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社畜魔王とクズ勇者  作者: 新増レン
第六章 「社畜魔王、愛を知る」
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第六章7 『あなた様を――』


 魔王の秘書サキュバスが彼のもとを去った。

 このことは、彼にとって受け入れられない出来事だった。

 またしても、異世界においても、一人になってしまうのではないか。そう思った社畜は、とうとう塞ぎ込んでしまう。

 それを知った護衛衆は彼に声をかけるが、魔王は気力をなくし、部屋から動こうとしなかった。



「我は結界の守護にあたる。魔王様のことは、頼んだぞ」

「わかりました。デュラハン様」


 デュラハンは悔しそうに扉を見つめてから、ガチャガチャと鎧の音を立てて廊下を歩いていく。

 魔王の意気消沈を知って駆け付けるも、彼の声は届かなかった。


 それを見て、魔王のことをミノタウロスとセイレーンに任せ、自身は結界の守護にまわることで、間接的に魔王を守る手段を選んだ。


「み、ミノタウロスさん、どう、しますか?」


「とりあえず、話してみよう。きっと、魔王様はわたし達の知らないところで悩みを抱えているんです」


「ですね……ま、魔王様。入りますよ」


 そう言ってからセイレーンは魔王の自室の扉を開いた。



 ミノ子さんとセイレちゃんが入ってきたことには気づいた。

 彼女たちがベッドに腰掛けるだけの俺の元へと近づいてきて、下を向く俺の視界に入るべく屈んでくれる。そんなこと、しなくていいのに……。


「魔王様、お身体の方は……」


 心配してくれる。それは、俺が魔王だからだろうか。


「ねぇ、ミノ子さん」


「はい、なんでしょう?」


「俺が、何に見える?」


 きっと、半笑いだった。

 自虐的にそんな言葉を吐いた。

 どんな答えを期待していたのか、それすらもわからない。


「み、ミノタウロスさん……」


 セイレちゃんが心配そうにミノ子さんを見つめている。すると、ミノ子さんはようやく口を開いた。時間にして、一、二分の沈黙を解いた。


「紛れもなく、魔王様ですよ」


「……そっか」

「魔王様、雪女様達が今――」


 セイレちゃんが現状を報告しようとした瞬間、急に感情が込み上げてきた。


「俺が魔王に見えるのか……」

「ま、魔王様?」


「こんな情けないのに、魔王に見えるって? 嘘はやめてよ。そんなの優しさでもなんでもないって!!」


「――!?」


 急に怒鳴ってしまい、セイレちゃんがビクッと震える。


「あ……ごめん」

「い、いえ」


「……魔王様、よろしければ悩みを打ち明けていただけませんか? わたしもセイレーンさんも、このままでは心配で――」


 ミノ子さんが手を握ってくる。

 あったかい。


「どうして、二人は……そこまで俺のことを心配してくれるんだ?」


「魔王様に、忠義を誓って――」


「それは前の魔王だろ!」

「……!」


 俺がおかしいのはわかってる。

 でも、叫ばずにはいられなかった。

 感情が、留まることを知らなかった。



「俺は、本物じゃないんだよ。どう足掻いたって、魔王になんかなれない。……俺は、人間だから」



「人間……?」


 ミノ子さんは驚いている。そりゃあ、そうだよな。


「魔王様……そんなこと、関係ありませんよ」

「そ、そうですよ!」


 正体を知っていたセイレちゃんに合わせて、ミノ子さんは頷いていた。


「だって、自分にとっての魔王様は――」


「セイレちゃんには関係ないかもしれないけど、他の連中はそうじゃないよ。魔物が必死に殺そうとしてるのは人間で、その人間が魔物を従える王様なんだ。……笑えてくるだろ?」


「そんなこと……」


 セイレちゃんの言葉を遮って、言葉が溢れていた。

 最低だ。どこまでいっても最低だ。

 口から溢れ出てくるのは、ずっと押し込んでいた感情で、栓を開けたように流れてくる。



「……それにさ、こんな俺のために命を張るやつなんていないよ。

 これまでだってそうだった……誰も相手にしてくれたことはなくて、唯一相手にしてくれた人を泣かせて、自分勝手に逃げた結果、ここにいるんだ。

 そんな奴のために命を張るなんて、俺だったら出来ない。そんなの、馬鹿げてるよ……雪女さんの言ったように、上に立つ者として相応しくないんだ」


「そんなことはありません。わたしもセイレーンさんも、あなた様に――」



「どうして、そんなこと言いきれるんだよ! こんなに情けなくて、頼りなくて、資格もない魔王なんて、いなくなった方がマシだろ!! 本当のことを言ってくれた方が、まだ嬉しいよ!!」



 彼女たちにぶつけても仕方のない感情なのに、押し留まることを知らない。

 知らぬ間に涙を流し、俺はただ八つ当たりしていただけの、情けない奴だった。


 感情が制御できなかった。

 誰かに、打ち明けたかったのだろうか。

 可哀想だね、頑張ったねって同情と褒め言葉がほしかったのだろうか。

 きっと、そのどれもが当てはまるだろう。

 実際、俺は何を言ってほしいのか。どんな言葉をかけてほしいのか、どうしたいのか、未だに自分でもわからない。

 自分のことさえ、見失ってしまっていた。

 俺は、どうなりたかったんだろうなぁ……。



「ミノタウロスさん!?」


「え……わぷっ」

 むぎゅう。


 セイレちゃんの声に顔を上げると、目の前にミノ子さんの身体が迫っていて、俺は彼女に抱きしめられる。豊満なバストに頭を押し付けられ、感触が直に伝わってきた。


「な、なにを――」


「先程、魔王様は何に見えるかと質問されました。わたしには、魔王様にしか見えません」


「……どうして、そんな」


「あなた様が、ここにいるからです。わたしに伝わる熱も鼓動も、生きている証拠です。きっとサキュバス様も、同じことを言うと思います」


「……っ!」


 俺は彼女の抱擁を引き剥がした。


 しかしミノ子さんは、真剣な表情でこちらを見てくる。後ろにいるセイレちゃんも、同じだった。

 どうしてそんな目で見るんだ。

 俺は――。


「……俺が本物の魔王だったら、ハーピーは死ななかった。彼女を殺したのは俺だ」


「違います」



「違わないだろ!! 全部、人間だった頃と同じさ。結局、中途半端だったんだよ。


 魔王様魔王様って慕われて、嬉しかったんだ。認められたみたいで、偉くなったみたいで、求められてるみたいで嬉しかった。

 こんな俺でも必要としてくれて、頼られて、誰かのためになってるって思ったら、泣くほど嬉しかったよ!! 居場所が出来たみたいで、本当に嬉しかった……。


 ……でも、勘違いなんだよ。頼られていたのは魔王だからで、俺だからじゃない。全部嘘で、見破られた瞬間にあれだよ。命を張ってくれた人が、俺を殺そうとしたんだ。


 その時に気づかされた……。どんなに繕っても、ここにいるのは俺で、必要とされない、上に立つ資格もない、雑用ばかり押し付けられた、何も出来ない人間なんだって気づいて、ようやく夢から醒めたんだ。


 姿形は魔王で、地位も権威も魔王で、声も魔王。


 ――それでも、ここにいるのは間違いなく、あの頃から変わってない俺なんだよ!! 俺が一番嫌いだった、俺なんだ……なんにも変われてない、逃げ惑う俺だよ! 傑作だ……笑えるだろ!!!」



「そんなこと――」



「あるさ……。だって俺は、自分で努力して魔王になったわけじゃない。与えられて、支えられて、やってきたことだって何一つ……何一つないんだ。


 こんなの、人間だった頃の……社畜だった頃の俺と同じじゃないか! それじゃあ結局、誰にでも出来たんだよ……こんな無能な俺にでも出来たんだから、誰にでも魔王になれたんだよ!! 俺じゃなくてもよかったんだ!!」



「そ、そんなことありませんッッ!!」



「「――!?」」


 突然、ミノ子さんの後ろで黙っていたセイレちゃんが、大声で叫ぶ。


「自分は、今のあなた様と出会えて、嬉しかったんです。あなた様に、心から、仕えたいと思いました。だから、それだけは、否定してほしく、ありません」


「わたしも、同じです。ビーストの件で、わたしは魔王様に勇気をもらいました。何一つしていないなんて……そんな悲しいことを言わないでくださいっ!!」


 セイレちゃんの言葉に、ミノ子さんも続く。

 二人とも……なんで、そんな顔してるんだよ。

 こんな、俺のために……。


「――!」


「あなた様は、間違いなくここにいてくれました。わたしには魔王様の悩みを汲み取れるような頭はありません。でも、あなた様がいてくれたことだけは、証明できます」


 ミノ子さんはもう一度、俺の身体を抱きしめてきた。


「え……」


 そして彼女の頬を伝った涙が首筋に落ち、驚いて声が出る。


「み、ミノ子さん、放してよ」


「いえ、放しません。あなた様は魔王様で、わたしは護衛衆です。ですから、わたしはいつまでも護ります。あなた様を、どんな時でも護ります。もう、誓ったんです」


 そんなこと、どうして……。


「魔王様……」


「セイレちゃんも、同じことを言うの?」


 訊ねると、彼女はゆっくりと頷いた。そして抱きしめられている俺を優しい瞳で見つめ、口を開く。


「魔王様……あなた様は、逃げることなく共にいてくれました。怖いはずなのに、堂々と魔王であろうとしてくれました。普通は、出来ません。自分だったら、逃げたくなります。

 ですが、あなた様は魔王となってくれた。自分が見てました」


「セイレちゃん……」



「あなた様は魔界のために魔王であろうとしてくださいました。その優しさは、あなた様にしかない魅力だと思います。


 ……自分は、そんなあなた様のことが、大好き、です」



「――!?」

「せ、セイレーンさん……!」



 突然の告白に、俺もミノ子さんも、そしてセイレちゃんも真っ赤になる。ミノ子さんは無意識に抱擁を解き、俺達の視線がセイレちゃんに集中する。

 真っ赤になりながら、胸に手を当て、深呼吸してから、セイレちゃんは言葉を繋げていった。



「じ、自分は、以前の魔王様と、話したこと、あまりありませんでした。魔王様は、そういう人だってわかっていたから、平気でした。

 ですが、あなた様は違いました。あなた様は、自分に話しかけてくださったんです」



「あれは、偶然……」


「偶然でも、話しかけてくれたことに変わりありません。あなた様は、そういう素質を持っている、方です」


「……俺は」


 セイレちゃんはまっすぐとこちらを見つめながら、話を続ける。



「何もないなんて、必要とされていないなんて、言わないでください。


 自分は、あなた様が必要で、あなた様に頼られたくて、あなた様の傍にいたいんです……。あなた様が、どれ程ご自身をお嫌いなのかは、計り知れないと思います。


 でも、それなら! 自分がそれ以上に、あなた様を好きになります!! ですからどうか、ご自身を責めないでください。あなた様は、あなた様にしかない魅力に溢れていますから!!」



「……!」


 その言葉に、涙がジワリと溢れ出てきた。

 視界が涙で滲んで、彼女の顔が見えなくなりそうだった。

 なんで忘れてたんだ……。

 セイレちゃんは、あの時……俺を人間って見破った時――。



『これからは気を付けるよ。自分でも、魔王っぽくはないと思ってるんだけど、しっかりしないとな……』

『いえ。それで、いいと、思います』

『え?』

『あなた様は、今の、魔王様、ですから』



 そう言ってくれていたじゃないか。

 彼女は、俺を見ていてくれたんだ。


 そうだよ……ミノ子さんや、サキさん達だって、同じようなことを言ってくれたはずなのに、俺は……自分の事が嫌いだったから、知らず知らず流していたんだ。



「え、えっと……これ以上、あなた様を慕う理由はありません。一緒にいたいと、思う理由は、ありません。これも、否定なさいますか?」



 セイレちゃんは涙を浮かべながら、必死でそれを堪えるようにして言葉を紡いだ。



「……っ! そんなの、否定できるわけ、ないよ。だけど、それじゃあ、どうすれば……」


「か、変わりましょう。あなた様が、あなた様を好きになれるように……」


「そんなの、無理だよ」


「……大丈夫です。自分が、見てます」


「え……?」


「一人じゃないです。自分が、ずっと見ます。あなた様を、支えます」


「どうしてそんな風に……」


「だって、あなた様が嫌いな分、自分は、あなた様を好きですから……信じられるんです。あなた様が変われることも、全部、信じられるんです」


「――!」



 セイレちゃんの言葉に、心の中の靄が晴れた気がした。

 向けられる好意が、眩しかった。

 曇り空の狭間から、彼女が手を伸ばしてくれる。


 俺は、誰かに必要とされたかった。役に立ちたかった。

 けれど、もっと根本的に――。


 単純に、純粋に、誰かから愛されるだけで十分だったんだ。







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