第六章9 『悪魔との交渉』
社畜魔王は、ついに魔王として生きることに腹を括った。
ひとまず、彼は秘書のサキュバスを悪魔から取り戻すことを目標に掲げる。
「交渉?」
セイレちゃんが知っている情報を訊ねると、どうやら雪女さんとフェニちゃんは、悪魔の拠点である城塞にて足止めさせられているらしい。
「雪女様からの情報、だと、魔王様との交渉が、サタナキアの目的みたいです。ルシファー様を通しても、その一点張りで、サキュバス様を、人質に、しているようです」
「どうですか? 魔王様」
ミノ子さんの問いに俺は首を傾げて見せた。
「回りくどい気がする。人質を確保してるのに、強気に出てこないのが、気になるね……」
「それはきっと、他の勢力を頭にいれているから、ではありませんか? 強引な手に打って出ると、隙が生じますし」
セイレちゃんの言葉に少し納得したが、理由としては、まだ弱い気がする。
「ともかく、悪魔について調べてみるよ。出来るだけ、相手の気が変わらないうちが理想だけど、情報が足りなすぎる」
「お、お手伝いします」
セイレちゃんが申し出てくれた。
「ありがとう、セイレちゃん。でも嬉しいけど、セイレちゃんとミノ子さんには、頼みたいことがあるんだ」
「頼み事、ですか」
「うん。セイレちゃんは雪女さんに、交渉の先延ばしをお願いしてほしいんだ。それと、遅れるけど俺がそっちに行くことも伝えておいてくれないかな」
「わかり、ました。すぐ自分の部隊の方々に、頼んで、きますね」
そう言って、セイレちゃんは張り切って部屋を出ていく。
これで、少しは猶予が取れるはずだ。
サタナキアが強引な手段に出てこないところを見ると、交渉狙いで武力行使するつもりはないだろうから、癇癪を起こしてサキさんに手を出すなんて馬鹿な真似はしないはず。
交渉テーブルに着く前に、相手に弱みを握られることは避ける。交渉の鉄則だ。これはあちらも同じ条件になる。
「あの、わたしはどうすればいいでしょうか……」
「ミノ子さんには、コロボックル達に確認してほしいことがあるんだ」
「確認してほしいこと、ですか?」
「そう。内容は――」
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二人が出ていってから、図書室へと直行する。
「――!? 魔王様!!」
その途中で、デュラハンさんと出会った。
そういえば、デュラハンさんにも迷惑かけたな……。
「心配しましたぞ!! その、平気なのですか?」
「うん。ありがとう……デュラハンさん、心配かけてごめん」
「何を言いますか。王が臣下に心配をかけるのは迷惑などではありませんぞ」
――!
この人の忠義は、揺れないようだ。
今度、二人で話してみたい。心からそう思った。
でもそれよりも今は――。
「しかし、そんなに急いでどこへ?」
「実は図書室で調べものをね」
「手伝いましょう」
「嬉しいけど、デュラハンさんには頼みたいことがあるんだ。この先のために、内部を調査してほしい」
「内部というと、魔王様の配下ということですね。ですが、何を調査すれば――」
「今は――について。きっと、他にも調べてほしいことがあると思うから、その都度頼むよ」
「わかりました。すぐ、内密に取りかかります」
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デュラハンさんに頼み事をしてから、俺は図書室にやって来る。
そして、片っ端から悪魔について書かれた本やら、魔界に関する本を漁っていった。
サタナキアは、魔王との話し合いを要求している。
その理由がわからない限り、今回の交渉とやらには勝てそうにない。
図書室にヒントがあればいいんだけど……。
数分後、俺は大量の本を机の上に広げてパラパラとめくっていた。
城の図書室にあったのは悪魔の歴史や成立など、多数。他の四天王に比べると悪魔関連の史料は多いらしい。
その理由は、とある本を読んですぐに理解できた。
「そうだったのか……」
本に書かれていたのは、魔物の誕生について。
それを追っていくと、悪魔の誕生が見えてきた。
彼らが出現したのは随分前。
突如地上に出現した悪魔「サタン」は、自らの同胞たちと共に魔物を生み出していく。それによってさまざまな種類の魔物が生まれたらしい。
この史料曰く、サタンは魔物の生みの親のような存在だという。
そして、そのサタンの称号を代々受け継いできた悪魔というのが現在の魔王らしい。
悪魔のほとんどは人型であり、区別がつきにくい。
しかし高位の悪魔になればなるほど能力が高いらしく、子から子へと自らの地位と名前を受け継がせることで、その血統を守る仕組みがあるみたいだ。
なりすましや混血を防ぐためなのだろうけど、既に俺という不純物が入り込んでいるんだよな……。
「ともあれ、俺の正体は、このサタンに分類されるわけか。しかし、突如現れたって……どういうことなんだ?」
考えてみると、魔王や勇者なんて存在が、急に誕生するものなのか? いかにもファンタジーだなぁ。
ガチャリ。
「失礼します……魔王様?」
「あ、セイレちゃん。こっちこっち」
一人で調べていると、図書室の扉が開き、セイレちゃんが入ってくる。
「ま、魔王様。完了しました」
「ありがとう」
「……その、お手伝い、したいのですが」
セイレちゃんは手をモジモジと交差させながら、こちらをうかがってくる。
「じゃあ、お願いしようかな」
「――! お、お任せください!」
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セイレちゃんが加わり、調査は順調に進んでいった。
「セイレちゃん、ここに書いてある階級って、今でも同じなのかな?
大悪魔は『六柱』のサタナキア・ルキフグス・フルーレティ・ネビロス・アガリアレプト・サルガタナス……。
その六柱を支配するルシファー・ベルゼビュート・アスタロトによって構成されているって……」
「えっと、現在では大悪魔が三名で皇帝に当たる人物はルシファー様のお一人になっています」
「そうなの?」
悪魔の支配方法は当然ながらビーストとは違っていた。
彼らの場合、武力などではなく、血統ですべてが決まるらしい。
本に書いてあったのは、悪魔は伝統的な血統支配をもとに勢力を維持しているということと、最も多くの種族を支配下にし、四天王でも強大な勢力であるということだ。
しかし、セイレちゃんの話によると、昨今の悪魔事情はこれまでとは違うらしい。
悪魔は現在、多くの種族が離反し、更には大悪魔も魔物同士の抗争によって死亡。六柱は三柱となってしまっており、彼らを掌握していた悪魔もルシファーのみとなったみたいだ。
四天王でも第三の勢力と位置づけられるらしい。
「現皇帝は、ルシファーってことか……ん? 待てよ?」
確かさっき、どこかの本で――。
「あ、あの、ルシファー様はその、サタン様の兄君にあたる方です」
「あ、あにぎみ?」
つまり、ルシファーはサタンの兄ということだ。
「なんとか、協力してもらえないかな……」
俺の言葉に、セイレちゃんは難色を示している。
「そ、それは、難しいと思います」
「え?」
「その、ルシファー様は以前から中立の立場を示していまして……魔界にも四天王にも協力しないと公言しています。今回も協力できないかと」
なんと、兄は中立の立場だったのか。
「……もう少し、悪魔の内情を知りたいんだよなぁ」
こんな時、あの魔王が反応すればいいんだけど、なんかめっきり登場シーンなくなってるし、もう消えたとみていいだろう。
「あの、それでしたら、城内に下級悪魔の方がいますよ」
「それだ!!」
こうして俺はサタナキアとの交渉に向けて準備を進めていった。
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そして粘りに粘って三日間。この間、俺達は万全の対策を練ることが出来た。ミノ子さんやデュラハンさんには駆け回ってもらい、セイレちゃんは一緒に作戦を考えてくれた。
他にも魔王の支配下にある種族や下級悪魔の協力もあり、俺はここまでこれた。
「よし……」
雪女さんの報告書によると、サタナキアとの交渉日時が決まったらしく、翌日の昼からとなっている。
サタナキアがこちらの提案を受け入れてくれて助かった……あちらもあちらで、計画があるらしく、読み通り、どうしても交渉したいらしい。
そんな交渉を明日に控えた早朝。城の手前で、俺は空を見上げてみる。
こうして見ると、かつてミノ子さんの言っていたように、毒色の澄んだ空が心地いい。
「魔王様、お気をつけて」
「セイレーンさん、お願いしますね」
「わかり、ました。自分が、魔王様を、支えます」
「二人とも……行ってくるよ」
そう言って馬車に乗り込んだ。
魔王城には防衛のためにミノ子さんとデュラハンさんを残し、俺はセイレちゃんと共に悪魔の領域にある彼らの拠点、城塞へと向かうこととなる。
「魔王様、大丈夫、ですか?」
「ありがとう、セイレちゃん。……大丈夫だよ」
隣に座るセイレちゃんに励まされ、俺は馬車に指示を出した。
「出発してくれ」
「かしこまりました」
その言葉と同時に、馬車はゆっくりと動き出した。
「このデュラハン、魔王城を死守いたしますぞ!」
「頑張ってください!!」
二人の声に馬車の窓から身を乗り出して手を振った。
もう、後戻りはできない。
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馬車が進む中、俺は、懐に潜ませたサキさんの辞表を取り出してみる。
「それって……」
「うん。サキさんの辞表なんだけど……何日か前に気付いたんだ。サキさんのメッセージ」
「メッセージ、ですか?」
「そうだよ。ほら、頭文字を読んでみて」
「か、頭文字……『さ・お・た・す・け・て・ま』? どういう意味ですか?」
「これはね、名前の部分だけはしっかりと読むんだ」
もう一度読むと、そこに書かれていた言葉は、サキさんからの簡単な回文。
気づくのが遅すぎると感じた、サキさんの残したメッセージだ。
「――! これって!」
セイレちゃんも気が付いたようで、普段からキョロッとしている可愛らしい目を、更に丸くしている。
「そう。これがサキさんからのメッセージだったんだ。サキさんは、自分の意思でサタナキアに寝返ったんじゃない」
回文の内容はこうだった。
『サキ・を・た・す・け・て・魔王様』
「だからなんとしても、この交渉に勝つ必要がある」
サタナキアの要求は未だに定かではない。だが、推測は立ててある。みんなと協力して、万全の準備を進めてきた。
「今度は……俺が戦う番だ」
辞表を握りしめ、俺は決意を固くした。




