第六章10 『皇帝ルシファー』
魔王はサタナキアとの交渉に向けて、セイレーン・ミノタウロス・デュラハンと共に情報を集めた。
そして交渉を明日に控えた本日。
魔王は城にミノタウロスとデュラハンを残し、セイレーンと共に悪魔の領域へと足を踏み入れることとなる。
しばらく馬車に揺られ、三時間ほど経った頃だろう。
あたりが急に魔王の領域よりも暗くなり、見えていた毒色の空は分厚い雲に覆われ、雷鳴の轟く荒野へと到着する。
「ここが、悪魔の領域です。もう少し進むと、大迷宮があります」
「大迷宮?」
「はい。他の種族を拒むための迷宮です。かつては、魔物同士の争いが、絶え間なく続いていましたので、防御要塞として、作ったと、聞いています」
巨大迷路とは違う用途みたいだな。
「そんな場所、簡単に突破できるの?」
「平気です。入り口で雪女様が待っている手筈です。あちらに話を通していますから、迷うことなく城塞に辿り着くことも可能かと思います」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
数十分後。セイレちゃんの言葉通り、大迷宮の入り口で雪女さんが待っているのを見つけ、俺達は馬車から下りる。
「魔王様……息災のようで、なによりです」
こちらを見るなり、雪女さんは綺麗にお辞儀してくる。
所作からなにから画になる人だ。
この人にも、迷惑をかけてしまったな。
「雪女さん、無理なお願いしてごめん。……俺に、力を貸してほしいんだ」
その言葉に、雪女さんは驚いてセイレちゃんを見た。
「あ、あの、魔王様は、その……」
セイレちゃんが説明しようとすると、雪女さんは何やら納得したように和やかな笑みを浮かべて頷く。
「そうですか。答えを、見つけたのですね」
雪女さん……。
『あなた様なら、必ず答えを見つけられますわ』
あの時の去り際の言葉、もしかして……。
「雪女さん、俺に発破をかけてくれたの?」
「さあ、なんのことですの?」
雪女さんはそう言って何も知らないといった表情をした。
本当に掴みどころのない人だ。
「魔王様、悪魔の皇帝であり、あなた様の兄君でもあるルシファー様がお待ちですわ。まずは、お会いになってくださいますか?」
「もちろんだよ。行こうか」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
雪女さんと一緒にいたコウモリの恰好をした悪魔に従い、俺たちは迷宮を歩かされる。
大迷宮は錆びた臭いと血生臭い香りが混ざり合い、人間の頃の俺なら即吐いていたかもしれない異様な通路だった。
そこを歩くこと数十分。ようやく出口に辿り着き、迷宮の中に現れた城塞を見上げる。
「これが……」
先頭を歩く悪魔に気取られぬように見上げたが、思わず感嘆の声が出そうになる。
造詣がしっかりとしており、今にも動き出しそうな造りをしていた。大砲なども見え隠れしていて、かつての名残を感じさせる。
「こちらですじゃ」
コウモリの悪魔の指示に従って城塞に入り、階段を上ること数度。
ようやく大きな扉の前に辿り着く。
「どうぞ」
そう告げて彼はいなくなった。
「入りましょう、魔王様」
「そうだね」
雪女さん、セイレちゃんと共に扉に手をかけると、向こうから笑い声が聞こえてきた気がしたが、気のせいだろう。
ギギィ。
気のせいじゃなかった。
「あ、魔王様。久しぶりだお」
そう言って迎えてくれたのは、フェニちゃんだ。
彼女はテーブルに着き、並べられた御馳走を頬張っている。
奥には高位の悪魔がいて、テーブルには大量の御馳走ときた。状況把握に戸惑ってしまう。
「これは一体……」
「魔王様……!」
「ん?」
戸惑っていると雪女さんとセイレちゃんが急に平伏する。
何かと思うと、前から銀髪の長身男性が歩いてきた。モデルのような優雅さと同時に鬼のような威圧感を重厚に纏った男で、一歩迫るごとにこちらの心臓が握りつぶされそうな感覚に陥る。
間違いない、あれがルシファーだろう。
「遠いところ、わざわざすまなかったな弟よ」
ルシファーは微笑みひとつ浮かべることなく、こちらを睨みながらそう言った。
どうやら弟を歓迎してないらしい。
「な、なに、大したことないさ」
こちらも旧知を装ってみるが、明らかにルシファーは一言で驚いたような表情をしている。
そりゃ、バレるよな。だが、対策は万全――。
「ふっ、そうか……。お前たちも、今日は楽しんでくれ。我が配下の失態、このような馳走で詫びることは出来ぬが、形はさせてもらう。
もちろん我らは中立の立場を貫くつもりだが、これは弟が帰郷した喜びを兼ねてのこと。魔王を讃えるものではない」
「は、はぁ……そうか」
え、お咎めなし?
「では、明日の交渉……楽しみにしているぞ。自慢の弟よ」
……これは少し、驚いたな。
言い訳とかも用意していたんだが、ルシファーは先程よりも機嫌が良さそうで、そのまま回れ右して自分の席へと戻っていった。
「ま、魔王様……」
「とにかく、俺たちも席に着こう。話は今夜すればいい」
「わ、わかりました」
セイレちゃんや雪女さんは動揺しているようだ。しかし、こんな緊迫した最中でもフェニちゃんは食べ物に執着していた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
席について食事にする。
空腹という感覚はないものの、食べるとやはり美味しい。
どうやらここは大広間のようで、わざわざ魔王のために食事を用意したらしい。最初は毒を疑ったけれど、先に雪女さんが率先して食べて無害と立証した。
昔の将軍の気分だ。
「魔王様、お久しぶりです」
慣れない感覚に戸惑っていると、声がかけられる。
えらい美人で服装も随分と際どく谷間を惜しげもなく見せていた。一言でいうならエロい。スタイルも抜群で、オーラが違う。
突然話しかけられて戸惑ったが、この人は昨日の書物で把握していた。
「久しぶりだな、フルーレティ」
幻想の大悪魔フルーレティ。恋の瞳という力を持ち、幻覚を見せることができるらしいが、俺のような高位の悪魔や力を持つ魔物には効き目がない。
しかし彼女は重要人物だ。なぜなら――。
「サタナキアの件、ルシファー様は協力できまぬが、わらわに協力させてもらえませぬか?」
「協力、とは?」
「サキュバス族の族長ともあろう者が、サタナキアに加担するとは思えぬので」
「――それは、こちらも同様だ」
彼女はサキュバス族を傘下にしている。
つまり、サキさんの元上司だ。
サキさんが悪魔を離脱した理由も経緯も知らないけど、この様子だと……俺の考えていた予想はあながち間違っていないみたいだな。
「ルシファーに許可はもらってるのか?」
「ええ。ルキフグス様にも、いただいておりますわ」
その言葉につられて、会場でルシファーの隣に立っている悪魔を見た。
こちらの視線に気づいたようで、その老いた悪魔はお辞儀してくる。
彼がルキフグスだろう。文献で見たのと同じだ。
悪魔はほぼ人型で見分けがつきにくい。その為、血筋を守るべく軽傷を繰り返してきた。
結果的に代々姿形も同じだというのだから、見分けやすい。
ちなみにルキフグスは大悪魔の一人。知恵に富んだ悪魔で皇帝が最も信頼のおける大悪魔だ。
彼は三柱を統括するリーダー的存在であるため、先程の御辞儀も、きっとそういった理由だろう。
サタナキアの行動は、中立の立場を掲げる悪魔にとって害悪でしかない。
しかし魔王のためにルシファーやルキフグスが動けば、魔王への加担と見られてしまい、ルシファーの立場が危うい。
フルーレティならば、傘下であるサキュバスを説得・救出する行為は中立の立場に反したものではない。
ここまで、おおよそ予想通りの展開だ。
「では、サキの説得を頼む。雪女、フルーレティとの協力を頼めるか?」
「……かしこまりましたわ」
あえて敬語をやめてみたが、雪女さんはクスリと笑って話を合わせてくれた。
「明日、雪女とフェニを伴い、サキを説得してきてくれ。交渉はこちらが担当する」
「わらわに一任くださって、嬉しく思います」
そう言ってフルーレティが去っていくのを見て、雪女さんが小声で訊ねてくる。
「驚きましたわ。先程の……」
「ごめん。今夜、詳しく教えるから。この場はとりあえず、悪魔の歓迎を受けよう」
「……! 驚きましたわ。ですが、頼もしいですの」
そう言って嬉しそうに、雪女さんは食事を再開した。
明日の交渉へ向け、今日の情報収集と根回しは上手くいった。
「魔王様」
「ああ」
セイレちゃんに一つ頷き、俺も食事を再開した。
ここまで寸分の狂いもなく進んでいて、出来過ぎの状況に、笑ってしまいそうだった。




