戦火の鳥
新たな創世から、約一世紀後────
紅に染まる空。それを駆ける一羽の鳥──否、青年。
その金の瞳、果てしなく広がる血戦を映す。
獣たちの咆哮、戦場に轟く。断末魔の悲鳴、耳を劈く。
血の香、死の臭い。銃器の破裂音、散る肉片。
地を駆ける戦士、消え逝く炎。
懐かしき故郷、今では焼け落ちた樹々と、戦士たちの屍があるのみ。美しかったあの森、焼き尽くされ、変わり果てた。
────此処を地獄といわず、何と言おう。
砦へ降り立つ青年──ラッセルはその惨状を嘆く。……その時、不意に己の背へ違和を覚える。
もう一度、あの空を翔けるため、その翼をはためかせ砦を飛ぶ。
────が、あっけなく地面へと叩きつけられる。
────見渡せど、そこには戦士たちの姿はなく、戦の音も、火炎の熱さも無い。
────あるのは沈黙、静寂、果てしない闇。
それでも、この常闇の果てへとこの翼で飛んでゆけば、きっと……あの空へ、あの美しい碧空がまた手を伸ばせば届きそうな程近くに往ける、と……そう信じて、羽ばたき続ける。
……無常にも、羽ばたけど、羽ばたけど、この身体は黒い地面から脱することはできない。
〈何故、動かない?何故、俺はまだ地に足をついている?〉
その答えを、ラッセルは知っていた。知ってっしまっている。
────この背から、溢れる紅の理由を。
────これから先、もう二度と、あの蒼穹を翔けることは叶わないことを。
それでも、ラッセルはあの蒼穹を翔けようと羽ばたき続けた。
何もない闇の中、散る赤。流れ落ち、背を染める紅。
ふと、背後に何かの気配があった。振り返ると、そこには紅い耳飾りのニンゲンの男がいた。
薄ら笑いを浮かべる男。揺れる紅い耳飾り。その腕に抱いた………翼。
ラッセルは、それをだれの翼かを瞬時に理解した。
男に手を伸ばす。その瞳に浮かぶは怒りの焔。
「返せっ!」
対する男の瞳は鋭い氷。冷酷。残虐。残酷。
それら全てを備える。
────届かない、この腕。足元に纒わり付く、闇。
振り返れば、戦士たちの怨恨と憤怒──黒い闇。
足を離してはくれぬ。
呑まれぬまいと、藻掻く。足を包む闇は進行す。
怒りの焔のままに、男へと手を伸ばす。
闇は進行す。脚から全身へと。
あと数センチ。顔と手のみを残し、呑まれる。
「邪魔をしてくれるなッ!!お前らが怨恨の塊と言うのなら、この心が解るだろう?!」
叫ぶ。響く。目の前で男は静かに嗤う。
『────呑まれてしまえばよい。我ら闇に呑まれ、共に果たそうでは無いか……あの男に復讐を。鉄槌を。』
囁く闇、止まる身体、虚空を見る瞳。
────堕ちた。堕ちろ。堕ちない?堕ちる堕ち墮………墮…?墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮墮ち…………?
弧を描く唇、笑みを浮かべる。死んだ瞳に更なる火が灯り、金を紅が彩る。
────復讐の焔、美しく輝く。
「…………俺は堕ちない。お前らに呑み込まれようとも。
堕天に堕ちようとも。」
────俺一人で充分だ。お前らなど要らぬ。
闇は進行す。青年の視界が奪われる。最期に彼が見たのは────
ⅹⅹⅹ年 4月 現在7:42────
ラッセルは自室のベットの上で眼を醒ました。
「…………ただの夢か。」
戦は終焉し、全ての生き物が共存している今の世は、平穏以外の何物でもない。
────戦火の渦に巻かれ、若かりし頃の彼も戦った。
その成果はただ、奪い奪われただけの…………彼にとっては大きな損失以外の何物でもなかった。
────その代わりに得たものは、あの男、憎き紅い紅い耳飾りの男の苦しみ。
楽に死なせてはやらなかった。水責めから始め、羅切に、爪剥ぎ、四肢切断、抜歯、眼球を抉る。
眼球を抉る前に目の前で刻んだペニスと四肢を腹を空かした数十匹のネズミに食わせた。
失血死されては困るので、火で止血したりもした。
腸を巻き取るとショック死してしまったが…………
最期まで、あの男は笑っていた。悲鳴をあげ、気を失いかけても、薄ら笑いを、常に浮かべ、嘲っていた。
それでも、満足だった。
────その血が流れる一族全てを根絶やした。
わざわざ調べ、死骸の数の答え合わせも。
女子供など関係ない。あの男の血が生きることはあってはならない。
死体の処理もきっちりと跡形もなく消した。
アルカリ性溶液に漬け放置したり、豚小屋に投げ入れたり、浮いてこないように腹を刃物で切ってから海に捨てたり…………まぁ、色々な手を尽くした。
ラッセルは頭をガシガシと掻きながら、ベットから這い出でる。
翼のあった場所には羽根が幾らか残っており、名残を感じさせる。
────尻に懐かしい感覚がある。
「……尾羽がまた伸びて来やがったか。
痛てーから抜くのやなんだよなー」
ブツブツと独り言を呟きながら、同じ階にある洗面台へと向かう。
冷水を顔に掛ける。鏡を覗き、髭を整える。
────その顔には額から右頬にまで架かる、大きな爪の古い傷痕が走っており、右眼は完全に失明している。
階段を降り、机の上からタバコとジッポを取り、1本吹かす。それから革ジャンのポケットに突っ込む。
雑に積まれた書類の中から、一枚の文書を取り出す。
「あーめんどくせぇ。…………というか、この依頼内容、本気か?殺し屋に子守りて……ニンゲンの国王陛下様は何を考えてんだか…………」
そう言いつつも、ラッセルは着々と王都へ向かう準備を進める。
「おっと。バイクのキー、2階じゃねーか。…………弾も詰めとくか。」
するりと、一枚の写真が落ちる。
そこに映っていたのは、美しい金髪碧眼の少年であった。
────また、彼は大きな歯車の一部にはさまれ、押し潰されてゆく。