鳥の王
むかしむかし、強大な王国がありました。
王国の塔には、王となるべく育てられた王子が住んでいました。
王は誰よりも強く、賢くなければなりません。だから、誰よりも高い場所で、王になるための勉強をしなければなりませんでした。
王子は王になるまで、塔を出ることはできないのです。
ある日、塔の窓から、一羽の小鳥が飛び込みました。
「おや、これはどういったことだろう」
塔はあまりにも高いのです。
鳥だって、滅多にこの塔の窓の外を跳びません。
小鳥の翼には傷がありました。
小鳥はもっと大きな鳥に狙われて、ここに逃げてきたのかも知れません。
小鳥は王子の手の中でぴゅーいと鳴きました。
王子は小鳥の傷の手当をしてあげました。
小鳥はみるみる元気になって、王子によく懐きました。
特に小鳥は、王子の豊かな髪の間が気に入ったようでした。
手から肩へとちょんちょん跳ねていって、王子の髪の中にもぞもぞ入っていきます。
「こらこら、くすぐったいぞ」
「ぴゅーい、ぴゅーい」
小鳥は嬉しそうに鳴き、決まって王子の首元で眠ってしまうのでした。
しかし、そんな日々は続きませんでした。
小鳥はいなくなりました。きれいな羽の一本だけを残して。
王子はその羽を、髪にそっと差し込んでみました。
すると、ふと首元があたたかくなった気がしました。
けれど、すぐにあたたかさは消えて、うんと冷たい氷の手で首を絞められたような気持ちになりました。
実は、小鳥がいなくなったのは、王子を王にしようと考える王国の民によってのことでした。
なぜなら、王に必要なのは、王冠や王笏であって、美しい声や色鮮やかな羽根ではないからです。
捕まえられる時、小鳥は暴れに暴れました。
ぴぃよ、ぴぃよと王子を呼び続けました。
喉をからし、傷だらけになり、遠い遠いところへ売られていったのです。
王子に、一枚の羽根を残して。
王子はちっともそんなことは知らないまま、やがて王になりました。
塔を出て、王子はまず庭にいた鳥を捕まえました。
その鳥は、あの小鳥によく似ていました。
「お前の羽根をおくれ」
ぎーよぎーよと鳥は暴れます。王子はあやまって鳥をくびり殺してしまいました。
王子は動かなくなった鳥の羽をむしり、髪に差し込んでみました。
すると、少しだけあたたかくなった気がしました。
王は鳥を捕まえては、殺して羽根をむしり、自分の髪に挿しました。
鳥はどんどん、どんどん減りました。
それでも、誰も王を止めることはできません。
逆らう者はみな殺されたのです。
王の髪に挿された羽根はどんどん、どんどん増えていきます。
そのうち、国中の鳥が狩られ、強大な国から鳥はいなくなりました。
「ああ、さむい、さむくてかなわん。鳥を殺して羽根を髪に挿さねばならん」
王は、鳥を求めて戦を起こしました。
ひとつ国を侵略するたびに、その国の空を飛ぶ鳥は一羽残さず殺されていったのです。
時が経ちました。
戦渦に巻き込まれた国々を、乾期の炎が広がるようにして、強大な王国は跡形もなく破壊し尽くしました。
周辺の国々を制圧した軍勢を指揮したのは、王そのひと。
色とりどりの羽根を豊かな髪にさした姿は、さながら鳥の王者のよう、鳥の王、とおそれられていました。
王はいつでも鳥の羽根を求めています。王が滅ぼした国の空という空から鳥が消えました。この頃には、王はもう、なぜ自分が羽根を欲しいのか、その理由さえわからなくなっていたのでした。
ある月夜のことです。
窓から誰かが入ってくる気配があって、王は目を覚ましました。
そこにはほっそりとしたひとの影がありました。
「何者だ」
すると嗄れた声が答えました。
「なつかしい王子さま。私はむかし、あなたに助けてもらった小鳥です。私は魔女に翼を売って、代わりにあなたを殺すための腕を貰ってきたのです」
「なんだと」
「なつかしい王子さま。いまわしい鳥殺しの王。あなたをこのままにはできません。私は仲間を守らなければなりません。どうして私たちを殺したのです。どうして私にあなたを殺させようとするのです」
王は答えられません。
ひとの形を得た小鳥は、大きく刃を振りかざし、寝台に横たわったままの王の胸に振り下ろしました。
刃は王の心臓をひとつきにしました。
「王子、王子」
小鳥は悲しげに呼びかけると、血を噴き出させる傷を塞ぐように、王の体にかぶさりました。
そして、羽根が山と差し込まれた髪が広がる首元に、腕を回しました。
小鳥の手が、一枚の羽根を髪の間から取り上げました。
それは小鳥が王子との別れに残した羽根でした。
王はかすむ目で、その羽根を見つめました。
塔での日々が蘇ります。
傷ついたか弱い小鳥に、王子は胸を痛めました。
小鳥は王子の手からパンくずを食べました。夜は王子の枕元で眠りました。
小鳥はとても小さくて、王子が守ってあげなければいけませんでした。
小鳥が元気になるのが、どんなに嬉しかったか。
王子の髪に隠れ、小鳥はすよすよと胸を膨らませました。燃された柔らかい石のように、小鳥は王子をあたためました。
(ずっとお前を髪に隠しておけたらどんなにいいだろう)
小鳥の温もりが、どれほどかけがえのないものだったか。
小鳥は王子のはじめてできた、そして今まででたったひとりの友達でした。
「どうしてですか、王子」
嗄れた声で小鳥は泣きながら問いかけます。
小鳥はもう、王子の周りを軽やかに飛び回った翼も、王子に歌って聞かせた声もなくしてしまいました。
王はどうしてと聞く小鳥に何か答えてやりたいと思いました。
するともう、言うべき言葉はこれしかないのでした。
「小鳥よ、お前はあたたかいなあ」
そして、王は息絶えました。
王の死とともに、夏草が枯れるように強大な王国は滅び、鳥たちもまた自由に空を飛ぶ姿が見られるようになりました。
城跡にはただ一つ高い塔だけが残り、今でも、その塔の近くを通ると、どこからか小鳥の鳴き声がぴぃよ、ぴぃよ、と聞こえてくるそうです。
 




