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社畜魔王とクズ勇者  作者: 新増レン
第六章 「社畜魔王、愛を知る」
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第六章19 『秘密の交渉』



 魔王は交渉を終えた。

 しかしその内容は、サキュバスからは異質に思えた。

 それもそのはず。

 実はこの交渉の最中、もう一つの重大な交渉が、秘密裏に行われていたのだから。

 その真相を知るためにも、交渉の前段階が終わり、休憩となった頃まで遡る。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 休憩を提案するとあっさりと受け入れられ、一息つくことができた。


「ふう……」


「魔王様、お疲れ様です。しっかり見ていました」


「ありがとう……」

「肩、治療しますね」


 そう言ってセイレちゃんは俺の肩に両手を当て、ゆっくりと魔法を使ってくれた。

 暖かな水に包まれ、肩がだんだんと軽くなってくる。心地よいマッサージのようだ。


「軽くなった……ありがとう」


「い、いえ……魔王様、やはり動くのですか?」


「もちろん。セイレちゃん、いくよ」

「はいっ」


 俺は予定通り、休憩で離席したサタナキアの後を追った。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 すると、彼は部屋を出た先の廊下におり、こちらを見ると慌てるように取り繕った。


「これはこれは魔王様、どうなされました?」


「いや、少し話をしようと思ってな」


「話?」


 きっと護衛と一緒に談笑していたのだろう。

 これで下級悪魔の信頼を取り戻せて、計画も成功する。そんな風に嘲笑っていても不思議ではない。


「手短に済ませるつもりだ。今回の領域侵犯の件を話したくてな」


「何のことです?」


「サキュバスを連れて行ったのは、お前だろう?」


「いえ、彼女の意思ですよ。私は、迎えに行ったのですから」


 やはりそう来るか……。

 ここなら公開されることもない。あの切り札を切らせてもらう。


「――であれば、どのように我々の領域に踏み入ったのか、聞かせてもらおうか」


「それはサキュバス様を迎えに――」


「俺は、方法を訊ねている。どうやら、大悪魔の仕業だと思えるのでな」


 そこまで言うと、ようやくサタナキアの表情が険しくなる。

 先程までの戦勝ムードとは打って変わり、こちらを睨みつけてきた。

 それに、大悪魔の単語を出した瞬間の食いつきよう……予想的中だろうな。


「それは言いがかりでは?」


「事実だ」


「なぜ、そう言い切れるのですか? いや、それよりも……こういった話は、後の交渉でいたしましょう。ここでは、公開にならないですからね」


 随分な自信だな……。

 その鼻っ柱、折ってやるよ。

 社畜の時代、何度権力がほしいと願ったことか。それがあれば、俺の言葉は聞き流されることもない。

 力を持つんだ。


「いいのか? 後ほどの交渉の際、俺はお前の行動を全て口にしてしまうかもしれんぞ。条件に反することなく、嘘を言うこともできないからな」


「行動の、全てだと……?」


 ようやく疑い始めたな。それでいい……。

 実際に俺は、サタナキアの行動を全て見切ったうえで持ちかけている。

 奴が嘘を見抜こうとしてくれなければ困る。


「サタナキア様。これは明らかに交渉の意図に沿わないものです。お下がりください。さすがに魔王様と言えども、これ以上は――」


 何を焦ったのか、護衛はこちらに刃を向けようとしてきた。

 しかし、頭に血の上った護衛とは違い、冷静なサタナキアは手で制する。


「やめろ」

「ですが……」


「仮にも、この方は魔王様だ。次の交渉で傷を負っていればどうなるか、想像すればわかるだろう」


「……すみません」


 サタナキアにたしなめられ、護衛は下がった。

 こちらも、セイレちゃんに視線を送っておく。どうやら彼女も臨戦態勢を取っていたみたいだ。


「もう一度うかがっても、よろしいですか?」


 それでいい。

 ここで、協力者の存在を突きつけてやろう。


「ああ。何度でも言おう。俺はお前の行動を全て見抜いている。お前が今回の交渉で何をしようとしているのか、そして、とある協力者に対する秘密裏のアピールも兼ねていると」


「……!?」


 よし。

 サタナキアが、正直に疑ってくれたようだ。


 奴は今、明らかに表情が変わった。こちらの嘘を見抜こうとしていたからだ。


 だが、それがお前の首を絞める……。強力な力を持っている連中ってのは、そういった力を絶対に信じている。これは前の世界からの鉄則だ。


 そのサタナキアが、俺の言葉に嘘偽りがないことを悟った……するとどうなるか。


 すべてが見抜かれていることを、察するわけだ。

 それも、俺が補足せずともサタナキアは勝手に確信してくれる。


「どういう、ことだ……どうして、いやどうやって……」


「まだ信用できないか? それならば仕方ない。俺は交渉の場ですべてを口にするまで」


「ま、待て!」



「お前が、フルーレティの気を引きたいがためにサキを利用し、更には魔界全土を巻き込んで皇帝のメンツを汚し、自身の目的のためだけに下級悪魔を利用しようとしている。とな」



「な、な……!」


 今度は、確実に動揺しただろう。

 こいつの計画は、そう言われても仕方のないものだ。

 それに、的中のようだった。


「これが知れ渡れば、お前の名誉回復は程遠いだろうな。さらに傘下の残り少ない悪魔は、俺もしくは兄の下につく。

 先程提案してきた選択権、あれはいいよなぁ。きっと誰もお前に付き従おうとはしない。好きな女のために下級悪魔を利用したんだからな」


「それは違う! 俺は本当に下級悪魔を――」


「救済する気はあった。そこは知っているさ」


「なら――」


 だが、それでは説明が足りない。

 下級悪魔の信頼を取り戻し、離反した連中に戻ってきてほしい。大悪魔の立場にいるサタナキアからすれば、これは普通に考えることだろう。


 実際、サタナキアの元から悪魔が減ったことで、勢力が弱まったと知れば、大悪魔として行動しないわけにはいかない。立派な心がけだ。


 しかしサタナキアは、欲張り過ぎた。


 下級悪魔の信頼を取り戻すなら、この方法は些か目に余る。

 もっと堅実に、着実に信頼を取り戻そうとしていれば、魔王勢力の元にいる下級悪魔も、いくつかの種族は戻ったかもしれない。

 だが欲張ったことで、やつは自ら隙を作ってしまった。


 その隙というのが、サキさんを巻き込んだ件だ。


 これがなければ、俺は不審に思うこともなかった。明らかに不自然であったが、サキさんの辞表に書いてあったように彼女の意思ではないと早くに判明したことで、更に不審感が高まった。


 こうならなければ、ここまで調べようとは思えなかったかもしれない。



 では、どうしてサキさんを取り込んだのか、これは大方予想がついている。


 こいつはフルーレティの気を引くために、サキさんをあえて自身の部下にした。そしてこの交渉の裏でフルーレティにサキさんを説得する権利を与える。


 そこでサキさんが戻れば、意思と反して手放してしまったフルーレティにとって、サタナキアは恩人となる。説得できなくとも、行動に恩義を感じるはずだ。


 そしてフルーレティを味方にし、下級悪魔を呼び戻せば、発言権も強まり、皇帝の座を狙えるかもしれない。


 サタナキアはきっと、そこまで考えていたのだろう。 


 ここまでは予測だが、奴の反応と交渉中の会話、フルーレティが自ら協力を申し出たことから確信に変わっていった。


 そして、ここでもう一度揺さぶる。


「ひとつ教えてやろうか? 俺が握ってるのは、お前の目的だけじゃない。手段だ」


「手段、だと?」


「そう。フルーレティが協力していること。これを明かせば、本格的にお前たちは、二人揃って信頼を失くすだろうな」


「……なんのことだ。どうしてそこでフルーレティの名前が出るんだ?」


 サタナキアは視線を外さず、動揺を隠しながら言葉を口にしている。


「簡単だよ。調べたらすぐに分かった。……コロボックルの社会は男性が領域監視の任につき、女性が果物や野菜などを採ってきて男性の食事を管理する」


「そ、それがどうして、フルーレティの名前を出す理由になるんだよ」


「お前じゃ、男性コロボックルの目は欺けない。女性を意のままに操るのがサタナキアの力。そして男性を意のままに操るのはフルーレティの力。同じ大悪魔のフルーレティに協力を仰ぐと考えるのは自然なことだろう?」


「――!」


 これは、きっと調べていなければ辿り着けなかった。


 まずミノ子さんにコロボックルの元へと走ってもらい、彼らの証言を聞きに行ってもらった。

 彼らが領域の監視をしているのだから、サキさんの失踪に関して一番の証人となる。

 更に彼らは魔王に仕える種族で、魔王の要求を断るはずもないと踏んだからだ。


 ミノ子さんの話だと、発見したコロボックルの記憶が曖昧になっていたという。

 その日は変わりなく男性コロボックルが監視をしていたことも確認済みだ。

 このことから、連中は堂々と領域に入ってきたことを発言できる。それも、確たる証拠を残している以上、サタナキアは言い逃れできない。


「だ、だが、領域侵犯したとしても、それはサキュバスが秘書を辞めるというから、その迎えに――」


「開き直るなよ。手続きを踏まない領域侵犯は罪に問われる。コロボックルは、そのような手続きは行っていないと言っていたぞ」


「……なぜ、そんな些末なことを魔王様が?」


「知っていたのだ。不思議か? それともお前は、俺を馬鹿だと思っていたのか?」


「そんな……」


 魔界の知識は、この数日間で詰め込んだんだ。

 お前が、交渉をしたいがためにくれた猶予のおかげだよ、サタナキア……。

 勉強だけは得意で、容量が悪かった俺の唯一の特技が暗記。魔界の法律なんて、日本の法律に比べたら簡単だった。


「さて本来の交渉をしようか。俺はお前の目的と手段を全て見切っている。お前の望みは、下級悪魔の復帰……と称した自身の復権。それに伴う、フルーレティへのアピール。だな」


「どうやって、フルーレティの事まで……」


「下級悪魔の間では噂みたいだぞ。お前がフルーレティに気があることは、傍から見ていてわかったそうだ」


「……本当に、全て」

「サタナキア様!」


 サタナキアはガックリと膝から崩れ落ちる。それもそのはずだろう。こちらがこのネタを握っている以上、交渉で口にされてしまえばサタナキアはフルーレティのためだけに魔界全土を巻き込んだ失態の塊となる。


 しかも、ここにあの条件が災いしてくる。俺は嘘をつけず、サタナキアは嘘を見破れる。そんな状況で俺が発言し、嘘とならなければ、真実として知れ渡るからだ。


「こんな……こんなはずじゃ……」


 ここまでだな。 


「落ち込んでいるだろう。そんなお前に、俺からプレゼントをやるよ。セイレちゃん」


「はいっ」


 セイレちゃんに合図すると、彼女はとある紙面を取り出し、サタナキアに渡す。

 するとサタナキアはこちらと紙面を二度見した。


「これは……」


「サタナキアの傘下として活躍できるであろう、下級悪魔のリストだよ」


 事前にデュラハンさんに協力してもらい、魔王に反感を抱いている勢力を調査してもらっている。これを使い、魔王軍に潜んでいる反乱因子をサタナキアの傘下に加えるつもりだ。


 そうすることで自陣の安全と、サタナキアの交渉要件を満たすことにつながる。


「さて……詰みだ、サタナキア。最後の交渉に移ろうじゃないか」


「……っ」


「全てを明かされたくなければ、交渉が再開されてからは俺の言葉に全て肯定し、問いには正直に話せ。なに、悪いようにはしない。お前の望み通り、サタナキアの復権も叶う。下級悪魔もお前の勢力に戻ることになる」


「そんな……」


「それとも、うっかり話してしまうのを望むか? 俺としては、お前のプライドを傷つけたくはないんだが」


「……わかりました」

「それでいい」


 どうにか、まとめることが出来たか。

 ようやく肩の力を抜ける。


「安心しろ。俺はお前たちを崩壊させない。悪魔はこれからも、存在してもらわなくては困るからな。だがもちろんそれは、俺の支配下として、だ」


「――!」


「これ以上、好き勝手させるわけにはいかないんだよ」


 そうだ。支配しなくてはいけない。

 犠牲を減らすためにも、正しく魔界を導く。それが魔王の使命だ。身勝手な行動は許さない。全てを統率してやる。


「覚えておけ。俺は常にお前の秘密を握っている。逆らうことは許されない」


「わかって、います……」


「お前はこれで、魔界に逆らうことも悪魔に背くこともできない。しかし一方、お前のプライドと地位は約束された。

 俺はフルーレティの件を口外しないと誓おう。そうでなければ、交渉にはならないからな。……これで、交渉成立だ」


 この休憩時間の秘密交渉により、この後の交渉はこちらの思い通りに進めることができる。


 サタナキアの作り出した状況を利用し、魔王の脅威を魔界に知らしめること。それが、今回の交渉で最も必要なことだ。


 噂の払拭もそうだが、含みを持たせた交渉をすることで、魔王という人物像が一層濃くなる。より一層、他の四天王は魔王を警戒し、疑うことになる。それでいい。


 これまでの魔王が作り出した力の象徴を無駄にするわけにはいかない。

 そこに今回の交渉を通じて「隙の無さ」を加えることで、魔界には新たな魔王像が生まれる。


 容易に、魔王を陥れようとしないだろう。

 オーガやハーピーのような犠牲は避けられるかもしれない。


 そして、俺の手で……魔王の新たな地位を確立させて見せる。


「感謝するよサタナキア。俺はお前のおかげで、ようやく自信をもって、魔王を名乗れそうだ」


「魔王様……」


 セイレちゃんを見て、俺は自然と笑った。


「戻ろう。そろそろ交渉も再開の時間だ」


 崩れ落ちたサタナキアには目もくれず、俺はそのままセイレちゃんと共に交渉テーブルに戻る。

 そして交渉では計画通りに事が進み、交渉を終えることとなった。





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