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【更新停止中】漢方薬屋のにゃーん  作者: 帰初心
第一話 スコ令嬢と蜜柑箱の君(スコティッシュフォールド視点)
2/4

 ミー先生の出自は謎だ。




 いつの間にか王城の前にふらりと現れた、ちっちゃな白猫。

 病気がちだった王太子を独自の方法で治療し、王に医師として認められた。


 宮廷の情報によると、ミー先生の腕に惚れ込んだ王から、王太子の主治医になって欲しいと請われていたらしい。

 だけど《王太子の本当の病気は薬では治せないから》と断り、お店を城下に開くことにしたそうだ。




 ミー先生を言い表すと「白毛玉」である。

 顔や雰囲気は和猫に似ているけども、和猫よりもずっと毛がふさふさしていて、ちょっとだけ手足が短い。


 そして、二本のふわふわ白しっぽが特徴だ。

 二本しっぽの猫なんて見たことがないので、これだけで特別な猫だと分かる。


 細い毛は猫人令嬢のそれよりも、ずっと柔らか。

 気質はいつもゆったりのんびりで、そこらでひなたぼっこをしている老猫よりもさらに呑気だ。


 そしてなぜか、人型を取らない。


 ニャリング(先生は「どーなつ」と言っている)が大好きで、頭はとても良くて、ルマニアにはない異国の医療知識も持っているけれど、経営知識はまるでない。

 私がいなければ、とっくにこの店は潰れていた。 






 ミー先生の店名は【千紗漢方堂(ちさかんぽうどう)】という。


 ルマニア語に訳すと「おくすりやさん・ちさ」というらしい。

 先生が口にミニにゃんペン(猫人の子供用ペン)を銜えて書いて教えてくれた。


 「かんじ」と「ひらがな」。

 誰も読めない独特の字。

 一字でも深い意味があるそうだ。


「ふーん。不思議な文字ですね。ルマニアでは全く見かけません」

「み」


 なのにふと、既視感を覚える。

 

「『ミー先生のおくすり屋さん』で良いじゃないですか」

「み」


 ミー先生はふるふると首を振る。

 

「チサが良い。と……はあ。……ところでチサさんってどなたです?」

「みー!!」


 機嫌良くぶんぶんと振られる、二本のちっちゃいしっぽ。  

 どうやら本猫的にはとても大切な人の名前らしい。

 しかし……。

 

「チサはチサだよ、大好きなんだ。ですか。いまいち説明になっていませんが、まあいいでしょう」


 先生は本当に謎だ。




◇◇◇◇




「先生、ニャーン商会から本日荷物が届くようなので、そろそろ薬棚を整理しますよ」

「み」

「よろしくって……たまには手伝ってくださいよ。なんで人型にならないんですか」

「み?」


 店のカウンターの上にはお座りした毛玉が一匹。

 小首をかしげて誤魔化した。


(絶対に動かないぞ、これは……)


 ため息をついて、まとめた髪を頭に編み込んで三角巾で包み、箱の中身を生薬ケースに移し出した。 






 私の名はチュール・スコティッシュフォールド。

 一応スコティッシュフォールド家という公爵家の一人娘である。


 人の時は蒼銀の細かく波打つ髪と青い目で中肉中背。

 猫の時はスコティッシュフォールド一族の中でもかなり長めの毛を持つ。


 本来は社交界で忙しいはずの身である。

 が、訳あって現在は宮廷を離れ、白い子猫の漢方薬屋で唯一の従業員として働いてる。


 実年齢は十七歳。

 行き遅れの心配があるお年頃だ。


 だけど猫の姿は子猫のまま。

 猫の魂が成長しないまま、ミー先生と同じくらいの姿を保っている。






 私は仕事をする時は基本的に人の姿だ。

 地味なドレスの上に、実家の侍女からもらった白いエプロンを付け、三角巾を絞めて作業している。


 ――――なぜ猫の姿でやらないのかって?


 肉体労働に猫のふわふわな前足はいささか辛い。

 そもそも借りたいと言われても、役に立たないからこそ猫の手というのだ。


 そして決して人の姿を取らないミー先生。

 ふわふわ毛玉のまま私が番号を間違えずに入れているのを眺めていると、やがてくあっと小さな口を開けてあくびをし、丸まって寝始めてしまった。

 

「先生。下に敷いている書類は商工会に出す更新届ですよ」

「み……」

「もう、またうっかり書類に爪たてて破らないでくださいね」

「……」


 背中の毛よりも繊細な腹毛がゆったり上下するのを眺めながら、私は作業に戻った。




 カウンター越しにずらりと並んだ、ガラスの円柱瓶の生薬ケース。

 生薬を組み合わせて漢方薬にしたものは、特製の紙袋に入れ、湿気を防ぐ特別な製剤棚に並べてある。


 少し古びた様々な色合いの生薬たち。

 壁一面に並ぶと、まるでアンティークのよう美しい。

 築四十年のシックな店内に違和感なく溶け込んでいた。




 先生がよく使うのは、生姜しょうきょう甘草かんぞう人参にんじん葛根かっこん大棗たいそう柴胡さいこ麻黄まおう桂皮けいひ茯苓ぶくりょう黄耆おうぎ辺り。


 この国に昔から在る伝統医療・ハーブとは少し違う。

 生薬それぞれに効能があるが、組み合わせにより効かせ方が変わる。


 私は三種類の生薬を、処方用の薬箪笥に補充した。

 先生が今度調合すると言っていた、麻黄まおう石膏せっこう桂皮けいひ

 この三つなんか典型だ。


「ええと、確か麻黄まおう石膏せっこうで熱冷まし、麻黄まおう桂皮けいひで体温を上げる効果、と。いつもこの辺りがややこしいのよね。先生、これで良いんですよね?」 

「……」


 ちっちゃな二本のしっぽがぴくぴくと動いた。

 どうやら合っているようだ。




 漢方薬とは、生薬をパズルの様に組み合わせて効果を変幻自在に変えていく。

 一味(生薬一種類を一味と呼ぶ)の量を変えても、効果は断然変わる。


 生薬とは、さじ加減一つて毒にも薬にもなる存在。

 これらを人の体質や病状によってぴったりの薬として組み合わせるためのルールが、漢方医学なのだそうだ。



 

 製剤棚にはすでに作り上げた既製品も置かれている。

 万年人気商品の風邪薬・葛根湯かっこんとうの袋や、最近老猫に人気の人参養栄湯にんじんようえいとうの袋などが、ずらりと並んでいた。


「最近寒くなってきたから、呉茱萸ごしゅゆ附子ぶしも足しておかないと……あら」


 同じ温める生薬。

 呉茱萸ごしゅゆはお茶にして飲める。

 独特で人を選ぶ味のお茶だ。

 端的に言えば、酸っぱくて不味い。

 大抵の猫は逃げる。


 だけど附子はお茶どころか……うっかり沢山取るとあっという間に猫天国行きの、強烈な毒だ。


 謎猫・ミー先生は、扱う薬も実に不思議な代物だらけだった。

 先生は「漢方は難しくないよ。身近な食材だって出来るんだよ」とみーみー主張するけれど。


(そう、例えば……これだ)


 右端に、からっぽになっているガラス瓶があった。

 取り上げて中身を確認するが、カピカピのへたのカスが隅っこに残っているだけだった。


陳皮ちんぴの瓶がもう空か。珍しく三年物の干し皮だったのに。でもそろそろのミカンの収穫の時期だから、今度は多めに干しておこうかな」


 在庫を計算し、カラカラをガラスを振る。

 陳皮ちんぴはミカンの皮をしっかり干して作った、胃薬だ。

 胸のむかむかにも良く効く。

 

「あの人に追加で持ってきてもらおうかな」


 ニャーン商会の担当者の姿を思い出す。

 胸がほっこりとした。


 あの人は変わっているけれど、猫人の男とは思えないほど、とっても働き者なのだ。






 ちりりん。


 そこに小さな呼び鈴の音がした。

 私は慌てて三角巾を外す。

 

「お客さん? ちょっと待ってて。先生は今お昼寝中なので……」

()()


 聞きなれた低音の美声に体が固る。

 恐る恐る立ち上がり、カウンターから少しだけ顔を出す。


 入り口にずらりと並んだのは……王立騎士団だ。

 うっすらとした金のラインが入った黒いコートを着込み、しまった腰を太いベルトでしめ、それぞれの体格の良さを際立たせていた。


 何よりもそのつら

 

 美麗・美形・美丈夫・美男。

 どの表現でも足りないほど全員顔が良い。




「そろそろ騎士団に戻ってくださいませんか。貴女がいないと騎士団が回りません」


 先ほど声を掛けてきた、美声の持ち主が一歩私に近づいた。

 カツンという黒革靴の音が癇に障る。


「貴女は異邦猫の手伝いで人生が終わって良いはずがない。その才能と能力を国のために使って欲しいのです」


 良く鍛え上げられた上半身。

 背中にはごく緩く波打つ金色の髪が、たてがみの様に流されている。 


 彫りは深い方だ。

 だか男くさくはない。

 むしろ上品に引き締まった顔は、彫刻の様に美しい、という表現の方が合っていた。


 そして輝く金色の瞳は力強い。

 見つめられると、まるで捉えられたような錯覚に陥るほどに。


「それに、私とて愛らしい貴女がいないと……つまらない」


 たてがみ男は私の手を取って、そっとキスをしようとした。

 べし、と不快なそれを叩き落とす。




 しゃー!


 魂の牙で威嚇をした。

 エプロンで超手を良く拭きながら、やつのエロい金目を睨み返す。


「もう二度とタダ働きなんて御免よ。あなた達もいい加減仕事をなさい!」

「そうはいってもチュール。貴女が団長ですよ。大好きな書類もたくさん溜まっています」

「仕事が好きなのではありません! やりがいを感じる仕事が好きなのです」 

「同じなのでは?」

「違います! 私は貴方たちのお母さんでも飼い主でも下僕でもありません。自分で出来る仕事は自分でなさい!」

「猫人にそれを言いますか? 団長が騎士団の改革を始めたのではないですか」

「それはもう失敗して私は追われた身です! それに勝手に団長を譲られても納得していませんから! 王が何を言おうがお断りです!」


 リカルドはしゅんと、見えないみみをぺたりと垂れている。

 う。まるで私がいじめたように見えるじゃないか。




 彼は続けた。


「あの時去ったユーゴもノアも、チュールが団長として戻るなら帰ると言っています」

「……そう言われてもね」

「王太子も、貴女のことをずっと待っているはずです」

「それだけは無いわね。あの顔だけハーレム男が殊勝な訳がない」

「チュール、王太子は……、まあ、いいでしょう。それよりも」


 彼は音もなく、しなやかにカウンターの中に入ってきた。

 私の前に立つ。

 そしてじっと目を覗き込むと、切なそうに美声で囁いてくる。


「チュール。私はあの頃の貴女を忘れられないんです。責任を取ってください。団長職が嫌ならとりあえず私を養ってください」

「話がずれています。そして全てお断りします。リカルド()()!」

「私はもう副団長です」

「団長です! 責任を感じてください!」

「もうすでに私の心はチュール団長の下で飼われてぬくぬくと毛並良く暮らすペットです。養ってください」

「ヒモライオン、帰れー!!」


 私の怒鳴り声も軽くスルーするリカルド。

 全く引かないリカルドの向こうで、飽きた騎士団の一般団員たちがガチャガチャと武器を下ろし、勝手にソファーでくつろぎ始める。

 その一方で目キラキラと輝かせて、周囲を見回していた。


 あれは危険な兆候だ。




 ……昔、私が爪と拳で躾けただけあって、流石に商品を触ろうとはしない。

 だが、見えない猫耳としっぽうずうずと振られ、見知らぬ大量の「棚」に興奮し、『飛び乗りたい』と思っているのが手に取るようにわかる。


 ――――このままでは奴らは暴れる。


 今は美形を保っているが、すぐに猫の姿に変化して、本能であの貴重なガラス瓶を押しのけて、隙間でお昼寝をしようとするだろう!




 焦る私の前で、手を叩かれて残念そうなリカルド。

 だがその目は笑っていない。

 どうにかして私を連れ戻したいと思っているが、正面からタイマンを張ったら勝てないと知っているから、今の私の弱点を探っている。

 そんな目だ。


 やつの出身――――ライオン家の連中は、堂々とした言動の割りに抜け目がないのだ。


 輝くような美丈夫が愁いの陰を帯びると、途端に色気が溢れだす。 

 むせ返るようなフェロモン。

 哀愁を湛えるその姿に、多少なりとも保護欲が刺激される。


 だけど。

 もう誰かを可哀想だなんて考えるのは止めたのだ。


「……騙されないから」

「騙されないだなんて……私は本当にチュールを尊敬していますし、愛しています。女性としてもこんなに素晴らしい方に会ったことがない。今、騎士団はこれまでになく入団希望者が押しよせています。ですが、私とリュカだけではとても回せないのです。貴女がやってきたことを無駄にしないためにも、騎士団に帰ってきて欲しい。王も反省しています」

「私は貴方たちに関わったことを反省しています」

「チュール」


 リカルドは膝まづいて許しを請うた。


 豪奢な髪が前に揺れる。

 冷たい目で見下ろす私に、切実に彼は訴える。


「貴女が必要なのです……少しでも私を気の毒と思ってくださいませんか?」


 


 ――――私は知っている。


 猫人の男のというものは、つらが良いほど、ヒモ気質なのだ。


 可愛がられてなんぼ。

 惚れられてなんぼ。

 女に貢がれてなんぼという厄介な連中。


 特にこいつらは猫人のエリート中のエリート。

 能力と性格が反比例した典型。


 つまり………。


「チュール」

「あのね……」

「とりあえず、飲み屋のツケが溜まっていて今夜家を差し押さえられるので、お金を貸してください。二百万ニャンほど」



  

 超・ダメ男の集団なのだと!






 ――――血圧が上がり過ぎて倒れそうな私に、救世主が現れた。


「……こんにちは。ニャーン商会です。本日の荷物をお持ちしました」

「お待ちしておりました!」

「げふっ」


 私はリカルド(だめおとこ)を蹴り飛ばし、一も二もなく店の裏口に走って行った。


「あの、ここに肉球ハンコを……どうされましたか。随分と嬉しそうですね」

『いいえ、気のせいです! はい、ハンコ』


 私は子猫の姿になると、ぽてぽてと裏口の脇に備え付けられた特別製の朱肉の蓋を開け、ぺしぺしと肉球を押し付ける。

 そして、彼がそっと優しく差し出した伝票にえいっと肉球をぺたり。


 綺麗に押された印を確認してうんうんと頷いている彼を、キラキラとした瞳でおすわりして見上げてしまう。




 すらりとした体型に、灰色の作業服。

 騎士団と比べると見劣りするけれど、荷物を運搬する仕事で鍛えられた、実用的なしっかりとした体躯。

 インクで汚れた爪も、労働の汗を流した臭さも、私にとっては好感度上昇ポイント以外の何物でもない。


 見上げれば見上げるほど、胸がときめく。


 そして―――――首から上は、箱だ。

 ミー先生の国の言葉で《三日月蜜柑⦆と書かれた、薄茶の厚紙の箱。

 





 彼は出会った頃からずっと箱を被っている。

 

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