第六章18 『不自然な終幕』
サキュバスは雪女によって助け出された。
サタナキアの計画に加担していたフルーレティも、その事をサキュバスに明かし、サキュバスは彼女に面と向かって魔王に従う意思を見せつけ、問題は解決した。
「とりあえず、城塞に戻ることにしましょう。わらわがサキュバスと共にいれば、外の連中は襲ってこないはずだ」
「その言葉、信じてよろしいのですか?」
「ちょ、雪女っ!」
雪女が目を細めると、フルーレティ様は静かに頷く。
「もちろんだ。外のフェニックスにも、迷惑をかけてしまったのう」
「……どうやら、本心のようですね」
「あんたねぇ……」
「一度裏切った者を、簡単に信用すべきではないですもの……」
「用心深い女だ……ついてまいれ」
私達はフルーレティ様に従って牢屋を出た。
そしてその出口付近でフェニと合流すると、そのままフルーレティ様の言葉通り妨害を受けることなく悪魔の城塞へと戻ってくることができた。
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「おお、フルーレティ、成功したか」
「はい、ルキフグス様。迷惑をおかけしました」
「よいよい。サキュバス殿が無事で何より。皆様、そろそろ魔王様の交渉も再開されると思われます。こちらで用意してある水晶でご覧になってはいかがかな?」
初老の大悪魔ルキフグス様は、心配していたのか、城塞の手前で待っていた。皺の多い顔をほころばせ、心底フルーレティ様の無事を喜んでいる様子であった。
「その、ルキフグス様……わらわは」
フルーレティ様が計画に加担していた旨を告げようと口を開くと、ルキフグス様は首を横に振る。
「わしは、何にも知らぬ。当然ながら、ルシファー様もな」
「ルキフグス様……」
フルーレティ様は尊大な態度をとることもなく、ルキフグス様の前で平伏し、跪いた。
「どうやら、ルキフグス様は全てを見破っていたようですのね」
「あの口ぶりだと、ルシファー様も……さすが大悪魔の方々ね」
私と雪女がフルーレティ様の様子を見ていると、こちらに気付いたルキフグス様がゆっくりと近づいてきた。
「ご無事で何よりですぞ、魔王様の御家臣の方々。魔王様の交渉も大詰めを迎えております。水晶はこちらですぞ」
ルキフグス様がそう言って歩き出すのを見て、私達はフルーレティ様と共に城塞へと入っていった。
「こちらが、特別会議室になります。どうぞ」
ギイイィッッ。
特別会議室と呼ばれる場所は、天井の高い大広間だった。
そこには城塞中の悪魔が集まっているようで、無数の席に巨大な水晶が一つ。関心を持ち、彼らは整然と椅子に座って水晶を眺めている。
水晶には魔王様の姿が映っていた。
「ま、魔王様……!」
そんな中、私は雪女やフェニよりも先に、水晶に映る魔王に反応し、それを凝視した。
すると、近くに座っていた皇帝ルシファー様と視線が合う。
「戻ってきたか。我が弟が、何やら不穏な顔をしている。ここからは見どころだと思うぞ」
「る、ルシファー様!? す、すみません……」
「よい。お前は既に、魔王に仕える身であろう」
「――!」
ルキフグス様の言葉を聞く限りだと、ルシファー様はフルーレティ様のこと、サタナキアのこと、全てを見抜いていたようだった。
さすが皇帝と呼ばれる御方。
この方は悪魔の中でも禁忌の情報をつかさどると噂される知性の大悪魔。悪魔で、ルシファー様を超える知力を持った者はいない。
「さ、さすがに……ルシファー様に不敬があっては……」
「他の者を見習うといい」
「え……」
ルシファー様の言葉につられてそちらを見ると、フェニと雪女は既に広間の椅子に着き、水晶を眺めていた。
「あ、あなた達!」
「サキュバス様、ここの席開けておいたよ!」
「ほら、早く見ましょう?」
「……わ、わかったわよ」
私も大人しく席に着き、水晶を食い入るように眺めた。
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『では、交渉を再開しようか』
魔王様の一言で交渉が再開された。
「魔王様、どうするんだろうな?」
「サタナキア様の優勢だったしな」
周囲の反応を見る限りでは、魔王様が劣勢のようだ。それと周囲の話を統合していくと、これまでの交渉内容は大体わかってきた。
サタナキアの要求と狙い……なんとなくだけど、わかってきたかも。
なのに――。
あぁ……どうして私はこんなところにいるの? どうして、私が魔王様の傍にいられないの?
これもすべて、サタナキアの……あれ?
「雪女、魔王様の護衛はセイレーンが務めてるの?」
「ええ、そうよ。彼女が直訴したの。魔王様が立ち直ったのは彼女のおかげであった、とミノタウロスから聞いていますわ。まったく、思いがけない伏兵にやられましたこと」
「え……」
「あたしは、前々から側室狙いですから関係ありませんけど……あら? どうしたのです?」
「……な、なんでもない」
私がいない間に魔王様は立ち直って、しかもその役目がセイレーンだったなんて!
悔しいっっ!!
――っと、いけない。今は魔王様を応援しないと。
「どういうことなんだ?」
「サタナキア様、あれだけ下級悪魔の権利を主張してたのに……」
水晶に目を移そうとすると、周囲がざわめき始める。
「何が起こってるの……?」
「交渉が動いたのですわよ。ほら」
「え……?」
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雪女に促されるように水晶を見ると、そこには以前まで見たことのない、楽しそうな様子の魔王様の姿と、唇をかみしめるサタナキアの姿があった。
『俺は確かに、ついさっき下級悪魔に選択権を委ねると言った。
しかし、気が変わった。俺の元を去りたい者は好きに去るといい。わざわざ交渉をせずともいい……それとも、これを見物している反逆者候補を当ててやろうか?』
「魔王様、一体何をしているんですか? こんなの、サタナキアが黙ってるわけ……」
『……』
サタナキアを見ると、特に言及する様子もなく、ただ俯き気味に黙っている。
「嘘……どうして黙ってるの? このまま黙っていたらサタナキア自身のアピールにならない。むしろ逆効果のはずなのに」
サタナキアはきっと、今回の交渉で自分の有用さをアピールしようとしている。それによって下級悪魔を傘下に戻し、悪魔勢力の中でも発言権を得る。きっとこれが狙いだと思う。
でも、この感じ……狙いはそれだけじゃない。
それだと、フルーレティ様に協力を仰いだ理由がわからないままだ。
「サタナキア様は、よっぽど大切なものがあるようですのね」
「え……?」
「ふふっ」
ふいに雪女が言葉を口にしたが、彼女はそれ以上語ろうとせず、いつものように笑みを浮かべた。
そんな中、魔王様の名指しがようやく終わったらしい。会場も騒然としているが、今挙げられていた悪魔の種族は全て、私も目をつけていた魔王軍内の反乱因子……。
魔王様、いつの間にこんな……。
『そこで肝を冷やしてるお前に言ってるんだよ……俺を潰す気なら構わんが、お前たちは今日から、サタナキアの傘下に入ることとなった。嬉しいだろう? 憎い相手から離れることができるんだ。
――とまあ、これでいいか? そちらの言い分である下級悪魔の増強は、これで文句ないだろう?』
『……はい、それで文句ありません』
「どういうことだ?」
「サタナキア様、何も反論しない……さっきまでの威勢のよさはどこに?」
「魔王様は、一体何をしたんだ」
どこかの悪魔の言うとおり、一体何をしたんですか、魔王様……。
だって、こんなのありえない……。
どうして、サタナキアはこんな破格の条件を呑んだの?
これは、魔王軍に潜んでる反乱因子を、中立の立場である悪魔に押し付ける行為。
つまり、自身を脅かす存在を遠ざけて檻に入れるようなもの。
確かにサタナキアの言い分である下級悪魔の送還は叶う。でもこれは、一方的すぎる。
こんなの、交渉とは言えない……。
「あの方は、今回のサタナキアの行動を全て見破っているのですわよ」
「そういえば、さっきもそんなこと言ってたわね。でも、それならどうしてこんな……」
「あなたは、全てを追求したらどうなると思いますの?」
「そ、それは……」
もし、本当にサタナキアとフルーレティ様が共謀していて、その証拠があったとすれば……それをこの場で突きつけることは、魔界全土に悪魔の失態と大悪魔の反逆を知れ渡らせる。
そうなれば、魔界の王として魔王様が悪魔に……。
「あの方は、優しすぎますわ」
「魔王様……」
思わず叫びたくなった。
先程の考察のようになれば、四天王の機能が果たせなくなる。
それだけでなく、悪魔を幹部に加えていることに対して魔女やアンデッドが意見を出してきても不思議ではない。
私は、フルーレティ様の元傘下として、魔王様に相応しくないと外部から言われる可能性もあった。
『サタナキア、この際だから少し発展した交渉に移らないか?』
交渉が再び動きを見せる。
『どういうことでしょうか?』
『簡単なことだ。お前は今回、自ら下級悪魔のために行動したと言っていたな。しかしこれは、皇帝ルシファーの掲げる思想とは異なるものだと思わないか?』
『そ、そうです』
『俺としては金輪際……このようなことがあってはならないと思うわけだ。悪魔は中立の立場を宣言している。それならば、皇帝の支配下にある貴様も、同様のはずだな?』
『そう、なります』
『しかし貴様は、独断で交渉を要求してきた。これをどう説明する?』
『……悪魔のことを考えている。これは嘘ではありません。しかし、ルシファー様を支持しているのも確か。ですから、この身で悪魔のためになればと思い、行動いたしました』
『――その忠義、見事だ』
『ありがとうございます』
『ルシファーへの反逆ではないのだな?』
『もちろんでございます』
『……ならば先程の件だがな、交渉の内容を変更しよう。先程挙げた者達の他、下級・上級を問わずして、選択の自由を与える。忠義あるサタナキアに忠誠を誓いたいという者がいれば、止めはしない』
『――よ、よいのですか』
『俺は器の広い男だからな』
『あ、ありがとうございます!!』
交渉が、思わぬ形に収束していっている。
しかし、あまりにもスムーズで、出来過ぎている。
裏で打ち合わせるにしても、これはサタナキアの持ちかけた交渉で、こんなにも魔王様に支配権が渡るとは思えない……。
「これ、明らかに言わせてますよね。一体どうやって……」
「簡単な話ですわ。……絶対的な切り札を持っていて、それを使って意思を支配する。先程は優しいと言いましたけど、これをやると聞いたときは、さすがのあたしも血の気が引きましたわ」
雪女の言っていたサタナキアを支配できる切り札があれば、例え魔王軍の悪魔勢力がサタナキアの傘下に戻ったとしても、実質、魔王様の支配下に変わりない……。
それに、サタナキアのプライドも保ち、ルシファー様への忠誠も示させる。
これにより彼の地位は守られることになり、魔王様が支配する意味もある。
魔王様は、悪魔勢力に発言権を得たと同意だ。
いざとなればサタナキアを通じて悪魔を動かすことか可能かもしれない。
その為に、最後の最後でサタナキアの権威を回復させている。
雪女の言うとおり……血の気が引く。
そして同時に、魔王様を、食べちゃいたいです……。
すごすぎます……興奮してきます。ゾクゾクさせてくれますっ……!
あれ、ちょっと待って?
「ねぇ、どうして……そんな切り札があったの?」
「さすがにそればかりは、この場では言えませんわね」
「言えないような、事なの?」
「ええ。ここで話せば、あの方の計画が崩れてしまいます。あの方は……この交渉を利用していますのよ」
「それってどういう――」
「これは公開交渉。今回の交渉は、知能のない魔物からすれば魔王様の圧倒に見える。しかし、魔女のような高度な知能を持つ四天王クラスになれば……裏があると考える」
「もしかして、そのために最初は……」
「そういうことらしいですの」
「裏があると思わせれば、それだけ脅威になってくる……噂を払拭でき、尚且つ隙を与えなくなるってことなの?」
「ええ。……どうやら、交渉は終了したようですわね。書面に移りましたわ」
雪女の言葉通り、水晶には憔悴しきったサタナキアと、表情を崩さない魔王様の姿があった。
なんて、頼もしい……。
瞬時にそう感じ、一層、私はあの方への忠誠を改めて誓った。
これにて、サタナキアと魔王様による交渉が幕を閉じた。




