第六章16 『本題へ』
魔王は雪女にサキュバスを任せ、自身はセイレーンと共に交渉の場にいた。
互いの探り合いがジャブのように繰り出される中、魔王は用意してきた知識と予測をフル活用してサタナキアの目的を炙り出していく。
そしてようやく探り合いは終わり、本題であるところの「下級悪魔の件」について話し始めることとなる。
「では本題に入りましょうか。こちら側としては、全ての下級悪魔の送還を要求することはしません。ただ、彼らの意思を尊重し、彼らに判断させていただきたく思うのです」
そう言ってサタナキアは目を細める。キザったらしい顔だ。
「つまり、下級悪魔に選択権を与えろということか?」
「ええ。この会談を見た後に、彼らの判断を仰ぎたいのです」
サタナキアはルシファーの意思に反した行動に出ている。
通常だと、これは悪魔の総意に反した行為とされても仕方ない。
だが悪魔の現状も事実……サタナキアが変えるべく動いたとみられても、ただの意に反する行動よりは説得力を持たせている。
つまりそれが、サタナキアの狙いだ。
下級悪魔の中には、変革を求める種族もいるだろう。
オーガのように……魔王の座を狙う種族だっている。
そういう連中に対して、サタナキアは会議を通じて呼びかけている。魔王の信頼がぐらついている好機を逃さないために。
「判断を仰ぐのは構わないが、そこに貴様の意見は挟まないのだな?」
「もちろん。その為の選択権です」
「成程……確かに下級悪魔の中には貴様に信頼をおかぬものも多いが、この俺に信頼をおけぬものが出てきているのも事実。彼らに判断させることに反対はない」
「……!」
拍子抜け、とでも思っているだろうか。
でもそれでいい。
この交渉は、他の四天王も見ていることだろう。
連中の前では、今回の切り札は使えない。
これを使うまでは、相手の提案に賛成していく方向でいい。
油断してくれたら、それほど望んだ状況はないのだから。
「不満があるのか?」
「い、いえ……魔王様に、不満はないのですか?」
「なぜ不満を抱く必要がある。下級悪魔の進退は、種族の中で決めさせるということだ。そこにどうして不満を抱く必要がある? 俺は種族内の問題に顔を出すような真似はしない」
「……」
疑っているだろうな。こちらが嘘を言っていないか確認していても不思議じゃない。
だが嘘を言ったつもりはない。見破られることはないだろう。
「ど、どういうつもりで――」
「この条件でまだ確定したわけではないだろう。今は交渉の段階であり、確定は書面にて。それが決まりだ。
意見を反対するだけでは良い折り合いも見つからない。それに、その程度の求心力がなくて、何が魔王か」
「……! そ、そうですね」
サタナキアは嘘を見破る。
そして嘘だと判明した瞬間、この交渉は条件に反したものとみなされ、奴の有利なままに交渉が終了してしまう。
それだけは今回の策略を成立させるためにも、避ける必要があった。
下手な発言は嘘になりかねない。それなら、思ったように頷いておく。これはあくまでも、四天王を油断させ、サタナキアを疑わせるための布石だ。
馬鹿を装い、利益を逃す魔王を見れば、四天王は魔王の噂を信じてくれるかもしれない。
だが、そこを逆転すれば、彼らにかなりの衝撃を与えることになる。そうすれば必ず、噂よりも信憑性が高く、新たな魔王像が魔界全土に刻み込まれる可能性が高い。
それが俺の狙いだ。
今回の交渉は、単純に下級悪魔の勢力を取り合うものではない。悪魔の全勢力ひいては魔王の地位にも影響しかねない交渉となる可能性がある。
俺が魔王としてやっていくと決意を固め、変わろうと前を向いた以上、こんな簡単に終わらせるわけにはいかない。
だから今回の交渉は、圧倒的に有利な条件を飲ませて終わらせる必要があった。
こちらが完全に勝利し、サタナキアを屈服させる。
そうすることで魔王の脅威を示すことができるからだ。
「……」
落ち着け。
そのためにも、この瞬間、表情に出すわけにはいかない。
これを見ている者を欺くことこそ、俺が全力を注ぐべきこと。
それ以外のことはどうでもいい。
意地もプライドも、とっくに前の世界で捨ててきたんだ。
怖いものなんてない。……俺には、支えてくれる人がいるから。
彼らのために、そして俺のために、この交渉はこのまま終われない。
「しかし、こうなってしまっては、議題がなくなってしまいますね……」
「俺は疲れた。休憩を挟まないか?」
「そうですね。互いに、それがいいでしょう」
こうして交渉は一時的に中断され、再開は三十分後となった。
……サタナキア、お前の小賢しい野望は打ち砕いてやるよ。




