第六章14 『探り合い』
サキュバスのことを雪女とフェニックスに任せた魔王は、護衛にセイレーンをつけてサタナキアの城塞へと足を踏み入れる。
彼の手下悪魔に誘導され、辿り着いたのは狭い円形の部屋。そこには誘惑の悪魔サタナキアの姿があった。
余裕な笑みを浮かべるサタナキアが促し、魔王とサタナキアの交渉が始まった。
「来てくださって光栄ですよ、サタン様……いえ、魔王様と呼んだ方がいいですかね?」
「どちらでもよい。それよりも俺はまだ、この交渉の意図がわからないんだが」
「ああ、そうでしたね。まだ伝えていませんでした」
ニヤニヤと笑いながら、こちらを見てくる。
本当に詐欺師みたいな奴だ。
「魔王様は、どう予想されていますか? もしかして、あなた様の大切な秘書の件とお思いですか?」
「馬鹿なことを言うな。彼女は自らの意思で秘書の任を外れた。わざわざ交渉する必要もないだろう」
「……それも、そうですね」
そう言って、サタナキアはグラスに入った血のような液体を一つ、喉に通した。
「魔王様に交渉を持ちかけたのは、下級悪魔の件です」
「ほう」
「悪魔の勢力は、弱体化しつつあります。その要因はご存知ですか?」
「知らぬはずがない。下級悪魔の離反だろう?」
「そうですよ。多くの下級悪魔は離反し、魔王様の勢力に加わった……私は今回、この件について話し合いたく思ったわけです」
やはり、そういうことか。
「そうか……これは確かに四天王の一角としては由々しき問題だな」
「ええ、まったく」
「しかし悪魔の立場は中立のはず。お前の行動は皇帝ルシファーの意に沿うものではないだろう?」
「そうですね。ルシファー様の意思に反する行動です。
しかし、悪魔の弱体化は四天王のパワーバランスを揺るがす事態。このような行動に出たのは、悪魔の勢力維持はもちろんのこと、四天王の均衡を保つためですよ。それでなくとも、ビーストの解体で四天王は傾き始めていますが……」
サタナキアはそう言って笑みをたたえる。
「成程、それを理解してもらうべく、公開交渉にしたのか」
「その通りです」
「では、ルシファーの意思ではないこと。悪魔の中立意識に変わりはないこと。魔王と手を組むつもりでもないこと。それらの潔白を示すべく、公開にしたと?」
「ええ、そのように理解してもらって問題ありません」
今の言い回しでは、ルシファーを非難しているものと取れる。
ルシファーは現状に対策をしなかった。
悪魔のことを考える正義感の強いサタナキアはそれを見ていられず、己の悪魔に対する忠誠心から、意思に背いてでも行動に起こすべきと判断し、魔王に交渉を持ちかけた。
そんな風に解釈しても、不思議はない言い回しだ。
間違いなく、こいつの交渉目的の一つはそこにある。
予想を立ててきたが、こうして直接話すことで、信頼度が上がったな。
この時点で嘘の発言をサタナキアはしているわけだが、今は追及できないだろう。
何しろ、奴は言葉の上では嘘をついていない。
言葉をどう紐解くのかは、個々人の判断となる。ここで追及しても、サタナキアは解釈の違いだと言い張って終わる。
こいつは、ケンタウロスとは違って、簡単に切り崩せそうにないな。
「下級悪魔の離反について話し合うことは理解した。しかし、このタイミングで交渉するような問題であったのか?」
「ええ、もちろん。失礼ながら、魔王様にはいくつかの噂がありますからね」
「……」
「魔王が記憶喪失である。この噂はご存知ですか?」
「存じている」
「でしたら、不安を抱くのは仕方がありませんよね。魔王様の元にいる下級悪魔を心配するのは、大悪魔サタナキアとして、当然のことです」
「そういう主張か」
これも読み通り。噂の件が追及されることは目に見えていた。
魔王の噂……ビーストを動かしたように、今回のサタナキアも噂を知ってからの行動と見える。
思いのほか、ダメージは大きい。
ミノ子さんの話だと、内部に噂を流した者がいると言ってたけど、確証はない。
デュラハンさんには秘密裏に調査を頼んであるが、尻尾は掴めないという。
「噂の件は、どう説明されるつもりですか?」
「これは後程、説明しよう。今はそれよりも、下級悪魔の件が先ではないか?」
「話を変えるというのは、噂について思うところがあるという認識で構いませんか?」
「勝手に想像していろ。そもそも、たかだか噂を信じるとは、大悪魔としての器が足りないな」
「……っ!」
なるべく、声が震えないように。威圧的にならないように。
色々と意識しながら、言葉を選んだ。
次の言葉が、あいつを動揺させるキーワード……こんなの、嫌味な上司の前でするプレゼンより楽だ。
だって、こいつらは名目上、魔王よりも下の地位。どんなに筋の通っていない理論も、権力を盾にして納得させられることはない。
それに、俺の後ろには――セイレちゃんがいる。
「…………」
きっと、固唾を飲んで見守ってくれてるだろう。
大丈夫、俺は一人じゃない。
心の中で念じるようにして、俺は口を開く。
「ここは下級悪魔を思って、お前が用意した交渉のテーブル。俺の椅子よりもそちらを優先しないというのは、下級悪魔の課題はエサで、本命は魔王の座を狙うということになるぞ。それで解釈は間違っていないか?」
「て、訂正を。――そうですね、噂はあくまでも噂。追及しても無意味ですね」
まずは、先制点を獲得したってところか。
奴にとって、魔王の座はどうでもいい。それが俺の見立てだったが、ビンゴだ。
魔王の座を狙うため下級悪魔の課題を後回しにするというのは、下級悪魔からしてみればサタナキアへの憎悪が増す展開。
それだけは、奴も避けたかっただろう。
そこで今の慌てる様子……間違いなく、目的は下級悪魔の離反者を悪魔の勢力へと戻すことにあるはずだ。
そしてそれに伴い、自身の発言力や大悪魔としての地位の向上、果ては皇帝ルシファーの椅子を狙っていても不思議ではない。先程の言い回しからすれば、この線が濃厚だろう。
先日、俺はセイレちゃんと共に魔王城にいる下級悪魔たちから情報を得ていた。
城にいる下級悪魔の大半は、魔王の手前だったせいもあると思うが、噂を信じることなく、悪魔に帰る意思もないと言っていた。
それらの種族は調べたところ、このサタナキアの傘下にいた者達……彼は人望のない大悪魔のようで、戻るくらいなら滅びた方がマシとまで言った悪魔もいた。
それだけに、サタナキアの地位というものは低いと予測できる。必然的に、大悪魔の中でも発言力を持たないはずだ。
現在、サタナキアの傘下には少数の種族しかいないのだから……。
「で、では、下級悪魔の件に戻りましょうか」
「ああ。そのつもりだ」
そう。交渉はここからが本番。
一つ深呼吸をして気を引き締める。
雪女さん、フェニちゃん……そっちは頼んだよ。




