第六章11 『準備は滞りなく』
魔王はサタナキアとの交渉に備え、セイレーンと共に悪魔の領域へとやってくる。
そこで手厚い歓迎を受ける最中、ルシファーに本物の魔王でないことが露見したかに思えたが、彼は言及しなかった。
サキュバスの救出に向けてフルーレティの協力も約束でき、準備は万全。
あとは明日に備えるだけとなっていた。
「この部屋を好きにお使いください。我らが皇帝も、実の弟君であるサタン様の帰郷を嬉しく思っておりますゆえ」
「ありがとう、ルキフグス。助かる」
「では、明日――」
バタン。
ルキフグスが扉を閉めて出て行った。
すでに時刻は夜。
俺達は用意された部屋に集合している。
「魔王様、ベッドに仕掛けはないようですわ」
「雪女さん、さすがに疑い過ぎだよ……」
「いえ。あなた様を傷つける要因は取り除かなくてはいけませんもの」
それを笑顔で言う雪女さんに、俺は戦慄した。
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「ぐー、すぴー」
気持ちよさそうな寝息が部屋に聞こえてくる。
フェニちゃんの相手をしていたセイレちゃんが、ゆらゆらと宙を泳いで戻った。
「魔王様、フェニちゃん、寝てしまいました……」
「相変わらずのマイペースですのね、彼女」
雪女さんはそう言って呆れていたが、すぐにこちらを見てきた。
「しかし驚きましたわ、魔王様。見違えるようですの」
「そ、そうかな……」
「ええ。悪魔に関する知識を蓄えていることもそうですが……。本当に、素敵になられて……あたしも嬉しく思いますの」
雪女さんは妖しく微笑んだ。吸い込まれそうな魅力を醸し出す笑顔だったが、
彼女には、俺とセイレちゃんの意図が伝わっているようだ。
「魔王様、そろそろ――」
「そうだね。雪女さんに話しておきたいことと、訊ねたいことがあるんだ」
「ふふっ、頼もしくなられましたのね。なんですの?」
「今回の交渉についてなんだけど――」
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俺はまず、サキさんの救出・説得について話す。
これは先程フルーレティに一任したように、彼女を利用して成功させるつもりだ。
「サキさんの居場所はハッキリしてるの?」
「ええ。フルーレティ様の調査の結果、サタナキアの所持している城砦の一部、その牢屋にいるらしいですの」
成程。
「ん……? サタナキアはこの城塞にいるってこと?」
「そうなりますわね。もちろん、サキュバス様もここにいます」
馬鹿にデカいとは思ったけど、まさか悪魔の本拠地に居座っているとは。
「彼がここを出たところで助ける魔物は少ないから、自分の所有する城塞の一部にとどまることにした。というのがルキフグス様の見解ですわ」
そうか、ここは安心した。
城の下級悪魔に聞いた通り、サタナキアは支持する悪魔が少ないみたいだな。
「とりあえず、明日の話に戻ろう。雪女さんとフェニちゃんは明日、サキさんの奪還に動くフルーレティに従ってほしいんだけど、注意してほしいことがいくつかある」
「そうですわね。あの方が直接の手助けをするとは考えにくいですわ」
それは確かに問題だ。
フルーレティはルシファーの指示ではなく、傘下のサキュバスを助けるため自らの判断で協力するという名目がある。
しかし、牢屋をサタナキアの部下が護っていた場合、彼女は手助けできない。
サタナキアの部下と戦うことは、ルシファーの意に反するからだ。
「――つまり、サタナキアの部下と戦ってほしいわけですのね」
「そう。そしてサキさんがフルーレティに助けられた後、自分の意思で戻ってくる形を作らないといけない」
魔王の部下が助けるとなれば、これは戦闘行為・侵略行為など、難癖をつけられても不思議じゃない。
「成程。しかしそれでは、あたし達の戦闘行為はどうしますの?」
「倒すというより、一人が時間稼ぎに徹してほしい。こちらの目的はフルーレティにサキさんを救出してもらうこと。もう一人はフルーレティについてほしいんだ……上位悪魔が相手になるけど、大丈夫かな?」
自分でも厳しい指示だとは思う。
悪魔の力については勉強してきた。彼らは自らの陣を作り、その中で自身の力を最大限に発揮させる領域戦法を得意とする種族。サキさんの作った魔王城の結界が最たる例だ。
古来より魔物を統率してきた悪魔には、幻術・魔術・呪術など、さまざまな力が宿っており、強力な魔物と言える。
だが、これが最善の策だった。
「時間稼ぎならフェニに任せますわ。彼女なら期待以上の働きをしてくれますし、あたしはフルーレティの監視に徹底できますもの。ふぅぅ」
「――!」
雪女さんはそう言って冷たい息を吹きかけてきた。
「お任せください」
「……うん、任せる。それと他にも教えておきたいことがあって」
「聞きますわ。なんですの?」
頼もしい限りだ。俺は計画を雪女さんに話すことにした。
「実は――――――」
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明日の作戦についての話は終わった。
だが、まだ訊ねておきたいことがある。それを覚えていたようで、雪女さんから話を振ってきた。
「そういえば、訊ねたいこととは何ですの? 見当がつきませんの」
「サキさんのことだよ。セイレちゃんに聞いたんだけど、雪女さんはサキさんと昔から仲がいいみたいだし。教えてほしいことがあって」
「……セイレーン様、目が腐ってますの?」
「え、ええ!?」
雪女さんは不機嫌そうだ。
これはタブーだったのだろうか。
「で、でも、サキュバス様と多く一緒にいたのは、その、雪女様です。これは、言い切れます」
「うっ……た、確かに、セイレーン様よりは距離も近かったと思いますけど。彼女とは仲良しというより、ライバルというような……」
「そこでだよ、雪女さん」
ガシッ!
「ま、魔王様!?」
俺は彼女の肩をつかんで、彼女の目を見た。
確か雪女は霊体だけど、こちらでは違うようで肩をつかむことができた。
「い、いったい、どうしたのです?」
いつもからかわれるけど、仕返しというわけではない。だが、こうして虚を衝かれた雪女さんの反応は珍しく、少しだけからかいたくもなる。
「ま、魔王様っ」
「あ、そうだった」
セイレちゃんに声をかけられ、本来の目的を思い出した。
「サキさんについて、知ってることを教えてほしいんだ」
「……!」
「どうしても、知っておきたいんだ。サキさんだけじゃなく、みんなのこと……」
「魔王様……」
セイレちゃんがこちらを見ていることはわかった。
変わろうとしている俺を、彼女は見ていてくれる。
だから、怖いものはない。
「そ、そんなことを言われて、断れるはずが……わかりました。あたしの知っている限りで、いいですのね?」
「――! うん。お願い」
「……新しい魔王様は、少し調子が狂いますわね。けれど、以前よりも魅力的になりましたわ」
そう言って怪しげに笑い、彼女はサキさんについて話し始めた。




