第六章13 『顔合わせ』
魔王はサタナキアの要求に応じ、交渉を行うこととなった。
そして本日、魔王はセイレーンと共にサタナキアの待ち構える交渉のテーブルへと向かう。
「交渉、楽しみにしているぞ」
兄ルシファーの言葉に頷く。
「魔王に敗北の二文字はない。……行ってくるよ、雪女さん、フェニちゃん。頼んだよ」
「お任せください、我が王」
「頑張ってくるお!」
「では、魔王様。こちらになります」
「ああ。案内を頼む」
二人に例の件を任せ、俺はルキフグスの指示に従って城塞を出た。
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交渉を行う日の朝。
俺とセイレちゃんは準備を終え、サタナキアの城塞に向けて出立した。
「サタナキアの城塞は、この先になります」
城塞を出てぐるりと回るように歩くと、ルキフグスが指をさして足を止めた。
「ご苦労」
「では、これで――」
ルキフグスは簡素な挨拶を残して去って行った。これなら魔王との関係を疑われることはない。
「セイレちゃん。準備いいかな?」
「はい。自分が選ばれて、光栄です」
意思確認を終え、俺達は巨大城砦の裏手にある門から入り、サタナキアの支配する城塞へと足を踏み入れた。そこからは待ち構えていたサタナキアの手下悪魔に連れられ、長い廊下を歩かされる。
長い廊下を歩かされながら、俺は頭の中で今回の交渉を整理してみた。
今回の交渉には、あらゆる条件がサタナキアから提示させられた。砕けた言い方をすれば、ルールのようなものだ。
その1.護衛は一名のみとする。
その2.交渉の案件は当日まで明かさないものとする。
その3.交渉は魔界全体に公開する。
その4.交渉の途中で虚偽の発言をした場合、交渉は不成立とみなし、提示した案件をのむ。
その5.交渉の途中で武力行使があった場合、交渉は不成立とみなし、提示した案件をのむ。
案件というのは、今回の交渉がどういったもののために行われるのか。これを知らされていないのは不自然すぎる。
そもそも交渉は、ただ話し合うのではなく、お互いに折り合いをつけて合意することだ。
そこには本来、競争や淘汰の概念が介在してはならない。そうでなければ、交渉が成立することはありえないからだ。
例として野球選手の年棒交渉が挙げられる。
交渉とは互いの主張を明確にし、包み隠さずに話すことで問題解決の糸口を探るようなものだ。
だが今回のような交渉は、交渉と呼ぶことも難しいだろう。
そもそも、問題点を提示してきていない。さらには「その4」が象徴しているように、嘘の発言が認められないなど、ありえない。
嘘を見抜く力を持っているのはサタナキアであって、俺には追及すらできないのだ。
つまり、サタナキアは虚偽の発言をしても咎めることができない仕組みになっている。
更に言ってしまえば、悪魔に人間の交渉定義は通用しない。
これから始まろうとしているのは魔物同士の交渉。それを理解した上で臨まなければ、こちらが不利な条件を飲まされて終了してしまう。
こちらの交渉は、交渉とは名ばかりの、論戦のようなものらしい。
魔王城の図書室には交渉内容を書き記した本があったが、どれも似たようなもの。ビーストとサキさんが繰り広げたような論戦こそ、こちらの交渉やら会談のようだ。
「こちらになります」
下級悪魔に連れられてやってきたのは、円形のテーブルが置かれた狭い部屋。
そこにはすでに、羊の角を携えた金髪の悪魔が席についている。余裕の笑みをたたえ、不気味な瞳をこちらに向けてきた。
その後ろには銀髪で緑の瞳をした青年が控えている。彼がサタナキアの護衛だろう。
「これはこれは魔王様。ご足労ありがとうございます。お久しぶりですね」
「ああ、そうだな」
やつがサタナキア。
俺が交渉で倒すべき相手だ。
「とりあえず、お座りください。早急に交渉を始めましょう」
サタナキアは綺麗に笑い、着席を促してくる。
奴のことは調べていたが、こうして対面してみると随分なキザ男っぷりで、雰囲気から顔つきに至るまで、詐欺師のようにしか感じられなかった。白いスーツで胸元には赤い花びらをつけ、堂々たる悪魔の翼を背中に広げている。
自信の塊……。
「魔王様……」
「大丈夫だよ、セイレちゃん」
小声で彼女に言葉を返し、俺は席についた。
どうやら、あちらも準備万端のようで、余裕とばかりに腕組みをしている。
「では、始めましょうか?」
「ああ、そうしよう」
その返事で、一気に空気が張りつめる。
後ろに控えるセイレちゃんも感じ取っているだろう。
魔法の気配だ。
ここに来る前、セイレちゃんに教えてもらっておいて正解だったな。
そう、ここからが開始の合図。
条件その3。魔界への公開が始まったと見ていい。
大規模な魔法は人間と魔物では少々の差が生じるものの、感覚的に認知できると教わった。この感覚からして、魔界全体への公開を可能とする大魔法が起動されたとみて間違いないだろう。
もう、逃げることも物怖じすることも出来ない。
俺は、ここがスタートラインなんだ。
魔王になる、その為の扉だ。




