白い子猫のミー先生
ここはルマニア大陸。
人の姿と動物の姿を行き来する、変身人種が暮らす国。
大陸南東部に位置する、猫人の暮らすコタツ王国では、最近珍しい薬屋が開店した。
なんでも猫を極楽に誘うまっさーじ「あんま」や、
鋭い切っ先で猫を恐怖に陥れた後に、最高の気分に上昇させる「はり」や、
猫を駄目にする国民具・コタツに似た効果を示す「おきゅー」。
最後に。
どんな病気の猫でも元気になる「かんぽー」という薬を扱っている、不思議なお店だ。
『で、ミーさん先生。私の腰痛の原因は何かのう。あんまは気持ちが良いが、すぐに痛みが戻ってしまうんじゃ』
「み」
まん丸と毛並みの良い白い子猫は、目の前の説明用紙に肉球を置いた。
子猫に対面するのは、机の前でお座りをするキジトラの老猫。
老猫はゆるりとしっぽを横に振り、「ほおお」と耳をぴくぴく動かす。
『……原因は【気虚】(※)……読めん』
「み!? み、み」
『「ききょ」と読むと。ほう、ほう。年のせいだけではなく、胃腸の疲れから痛みが発生することがあるとはのう。たしかにじーさんが死んでから、肉も食べる気がせんのじゃ』
「み!」
『すまんのう。ちゃんとご飯は食べるわい。じーさんもわしの毛並みを綺麗と言ってくれたからの。先生ほどでは無いが、栄養をつけて元気(※)になって、ぴかぴかの毛にならんとな』
「み」
ミーさん先生と呼ばれた白猫は、うんうんと頷き、二本のしっぽをぶんぶん振った。
そして机から飛び降り、対面カウンターに向かう。
小さな白い毛玉はカウンターを軽やかに飛び越え、薬品棚に飛び乗った。
はぐ、と青い薬袋を口に銜える。
袋の表には【人参養栄湯】(※)と大きく書かれていた。
老猫に薬袋を渡すと、店の奥から女性の可愛らしい声がする。
「先生! ニャーン商会から木箱が届きました。マタタビ箱と一緒に並べておけば良いですか?」
「み」
『ミーさん先生。ありがとうな』
「み!」
ゆったりと机から降りた老猫は、ほてほてと店先から出ていった。
もみ。
満足げに見送る白い子猫の背中に、ふと。
ピンクの肉球が当てられた。
『先生……』
もみもみと、ちっちゃな肉球が背中が押してくる。
甘えたいのかな?
白い子猫が振り返ると、恨めしそうな蒼い双眸。
どうやら抗議のもみもみのようだった。
振り返ると、蒼銀のふわふわの毛を持つ、愛らしいスコティッシュフォールド家のご令嬢がご立腹だった。
『先生……またお代をもらっていませんね』
「み?」
『小首をかしげても可愛くありませんよ!……もう、先生。なんでちゃんと経営をしないんですか。生薬が高騰していると前に愚痴っていたじゃないですか!』
「みー?」
『誤魔化さないでください!』
しゃー!
しっぽを膨らませて怒る令嬢。
自分と同じくらいの背格好の子猫が毛を膨らませても、可愛い以外の何物でも無い。
白い子猫は軽くあくびをして、愛らしい従業員からとてとてと逃げた。
店から出ると、穏やかな秋の空。
そこは王城に続く街道から、一歩外れた裏道だった。
見渡すと、行き交う住民は猫、猫、猫。
虎にライオン、サーバルキャット。
たまに人の姿になって、大物の荷物を運んでいく。
ここは猫人の国。
あらゆる猫科の生き物たちが、ゆったりと毛皮をなびかせて、毎日のんびり生きている。
『あ、先生。今度うちの子を見てよ』
「みー」
トラ猫に声を掛けられた。
開業してから、白い子猫にはもうたくさんのお客さんがついているのだ。
白い子猫は機嫌良く承諾して、のんびりと王城近くの公園に遊びに行った。
あそこには気持ちの良いお昼寝スポットがある。
これは白い子猫が、猫のしょうもないお悩みを解決しつつ、漢方薬屋を営むお話。
漢方医学解説
【気虚】
目に見えないエネルギー(熱、生命力、精神力)の総称・気。これが足りない状態。
【元気】
気の元。生命力の源ということも。元々漢方用語。
【人参養栄湯】
名前の通り、栄養状態を改善する。