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サマータイムマシン

作者: 大藪鴻大

 蝉が騒がしく鳴く、蒸し暑い夏の日、俺は友人に連れられ、ある公園に来ていた。その公園は、それは広く、閑散としたといえば寂しいものだが、広大だといえば、壮大な感じがする、そんなところだった。

 俺と友人は、公園の入り口から、とぼとぼと歩いていき、汗を一筋も二筋も垂らしながら、奥にある大木の下まで来た。その大木の下には、大きな日陰が広がっていたのだが、湿気を帯びた夏独特の空気がさっぱりすることはなく、汗をすっかり吸ってしまったシャツがしっとりと、肌に張り付いて、それはなんとも心地の悪いものだった。

「それで、今日は何をするんだ。」

 俺は友人に尋ねる。友人は、こちらを向くと、ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべた。

 こいつがこの笑みを浮かべるときは、いつもろくなことがない。

「まあ、落ち着けよ。今からもう一人、来るからよ。」

「そうか。それは、こいつじゃないのか。」

 俺は、友人の後ろ、大木の裏に隠れていた人影を見る。友人は、俺の視線の先を追って、後ろを振り返る。そこに立っていたのは、黒のセミロングの髪で、紺のジーンズをはいた女性だった。

「本当に来てくれたんだ。ありがとう、ジェンツー。」

 ジェンツーと呼ばれた俺の友人は、まあな、と得意げに胸を張る。事情を聞かされていない俺は、ひとり取り残される。

「葵が呼んだのか。それは、きっと大層なことなんだろうな。」

 俺は、嘘を口にする。きっと、大したことじゃない。

 なぜ分かるのか。それは、この三人が集まったとき、いつもくだらないことしかしていないからだ。経験則というやつだ。

「そうだ。今日は、葵のタイムマシンを探そうと思ってな。」

「タイムマシンか。そうか。」

 何を言っているんだ、こいつは。こいつと出会ったばかりのころは、そう思い続けていたが、人は慣れる生き物なのか、もしくは、面倒なことは考えなくなるからなのか、俺はジェンツーの言うことの意味を考えるのをやめてしまっていた。

「タイムマシンじゃなくて、タイムカプセルだよ。」

「タイムカプセルな。そうだと思った。」

 俺は、葵の指摘に大きく頷く動作をする。無駄に大きな動作になったのは、もしかしたら、何も考えずに返事をした自分の愚かさに動揺したからかもしれない。

「いや、タイムマシンだ。」

「タイムカプセルな。」

 胸を張って断言する友人に対し、今度は指摘することができた。ただ、そう指摘した後で、またしても自分が何も考えずに返事をしてしまったことに気が付いた。

「どっちでもいいだろ。タイムカプセルだって、タイムマシンのひとつだ。タイムマシンの根幹は、タイムカプセルにあると思うね、俺は。全く、よく考えたもんだよ。」

 葵がこちらを見る。「どういうこと?」と顔に書いてあるわけではないが、いや、むしろ、いつもとそれほど大きな表情の変化がないのだが、おそらく、俺に説明を求めているはずだ。

ただ、俺にも分からないものは分からない。俺は、とりあえず肩をすくめる。

「ということで、葵がタイムカプセルを見つけてほしいと言っていたからな。俺たちで探し出してあげようってわけだ。なあ、アデリー。」

 ジェンツーが肩を組んでくる。汗が染み込んだシャツ同士がくっつき、なんとも気味の悪い感覚が伝わってくる。思わず、友人から離れる。

「俺は、何も聞いていない。」

「言っただろ。公園に集合してくれって。」

「悪いが、公園に集合とも聞いていないんだ。」

 ジェンツーとは、たまたま、公園の入り口で出会った。互いに大学の帰りだったと思うのだが、俺を見つけたこいつは、それは新しいおもちゃを手に入れた子供のような笑みを浮かべ、俺をこの公園に誘ったのだ。

「じゃあ、早速探すか。」

 ジェンツーは、リュックに手を入れると、直角に折れ曲がった金属棒を二本取り出した。

「それって、もしかしてダウジング?」

 そうだ、と友人はただの金属棒を見せびらかす。葵は興味津々に、その金属棒を見つめる。どうやって、ただの金属棒で見つけるのだろうか。真面目な葵は、きっとそう考えているのだろう。

 残念なことに、そいつは何も考えていない。

「俺が、こいつで葵のタイムカプセルを見つけてやるよ。」

 ジェンツーは、そう言うとただの金属棒二本を持ち、歩き出した。ある一定距離を歩くと、水平だった二本の金属棒が開く。すると、来た道を戻る。また開くと、今度は少し方向を変えて歩き出す。太陽が照り付ける公園の真ん中で、男が一人、宝探しをしている。まだ夏休みでないからなのか、人ひとりいないその公園は、まさに砂漠のようだった。

「見つかるかな。」

 大木の下に取り残された葵がつぶやく。話のきっかけにでもなればと口にしただろうその言葉に、俺は答えることにした。

「まあ、気が済むまでやらせてやってくれ。ところで、大体でいいんだが、どのあたりに埋めたのか覚えているか。」

 葵は、アハハと笑うと、大木の根元を指さす。

 そりゃあ、そうだよな。この大木以外に何の目印もない公園のど真ん中に埋めるわけがない。友人は、公園の真ん中を行き来し、俺たちからどんどん離れていく。

「教えてやれよ。」

 そう言っている間にも、友人はどんどん離れていく。

「まさか、あんな遠くまで行くなんて、思わなかったんだよ。」

 葵はそうとだけ口にし、灼熱の砂漠で探索する友人の様子をただ見守っていた。

 友人は懸命に探している。こっちだ!あっちだ!近づいているぞ!と叫びながら、徐々に公園の出口に向かっていた。もしかして、探しているふりをして帰るんじゃないか。

「このまま、帰っちゃったりして。」

 葵は小さく笑う。葵は、汗ひとつかいていなかった。元々、顔が整っていることもあり、その涼し気な佇まいがクールの語源だと言えば、納得してしまいそうだった。

 そういえば、葵も化粧はするのだろうか。

「タイムカプセルと言えばさ。」

 葵がこちらを向く。横顔を見ていた俺は、突然目が合い、咄嗟に目を逸らす。

「子供の頃って、時間ばかりあったよね。時間はあっても、大人の方がいろんなことができるような気がしてさ。早く大人にならないかなあって、ふと思ったりしてさ。」

 俺にも、そう思っていた時期があった。はやく大人になれ、と。時間さえ過ぎれば、大人になれると。何でもできるようになると。

「人生を楽しむコツは、童心を忘れないことだ。」

 気が付けば、俺はそんなことを口にしていた。

「誰の言葉?」

「さあ、誰だったかな。」

「ジェンツーでしょ。」

「正確には、あいつもどこかの漫画の受け売りと言っていたから、その漫画の作者の言葉だ。」

 ふーん、なんて漫画、と葵が尋ねてきたので、俺はその漫画のタイトルを教える。シンプルでインパクトのあるタイトルだったからか、その漫画を読んだことのなかったが、一度だけ聞いたその漫画のタイトルを、俺は覚えていた。あー、その漫画、知っているよ、と葵が答えた。

「ジェンツーって、たまにいいこと言うよね。」

「そうだな。あいつはすごいよ。俺なんか、大体がどこかの誰かの受け売りだ。」

「そんなもんじゃないの。言葉って、言葉だけじゃ意味をなさないんだよ。その言葉をさ、言うべきときに言えたなら、それはその人の言葉になるんじゃないかな。」

「好きだ、とかか。」

 俺が冗談交じりに口にする。

「――とかさ。」

 葵も口にする。一体どこに隠れていたのか。まるでタイミングを見計らったかのように、突然、蝉が鳴きだした。葵の側に立っていた俺は、微かにその言葉を聞き取ることができた。

 なるほどな。俺は納得した。俺の言葉は、葵に比べて確かに薄っぺらかった。


 気が付くと、あいつの姿が公園から消えていた。電話でもするか。そう思ったとき、ちょうど着信があった。

「アデリーか!?」

「どうした?探し物は見つかったか?」

「ここはどこだ!?」

「俺が聞きたいよ。」

「気が付いたら、コンビニいたんだが。ここか?ここに葵のタイムカプセルがあるのか!?」

「おまえが言うなら、そうなんじゃないか。」

 そうか。その言葉と一緒に、軽快な音楽が聞こえてくる。どうやら、コンビニ内に入ったらしい。金属棒二本持って店内に入るあいつの姿が思い浮かんだが、残念ながらそれは実現していないことに気が付く。今、俺とこいつは電話している。片手は塞がっている。

「おい、ここコーンポタージュ味があるぞ!待ってろ!買って帰ってやるから。」

 突然、ジェンツーの高揚した声が聞こえてくる。

「楽しみにしてるよ。」

 そう言うやいなや、通話が切れた。

「ジェンツーから?なんだって?」

「コーンポタージュ味があったんだと。」

「何の話だろ?」

「駄菓子じゃないか。あの、お手頃価格の、いろんな味のあるやつ。」

 蝉の声がうるさくなったせいで、俺は一文、一文、区切って声を大きくして伝えた。

「ところで、アデリーと、ジェンツーって、なんの名前?」

 葵も、声を大きくして、一節ずつ区切って言葉にした。

「ペンギンだ。」

 葵は聞き取れなかったのか、片耳をこちらに向ける。俺はもう一度、声を大きくして伝える。ペンギンだ、と。すると、葵は笑った。

「そのくらい、知ってるよ。ニックネームなの?」

「そんなところだ。」

 俺とあいつが葵に本名を伝えなかったのは、なぜか。「むしろ、本名を教えるよりも、こっちの方が、互いに忘れないだろ。」とジェンツーが言ったからだ。

 いつもの悪ふざけだったのか、それともあいつなりに考えた結果だったのか。どちらにせよ、俺たちと葵の付き合いは、まだ続いている。

「私にも、名前ちょうだいよ。」

 葵が言った。相変わらず、涼し気な顔だった。俺もあいつも、いつか言われるだろうと予想していた言葉。もし、そう聞かれたなら。二人が出した結論は、こうだった。

「そのうちな。」

 俺らとあいつの距離は、近すぎない方がいいんだよ。あいつの言葉だ。ただ、その言葉は、俺が口にするとあまりにも冷たく聞こえるのではないか。そのことに気が付き、俺は咄嗟に次の言葉を考えた。葵は、またこちらに耳を傾けている。

「タイムカプセル、埋めるか。」

 俺がそう言うと、葵が木の裏に置いてあったシャベルを二つ取り出した。雪国でもないのに、そんな本格的なシャベルを二つも持っているものか。俺のその疑問に対し、借りたんだと返す葵。ジェンツーに、と葵の言葉が続き、俺は納得した。


 タイムカプセルを埋める作業で汗だくになると思っていたのだが、やはり日陰にいるおかげなのか、意外と汗をかかなかった。

 ちょうど埋め終わったとき、公園の入り口に人影が見えた。その人影は、ひたすら走っていた。こんな炎天下の中で走るなんて無謀だ。そんなことをするやつは、俺は一人しか知らない。そして、そいつはおそらく、その一人だ。近づいてくるにつれ、はっきりしている。ああ、やっぱりな。

「買ってきたぞ。コーンポタージュ味。」

 ジェンツーは、汗を滝のように流しながら、アイスキャンディーの入った紙袋を俺に渡した。俺は紙袋の中に手を入れる。ひんやりと冷たい。袋の中から出てきたのは、アイスキャンディーだった。葵も、ジェンツーからコーンポタージュ味のアイスキャンディーを受け取る。

「いやあ、夏はやっぱりアイスキャンディーだよな。」

 ジェンツーは、別の袋から別のアイスキャンディーを取り出し、袋を開ける。青いそのキャンディーを、そいつは齧る。

「なんで、おまえはソーダ味を食べているんだ?」

「コーンポタージュって、なんかさっぱりしないだろ。やっぱ、夏はソーダだろ。」

「私も、ソーダがよかったな。」

「恨むならアデリーを恨め。コーンポタージュは冬の食べ物だろ、普通に考えて。」

 俺は、ジェンツーの口にコーンポタージュ味のアイスキャンディーを突っ込んだ。何すんだ、夏を満喫していた俺の口が冬に、いや、待てよ。案外うまいな、とそのまま、全部食べてしまった。蝉の声の合間に、葵の笑い声が聞こえる。

「ずっと、こんな日が続けばいいのに。」

 葵が呟く。今度ははっきり聞こえた。青い空に浮かぶ雲を眺める。夏なんだな。改めて俺は思った。

「そうだな。」

 そう口にしたのは、どっちだったのか。俺もあいつも覚えていなかった。

こんにちは。大藪鴻大です。

今回の物語は、以前、とある当サイトの作者様とコラボ企画を考えていたときに生まれた「大宮葵」さんの物語の断片です。

物語の冒頭の文章が少し趣向が異なっていたり、当物語の語り手であるアデリーさんの「ジェンツー」の呼び方が所々異なっていたりなど、短いながら、施行錯誤して書いた物語となりました。

物語のテーマも「子供と大人の狭間」とか「言葉の伝え方」とか一応あるのですが、何より楽しんで読んでいただけたのならば、幸いです。


それでは、またどこかでお会いしましょう。バイバイ!


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