。

 これでも軍人一家の出だよ。



 じゃあな。ごゆっくり。



 

 同日、深夜。

 帝都某所。


 いらっしゃいませ。

 あら? お客様、はじめての方ですよね?

 まあ! そうなんですの?

 ラルスの紹介で!

 さあ、どうぞ、お掛けになって下さい。

 どうぞ。これは、”おしぼり”と言います。

 手を拭いていただいて、すっきりとした気分でお酒を楽しんでいただくためのサービスです。

 なんなら、顔を拭いて頂いてもよろしいですよ。女性はあまりやりませんが……。


 そうですよねぇ! 気持ちいいんでしょうねー!


 それができる男性の方がちょっと羨ましかったりします……。

 ああ、でも。女性の軍人さんのお客さんなんかは、構わずやっていらっしゃいますね……。

 

 改めまして、いらっしゃいませ。

 当店は、看板もメニューもありません。

 私が道楽でやっているお店です。

 ここを知っているのは、私の身内と、その紹介のあった者だけです。

 そのご様子だと、お客さまはラルスのお店にいってらっしゃたようですね?


 わかりますよ! 顔がだいぶ赤いですよぉ!


 ラルスはちゃんとやっていましたか?


 そうですか。ならよかった。

 はい。こちらはスープとクッキーです。

 これは”チャーム”といいまして、まずはこちらでお口直しをしてもらおうという一品です。

 多分、弟のお店ではお肉とかをたっぷり食べられたでしょう?


 え? ああ、ラルスは私の弟です。

 どうも、姉弟共々のお店にご来店いただきありがとうございます。


 ええ? そんなお話までされたんですかー?


 やだわー。お恥ずかしい……。

 そうです。世界中を巡りましたわ。

 今も時々、必要があれば遠出をしますよ!

 だから、このお店は不定休です。

 お客様は運がいいですね! ちょうど今日は二十日ぶりの営業日で、ついさっきまで結構混んでいたんです。

 まあ、混んでいたといっても、ご覧の通り。カウンター八席しかない小さなお店です。

 でも、丹念にお客様と向かい合おうとすると、私一人ではこの規模が限界なんですよ。

 今は、お客様一人の貸し切り状態です。

 さ! ご要望をお聞きします。

 どんなものがいいでしょう?


 え? おまかせですか?


 そうですかー。

 ……では、こちらを!

 お客様はきっといっぱい飲んで食べてから来てくださったので、こちらをお勧めいたします。


 ああ! ですよねー!

 すっごく綺麗ですよねー。このボトル。

 東の山岳地帯に住むドワーフ族が作っているんですよぉ!

 そうです。ここに並んでいるボトルはすべてそうです。

 そして、その中身は私と、私の弟と、そして今もまだ旅を続けている妹達が世界中から取り寄せたお酒です。

 

 ああ。そうなんです。旅をしたのは、私と弟と、あと双子の妹達、デボラとデリア。あと執事見習いだったアクセルの五人でなんです。

 本当に楽しい旅でした……。

 おっと! いけない。

 これがお客様にお勧めのお酒です。


 水、だと思われました?


 まずは飲んでみて下さい。


 どうですか?


 え?


 お客様どうされました?!


 どうして……、


 泣いてらっしゃるのですか?


 ああ。もしや、と思っていました。

 

 やっぱり。そうなのですね……。


 私の事を、

 少しお話しさせて頂いてもよろしいですか?

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