第六章17 『サキュバスは折れない』
魔王の交渉の最中、雪女はサキュバスの救出に向けて裏で動いていた。
サタナキアの城塞に忍び込み、大悪魔フルーレティと共に牢へとやってくると、そこで彼女を発見する。
「サキュバス様!」
牢の一番奥、そこにサキュバスがいた。
見る限り怪我もなく、不自由もないのか、衣服も清潔感を保っており、牢の中は一つの部屋のように本や食べ物が置かれて潤っていて、とても監禁されているようには思えない。
「ゆ、雪女っ!? それに、フルーレティ様まで……どういうことですか?」
「サキュバス、おぬしを救出しに来たのだ」
「話は後ですの。とりあえず、さがっていてくださいな」
雪女は吐息を掌に吹きかけて氷の塊を作り、それを握りしめると、すぐに鍵の形となる。その氷の鍵を鍵穴に差し込み、容易く牢の鉄格子を開いてみせた。
サキュバスは何が何だかわからないまま、そこから出てきて雪女を見る。どういうことか訊ねるような視線だったが、雪女はあえて無視して目を細めた。
「……しかし、随分と待遇のいい監禁でしたのね。あなたの部屋より豪勢だったのではなくて?」
「そ、そんなことないわよ! サタナキアは私を連れてきて、ずっとここにいろって言ったの。未だに、どういう意味か分からないわ」
「簡単ですのよ。助けさせるためですわ」
その言葉に驚いたのは、サキュバスだけでなくフルーレティも同様だった。
「でもどうして、あなたが……」
「魔王様の命令ですわよ」
「ま、魔王様の?! ――そ、そうだ。魔王様は今どこ? 伝えなくてはならないことがあって……サタナキアが私を連れてきた狙いをここでずっと考えていて、わかったかもしれないの!」
「魔王様は今、戦っておられますわよ」
「戦い? ど、どういうこと!? 私の知らないうちに、何がどうなって……」
「戦いといっても交渉ですわ。サタナキアとの交渉に臨んでいますの」
「そ、そんな……どうして、私のことを助けに来たのよ。魔王様を助けてあげないと!」
「その口ぶりですと、魔王様がサタナキアに交渉で勝てないと思っているのですか?」
「あの方は、優しい方だって知ってるでしょ? 争いごとなんて出来るはずが……」
言葉に出して感情が溢れてきたのか、サキュバスは涙を瞳に滲ませていた。雪女はそれをひんやりとした指で掬いとり氷の粒にかえると、そのままサキュバスの頬に触れた。
「大丈夫ですわ。全て、魔王様が見破っていますから。――そう、全てを……」
「え……」
雪女は事前に、魔王からすべてを聞かされた上でサキュバスを託されていた。
彼女はサキュバスの前に立ちはだかるように立ち、フルーレティとの距離を空ける。
「……フルーレティ様、いいえフルーレティ。今回、あなたはサタナキアに協力している。そうですわね?」
「ふ、フルーレティ様が?! どういうことなの?」
雪女がフルーレティを睨むと、彼女は焦った表情ひとつ浮かべることなく、溜息を吐いた。さすが大悪魔というべきか、器が違う。
まるで既に諦めていたかのようなリアクションだ。
「全て、承知の上であったか」
「ええ。魔王様に教えていただいてましたので」
「……魔王様が? あれに気付いたと言うの? これは驚いた……あの御方は、こういうことに気付く御方ではないと思っていたのだけれどね」
「きっとサタナキアも、今の魔王様には勝てませんの」
雪女がそう言うと、フルーレティは一つ小さく頷き、サキュバスを見た。
「サキュバスよ……今一度、わらわの傘下に戻ってくる気はないかのう?」
「ど、どういう意味ですか? フルーレティ様が、どうしてそのようなことを?」
「……」
サキュバスの追及に、フルーレティは答えようとしない。
それを見ていた雪女は静かにサキュバスの肩に手を置き、魔王から伝えられていたことを話す。
「サキュバス様、フルーレティ様は、あなた様の離反に反対していたそうですのよ」
「え……でも、あの時は……」
「ルシファー様の命令だったのだ。
おぬしがここを離れたいと言ったとき、それを聞いていたルシファー様はわらわに命令した。おぬしを送りだし、弟であるサタン様の助けになれるようにとな。
あの方は中立を掲げていながらも、サタン様のことが心配だったようだ」
フルーレティは全てを見破られていたせいか、諦めたようにポツリポツリと話し始め、スッキリとした表情でサキュバスを見てくる。
「おぬしには、戻ってくる気があるか?」
「フルーレティ様……」
サキュバスはフルーレティの言葉に戸惑っていた。
そんな様子の彼女を見た雪女は、少しイタズラっぽく笑うと、彼女に話しかける。
「サキュバス様、魔王様はサキュバス様の意思を尊重すると仰っていました。ご自身の気持ちに、正直になった方がいいかと思いますけど」
「……なんか、雪女の言い方がムカつくんだけど」
「あら? お気に障りましたの?」
雪女がからかうように言うと、サキュバスは彼女を一睨みしてから、真剣な表情でフルーレティを見た。
「すみません。私は……この身を魔王様に捧げる覚悟です。フルーレティ様の元には戻れません。申し訳ございません!!」
そう言ってサキュバスは勢いよく頭を下げる。そして、それを見ていたフルーレティは小さく微笑み、頷いた。
「……ふぅ。すまんかったのう。おぬしらを巻き込んでしまった」
「やはりこれも、サタナキアの提案だったのですか?」
「奴はサキュバスを連れ戻すために、一旦魔王の秘書を辞めさせ、その後にわらわが説得すれば、問題なく傘下に戻ってくると持ちかけてきたのだ。
それが悪魔の復権にも繋がると聞き、わらわも協力した」
「協力?」
サキュバスが首をかしげる中、雪女はそれを話すべきか迷う。
しかし本人が、雪女の知る真実を告げてきた。
「コロボックルに幻惑を見せ……サタナキアの侵入の手助けをしたのだ」
「そ、そんな……」
「まさか、あやつがこのような大事にするとは思わなかった。魔王様やルシファー様に、どう顔向けしたらいいのか……」
そう言ってフルーレティは美しい顔を歪め、後悔するように両手で顔を覆った。
「大丈夫ですわよ」
「え……」
「大丈夫って、魔王様はこのことを知ってるんでしょう? 交渉の場で突きつけたら……」
「あの方は、本当に不思議な方です。サキュバス様もご存じでしょう?
今はとにかく、ここを出ますわ。外でフェニが待っていますし、そろそろ……交渉も終盤を迎える頃でしょうから」
「……何隠してるのよ」
「さあ……うふふっ」
雪女が不敵に笑うのを見て、サキュバスは不安になった。




