第六章8 『拝啓、過去の自分』
「あなた様が嫌いな分、自分は、あなた様を好きですから……信じられるんです。あなた様が変われることも、全部、信じられるんです」
「――!」
セイレちゃんの必死の言葉に、俺は涙を流しながら、無意識のうちに昔の自分を脳裏に思い出していた。
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『――くん、将来何になりたいの?』
田んぼの畦道が通学路。
小学生の頃の幼い俺は、放課後、夕暮れの畦道を幼馴染のクルミと一緒に歩いている。
何の経緯でそんな話になったのかは忘れたけど、将来の話は記憶に鮮明だった。
『俺は、クルミもお母さんもお父さんも、みんな助けるくらいの大きな仕事をするんだ。そしていつか、この町の過疎化を救う! 超カッコいいだろ!?』
あの時の俺は恥じらうことなく、夕焼けのスポットライトに自信満々の顔を向けて言い放った。
今聞くと赤面するが、当時は本当にそう思っていた。
『カッコいいね! ヒーローみたい!!』
『まあな。……でもさ、最近思うんだよなぁ。ゲームとかしてると、ヒーローもすごいんだけど、ラスボスの魔王とかもすごいんだよな』
『え、どうして?』
一言一句おぼえていたはずなのに、いつからか無意識に忘れていた。
『だって悪の魔王ってさ、勇者が来るってわかってるのに逃げないんだぜ。やっぱりラスボスってこうじゃなきゃな』
『あはは、なにそれー』
『ま、結局のところヒーローにやられるけどな』
そう言って笑いあう二人の小学生。
夢と希望が、あの頃の未来には確かにあった。
だけどそれは、いつからか消えていってしまう。消えたというよりも、自ら消していってしまう。
つまらない線引きをして、現実だけしか見えなくなっていたんだ。
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時が経過して、スーツ姿の俺がいる。
上司に怒鳴られているようだった。
『だから、言ったはずだ!!』
『で、でもそんなの、聞いて――』
『逆らう気か?! 罰として、お前は残業だ! いいな!?』
この頃にはもう、夢や希望なんてなかった。
そこにいたのは、自己嫌悪と逃避癖の塊。勇者の言うように、変わってなんていなかった。
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『権力がほしい!』
――あの時、俺はどうして願ってしまったのだろう。
もう一度生きるチャンス。
それを当然のように、焦るようにして受け取ったのは、どうしてだろうか。
あんなに、生きることに絶望したくせに……。
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『変なの』
――!?
目の前に、幼き自分がいた。奴は不思議そうにこちらを見上げてくる。
……変か。そうかもな。
あの時、再び生きることを選んだのは、きっと無意識のうちに思っていたからなんだ。
やり直したい。変わりたい。
――そう思ったからだ。
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逃げて、逃げて、逃げて、その果てがここだった。
俺は魔王となって、それでも、また逃げようとした。
『だって悪の魔王ってさ、勇者が来るってわかってるのに逃げないんだぜ。やっぱりラスボスってこうじゃなきゃな』
そうだよな、昔の俺。
魔王ってカッコいいよな。
下を向いてる魔王なんて、ラスボス失格だよな。
さまざまな感情と記憶が去来した。
その果てに、彼らの声を聴いた。
『魔王様!』
彼らが信じてくれるのに、俺が魔王かどうか迷ってどうなる。
『……自分は、そんなあなた様のことが、大好き、です』
セイレちゃんが、見ていてくれるんだ。信じていてくれる。
こんな俺を、彼女は好きだと言ってくれた。
これで迷う方が馬鹿だ。
逃げようとする奴は、きっと大馬鹿だ。
変わりたい……。
変わって――魔王として生きて、今までの社畜に自慢してやるんだ。
どうだ、逃げないで生きてやったぞって、自慢してやる。
こんな俺でも、誰かの役に立てるんだぞって、自慢してやる。
ヒーローじゃなくてもラスボスになれた、異世界の主要キャストに選ばれたぞって、自慢してやる。
ここにいるのは、お前らが逃げてくれたお陰だ。
だったら、俺は期待に応えないとな。
過去のお前たちの分まで……。
今の俺が――胸張って生きてやるよ。
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「ま、魔王様?」
「ありがとう、セイレちゃん。ミノ子さんも……。俺、やってみるよ。逃げないで魔王、続けてみるよ」
「「――!」」
二人が同時に驚いている。
そりゃそうだよな。迷惑かけすぎだ。
「セイレちゃん、見ていてくれるかな?」
「――! も、もちろんです!」
セイレちゃんはブンブンと頷く。
「ありがとう……その、さっきの告白の返事は、待ってくれるかな?」
「え!? あ、い、いえ! そんな!」
「ちゃんと、考えてから返事したいんだ」
そう言うと、セイレちゃんは今にも倒れそうなほどに顔を真っ赤にさせていた。
「あ、あの、でもでも、自分のあれは、男女のそういうことではなくて、その、そもそも自分は魔王様となんて身分違いといいますか、その、えっと」
「そ、そうなの? 俺はてっきり……」
「こ、告白です!! 大好きです!!!」
「セイレーンさん!??」
セイレちゃんが顔を真っ赤にして叫ぶと、ミノ子さんは驚いているようだった。
彼女にも、伝えるべきことがあるよな。
「ミノ子さんも、こんな俺のために尽くしてくれて、ありがとう」
「い、いえ! 尽くしたくて尽くしてますから!!」
やっぱり、自分の事しか見えてなかったんだな。
こんなにも頼もしい、俺を信じてくれる人たちがいて、俺が自分を信じなくてどうする。
「二人とも……一つお願いしていいかな。二人だけじゃなく、サキさんやデュラハンさん達にも、お願いしたいことなんだ」
「な、なんでしょうか」
その言葉に、二人は息を呑むのがわかった。
「もう逃げない。だから、俺を支えてほしいんだ」
「「――!」」
「どう、かな?」
「もちろんです!! ね、セイレーンさん」
「はい! じ、自分も、魔王様を支えます!! 見てますから!!」
「ありがとう……」
もう、俺は逃げない。支えてくれる人達がいる。
現代社会で殺される道を選んだ俺が、この世界で殺されるわけないよな。
あっちの方が、難易度高いし。
「認められなくても、認めさせるくらいの魔王になってみせるよ。ハーピーみたいなことは、もうさせない。
誰にも、俺にも文句は言わせないくらい、魔王として生きてやるんだ。
そして、胸張って、自慢して、羨ましがられるような第二の人生を、本気で生きてやる。
今度は、俺だけじゃない……みんなの力で」
「「魔王様……!!」」
二人は涙を目にためている。心配をかけすぎたな。
「じゃあ、手始めにサキさんを連れ戻しに行こう。秘書はサキさんしかいないから」
「「はいっ!!」」
俺はこうして、ようやく魔王として目覚めた。
そこには何十年ぶりに心の底から笑う、魔王の姿があった。




