第六章22 『魔王とは』
魔王はサタナキアとの交渉を終え、無事にサキュバスとも再会を果たした。
そしてルシファーの厚意により、その日は城塞に泊めてもらうこととなる。
しかし晩餐の途中、ルシファーは退席の際に魔王に小声で「夜、皆が寝静まった頃に部屋に来い。話したいことがある」と言ってきた。
魔王はサキュバスや雪女に気取られぬように部屋を抜け出し、ルシファーの言うとおり、彼の自室へと足を運んだ。
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「お、おじゃまします……」
ルシファーの言うように部屋にやってくると、彼は未だに堅苦しい恰好のままでソファに座っており、対面に座るように促してくる。
彼の自室は本棚に埋め尽くされた部屋で、魔王の趣味悪で面妖な部屋とは違い、書斎のような厳かな空間だ。しかし、カーテンを締め切り、二つのカンテラの明りが揺れているため、どこか不気味な雰囲気だけは拭えない。
バタン。
「あの、話って――」
「私の前では、振る舞わなくともよい。ここには特別な陣を敷いており、外部の者に話を聞かれる心配もない」
「え?」
ソファに座るなり、突然そんなことを言われてしまう。
一体何のことかと悩んでいると、ルシファーは付け加えるように一言放ってきた。
「単刀直入に訊こう。キミは、魔王ではないな」
「やっぱり、気づくか……ってか、昨日のうちに気付いてましたよね」
「ふっ、敬語はよせ。我らは兄弟だぞ」
「え? でも俺は――」
「ただの確認だよ。弟ではなく、キミでなくては、話にならないのでね」
俺じゃないと話にならないって……どういうことだ?
もしかして、交渉の事か?
「先程の交渉、見事だった。あのような芸当、気づく者はそうそういないだろうが、気づいた者からすれば異質さを感じ得なかっただろうな。あの腕っぷしだけの横暴魔王に何が起きたのかと」
「……」
なんか、全て見抜かれてないか?
さすがは悪魔皇帝……只者じゃない。
「私は守秘義務を通す悪魔だ。……何があったのか、いや、どうしてキミが魔王となってしまったのか、その経緯を教えてはくれないか?」
ルシファーは魔王の兄。そんな人に、隠し通すわけにはいかないだろうし、隠し通せる気もしなかった。
「実は―――」
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「成程。……すまなかった」
「え……どうして、謝るんですか?」
「我が不出来な弟のせいで、キミに多大な迷惑をかけてしまった」
「……そんなこと、ありませんよ」
「そうか……そう言ってくれるとありがたい。しかし、あいつは死んだのか?」
「はい、多分。もう声も聞こえなくなって」
「……そうか、わかった。改めて、ありがとう……キミがいなければ、魔界は荒れていただろうからね」
そう言ってルシファーが頭を下げてくる。
照れくさい気分と、湧き出てくる感情で涙が出そうだったが、必死に堪えた。
きっとこの人は、魔王の死を悲しんでいないはずがない。それを隠しているのに、俺だけが嬉しくて泣くのは失礼だ。
「そ、そういえば……どうして俺をここに? 正体を確認するためですか?」
「先ほども言ったが、敬語はいらぬ」
「で、でも、急には無理ですよ……他の魔物の前ではしますけど」
「面白い男だ……まあよい」
そう言ってルシファーは一息つくと、真剣な表情に切り替わる。
その面影は、最近見るようになった鏡の前の自分そっくりだった。
この人は、サタンの兄。それを実感させられる。
「キミを呼んだのは、真実を伝えるためだよ」
「真実、ですか?」
「そう。魔王とは、どのようにして生まれ、本来はどのような存在であるのか。それを教えようと思ったのだ」
「それなら本で――」
「本には記されていない真実があるとしたら?」
「え……」
「大悪魔ルシファーが、初代サタンの本名だと言ったらどうだ?」
「は? 初代サタンってことは、最初の魔王……え?」
どういうことだ? 理解が追い付かない。
サタンがルシファーだった? じゃあ、俺の目の前にいるルシファーは?
何を言ってるんだ、この人は……。何を知ってるんだ?
「実はルシファーとは、初代サタンがかつて『天界』で呼ばれていた頃、『天使』だった頃の名前なのだ」
「は?」
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「あの、よく意味が分からないんですけど……それに、どうしてそんな史料にも載っていないことを、俺に教えようとするんですか?」
「キミだから、我らの真実を語ろうと思えた。しかしそうだな、順を追って話そう。混乱させてしまったようで申し訳ない」
「え、あ、まあ……とりあえずさっきの天界? でしたっけ? ……なんですか、それ」
「天界とは、この世界を創りし神の世界……天使の住む世界だ」
「天使の住む世界……」
ゴクリ。
その言葉に自然と喉が鳴った。
呼び出された時から何かあるとは予感していたけど、まさかこんなことを話すなんて。
いやまあ、魔王とかいるから天使がいても不思議はないんだけど……さすがに、急に信じるのは難しい。会ったことないし。
「信じられないか?」
「……まあ」
「では、キミがどうしてこの世界に転生したのか、不思議に思ったことはないのか?」
「そりゃあ……ありますけど」
「先程の話から推理すると、キミは天界の意思によって転生させられたと見て間違いないだろう」
「え……でも、そもそも俺は住む世界が違いますよ?」
「死後の世界は、全ての世界とつながっている。奴らであれば、別世界の者を転生させることも可能だ。いや、それ以上にキミの転生を説明する理論は、この世界に存在しない」
俺が天界の意思で呼ばれた?
何のために?
そういえば、魔王と勇者で戦うように仕向けてたよな……。
なんにせよ、情報が足りな過ぎる。
「詳しく、教えてもらえますか?」
「そのつもりだよ。では、サタンについて話していこう。そうすれば、順を追って理解できるだろうからな」
「お願いします」
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「先ほど言ったように、初代サタンは元々天界の者。光の男神……天使ルシファーとして永遠の命を持ち、天界で人間界を監視していた」
「監視、ですか……」
「そう、天界の役割は世界の維持。その為に世界に干渉することもあり得る」
世界の維持……秘密結社みたいだな。
「それならどうして、魔王になってるんです? 今の説明だと、魔王が誕生した経緯に結びつかないような気がするんですけど」
それを訊ねると、ルシファーは神妙な面持ちになった。
「キミは、このような監視者の役目をどう思う?」
「……そりゃあ、立派だと思いますよ。この世界の創生者ですし」
「実際は、そんなに立派なものではないよ。
キミも、かつての世界で神を恨んだことはないか? どうしてこんな世界になったんだ。そう嘆いたことはないか?」
そりゃあ……幾らでもあるけど。数えきれないほどに。
「天界の者達は、そうやって苦しみ足掻く生物を見ることに、悦楽を感じるようだ」
「え……」
「天使ルシファーは、同じく天界に生きる天使達に疑問を抱いた。
そして人間や動物、下界の者達の命を弄ぶ他の天使に怒りを覚え、同じ思いを抱く者を集めて大天使ミカエルに挑んだらしい」
挑んだって……もしかして。
「想像通り。天界の大戦でルシファー達は敗北した。
その後、下界へと落とされ、寿命を得ることとなった彼らは堕天使となり、ルシファーだけが天使であった頃の記憶を保持できたらしい」
「それって……他の堕天使は、記憶がなくなったってことじゃ」
「そうなる。だが、ルシファーは自らをサタン……つまり魔王と名乗り、奮起を誓った。
共に堕天した天使達に――
”ルシファー” ”ベルゼビュート” ”アスタロト” ”サタナキア” ”ルキフグス” ”フルーレティ” ”ネビロス” ”アガリアレプト” ”サルガタナス”
――と名を与え、大悪魔と称し、天界を倒すべく彼らと共に魔物を作り出していった」
「そんな……」
魔物を作り出したのが魔王であることは知っている。
しかし、これじゃああまりにも……皮肉すぎる。
全ては人間を弄ぶ天使を倒すために作り出した魔物が今や、人間の害となっているのだから。
「他の大悪魔は知っているんですか?」
「彼らは真実を知らない」
「え……」
「言っただろう? 記憶を失っていたと。初代サタン、つまり天使ルシファーはそれを利用したのだ」
「利用……? どうしてそんなことを?」
「簡単だよ。自分の味わった屈辱を、仲間に感じてほしくなかったのさ」
「……そんな理由」
思わず呟いてしまったが、そうとも言い切れないか。
それほどまでに、初代サタンは同胞のことを思ったのだろう。もしくは、自分の身勝手で堕天させてしまったことへの罪滅ぼしとも考えられる。
言い切れるのは、サタン――つまり「魔王」と自らを称した元天使ルシファーは、人間の敵などではなく、人間を護るべくして戦う存在だったということだ。
それが、どうしてこうなったんだ。
「……あの、どうしてそのことを、あなたが知っているんですか? サタンは、記憶を自身の内側に溜め込んでいたはずなのに」
「初代サタンは、天使であった頃の自らの名前を授けた大悪魔ルシファーにのみ、全てを伝えた。知の伝達者としての役割を与えてな……。
そして我々、知の伝達者は代々、この真実を秘匿し続けてきた。話すべき時が来るのを待って」
「それって……」
「人間との争いを避ける、知能を持ったサタンが誕生する時だ」
「……!」
それが、俺ってことか?
「どうして、そんな……」
「初代サタンにも、誤算があった。人間との間に種の違いによる亀裂が生じてしまい、共存することができなかったことだ。
彼は小さなテリトリーを形成し、そこに魔物や大悪魔を集めた。魔界と呼ばれる領域の前身となる場所だ。だが、魔物の中には納得しない者もおり、人間との争いに発展してしまった」
初代サタンの願っていないことだろうな。
彼は人間を助けるべく、行動しているのだから。
「初代サタンは、当然のように魔物を止めようとした。しかし、止まらない人間がいたのだ」
「止まらない人間?」
「勇者だ」
「……!」
ここでその名前が出てくるのか……。
「勇者は初代サタンを討ち滅ぼしてしまった。
それにより、魔物たちは人間を完全排他の対象とし、初代サタンの思惑通りに事が進むことはなく、やがて人間とだけでは飽き足らず、現在のように覇権争いへと発展したという」
「……あの、もしかしてとは思うんだけど」
ルシファーの言葉を聞いた瞬間、一つの可能性が見えてしまった。
「勇者は、天界が作った存在なんじゃ……」
「……見事。その通りだ」
「そんな……じゃあ、人間の意思じゃなくて、初代サタンは、天界に殺されたってことじゃ……」
「そうなる。勇者という魔王の天敵を作り出し、人間と魔物の争う構図を作り出したのは、大天使ミカエルの仕業だ」
「……」
どんな感情か説明がつかないが、それが溢れてくる。
だってこんなの、あまりにも……。
「前の魔王……あなたの弟は知ってるんですか?」
「知らぬよ。先代の親父達も同様だったらしい。彼らは人間界の侵略・魔界領土の拡大しか考えていなかった。それでは到底、大天使ミカエルには勝てない。魔物の絶滅も考えられただろうな」
「それで、あえて言わなかった……」
「そういうことだ」
だが、頷くルシファーの顔は悔しさに溢れていた。
初代サタンの教えを守り、ルシファーと名を継いできた先代の思いを知っているからか、はたまた、何もできない魔界と、知っていながら何もできない自分を責めていたからなのか。
そんな秘密を、俺に教えてくれた……。
これは、きっとそう言う意味だろう。
「俺に教えたということは、そういうことなんですか?」
「キミは、弟や親父達とは違う。だから可能性をみた。これをどうしても伝えたかった……知の伝達者としての、ルシファー族……そして初代サタンの悲願を」
そう言ってルシファーは頭を下げる。
それを見て、俺は心臓が高鳴った。
だって、俺の第二の人生が……まさかこんな壮大になるなんて考えたこともなかったからだ。
ちっぽけで狭い世界に生きていた、あの時の俺に教えてやりたい。
俺、すげぇことになってんぞって。
なあ、以前の俺。お前だったらきっと、逃げたいって思うよな。主人公なんて願い下げだろ?
でも今は違うんだ。あんな話聞いて、黙ってられない。
そんな風に胸を高鳴らせていると、ルシファーはこちらを見てくる。
「教えておきたいことがある。初代サタンが、何故、自らを魔王と名乗ったのか、キミには想像がつくか?」
「それって、もしかして……」
俺は彼の次の言葉に耳を傾けた。
そして、一気に鳥肌が立つように、全身がぶわっと沸騰したかのように、次の言葉が、芯まで響く。
「”魔王”とは――、天界を滅ぼす者として、初代サタンが願いを込めた名前。
彼の”天界への怒り”と”天使への絶望”を込めた『魔を滅ぼす王』。それが魔王だ」
「――!」
「人を護ろうとした堕天使の反撃の意志を、初代サタンは魔王という名として残した。……私は、これが魔王なのだと、キミにどうしても伝えたかった」
きっと、これが真実だ。点が線になった気がする。
実は俺も、悪魔や魔界の史料を読んでいて不思議だったんだ。どうして突然、魔王のような存在が現れたのか。
俺はそれを、ファンタジー風の異世界だから何でもアリ。と勝手に解釈した。
だが今聞かされた話を総合すると、理解が追い付いてくる。
「全てを踏まえて、お願いしたい。我ら堕天使の悲願、天界への反撃に協力してほしい」
……いま頭の中で、ここへ来たときの声を思い出す。
やたらうまい話だとは思った。勇者の言い分は間違っていなかっただろう。
もし、あれが天界の声だとしたら、きっと俺は連中にとって面白く踊る人形かもしれない。
勝手に落ち込んだり、奮起したり、魔王を演じたり、落ち込んだり悩んだり……腹を抱えて笑われただろうな。
初代サタンはかつて、空からそれを見て笑う行為に憤怒したという。
人間を玩具にする天使に憤怒し、同胞をかき集めて大天使ミカエルと戦った結果、彼は地に落とされた。
それが今では、代々のアホ魔王のせいで人間と抗争することや領地を拡大することに執着するようになった。そして果ては統率がとれなくなり、魔界内の覇権争いなど、くだらないことに発展していく。
こんな状況では、きっと天使たちには勝てないだろう。
きっと、またしても天界にとってのコメディ番組になっているに違いない。レギュラー番組だ。録画必須の重要な番組だ。
それってさ、俺のことを好きって言ってくれた人や、信頼してくれる人も馬鹿にしてるってことだろ。笑い者ってことだ。
「……っ!」
わかるよ、初代サタンの気持ち。前の俺はわからなかったかもしれないけど。
今は、怒りで頭がおかしくなりそうだ。
「協力します。俺も黙っちゃいられないんで」
「……! 感謝する。私も全力で手を貸そう」
「いや、それはまだ待ってくれませんか」
「……どうしてだ?」
「悪魔はまだ、中立の場を守るべきです。こんな状態の魔界じゃ、あなたの口ぶりだと天使に滅ぼされて終わる。だからまずは、統率するべきです」
「そうか……私は口出ししない方が良さそうだな」
「後々、助けてもらいます。……その時は頼むよ、兄貴」
「……ふっ、ふははは! そうだな、弟よ」
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こうして誰にも知られることなく、俺はルシファーに真実を聞かされた。
そしてようやくわかった。俺がこの世界に転生した理由も、勇者と争わされる理由も。
きっと、人生をやり直すなんてデマだ。俺を奮起させるためのエサだ。
もしかしたら、前の世界でも俺は笑い者だったのかもな。
勝手に自分から死んで、滑稽だっただろうな。
だからさ、お前らにも見せつけてやるよ。
大穴で、パドック最低人気の俺が、人生のレースを後方から荒らしてやる。
腰を抜かす準備は万端か?
人間、なめんなよ。




