第六章6 『魔王失格』
魔王の秘書が失踪し、行方を捜索している最中、雪女が魔王のもとへと戻ってきた。
「雪女さんっ!!サキさん、見つかりましたか?!」
訊ねると雪女さんは、いつもの余裕ある表情ではなくて、随分と暗い表情をしている。
「魔王様、今からあたしは……あなた様にとって辛い報告をしなければなりません」
「え……」
雰囲気で察していたが、実際に言われると心音が強くなる。
「……これを。メイドが見つけたものですわ」
そう言って雪女さんが和服の袴から取り出したのは、一枚の四つ折りにされた紙切れだ。魔界では報告書に利用されているもので、珍しくない。
それを受け取ると、文字が書かれていることに気付いた。
そこには直筆で、こうあった。
『サキです。
お疲れ様です。この度、急ではございますが、秘書を辞めさせていただきたく思います。書面での挨拶となってしまい、御無礼をお許しください。
大変申し訳ございません。ですが、以前から考えていたことなのです。
素晴らしく光栄な秘書としての誇りを忘れず、経験を糧とし、私は悪魔に戻り、サタナキア様の元で生かしていきたく思います。
けれど、心配しないでください。私の意思ですし、またお会いする機会もあると思います。
手紙、いつかお送りしますね。それと――。
魔王様、最後にひとつ。以前の魔王様の発言に訂正したく思います。私はあなた様のことを迷惑と思ったことはありません。ですから、自信を持ってください』
読み終えると、力がフッと抜けてしまい、紙はひらひらと床に落ちてしまった。
「……これって、辞表?」
「え……」
隣にいたセイレちゃんが驚いている。
俺は、驚きというよりも現実味がなくてはっきりしない。
「雪女さん、これって――」
「その筆跡は、間違いなくサキュバス様のものですわ」
「で、でも、証拠がないんだし、誰かが騙そうとして……」
言葉が続かない。
雪女さんの見たこともないような苦しそうな顔に、言葉が出ない。
「サキュバス様が、大悪魔サタナキアと共にいる場面を、見たメイドがいますの。彼女の話では族長に口止めされていて、言えなかったと」
「嘘だよ……サキさんが、そんな」
「これまでも、頻繁に会っていたようですの」
「う、嘘だ!!」
「魔王様……」
そんなはずない。
あのサキさんが、なんで何も言わないでいなくなるんだよ。
昨日だって、俺のこと――。
「……魔王様、あたしは真相を知るために悪魔に会って参ります」
「――! 俺も一緒に!!」
「いけません。……今のあなた様が行けば、四天王との亀裂は、避けられないかと」
四天王との亀裂……?
「なんだよ、それ……どういう意味だよ」
「今の魔王様は、とても冷静だとは思えませんの」
「――!」
冷静……こんな状況で何言って――。
「支配者は、いかなる状況にも冷静でなければなりませんの。今のあなた様は、一時の感情に流されていないと、言い切れますの?」
「それは……」
珍しく辛辣な雪女さんの言葉に、俺は言葉が詰まる。
そして、雪女さんは俺に構うことなく部屋を出ていこうとしていた。
「セイレーン様、魔王様のことはお願いしますわ。あたしはフェニックスと共に悪魔に掛け合ってきます」
「わ、わかりました。お気をつけて」
「……」
雪女さんが部屋を出ていく間際、こちらをジッと見ていた。
そして彼女は、一言だけ残して行ってしまった。
「あなた様なら、必ず答えを見つけられますわ」
……なんで、そんなこと。
訊ねる間もなく、彼女は出て行ってしまった。
「ま、魔王様、とりあえず、自分たちは――」
魔王なんて、ただの肩書だ。本質は変わらない。
今だって、雪女さんに言われたとおり。
……言い返せなかった。
きっとそれは、自分でもそう思ってるからだろう。
俺はやっぱり、魔王に相応しくない。
「魔王様?」
「ごめん、セイレちゃん……少し、放っておいてくれないか?」
「で、ですが……」
「お願いだよ……」
「わ、わかりました。部屋の前にいます。……何かあったらすぐに駆け付けますから、お呼びくださいね」
そう言ってセイレちゃんは心配そうにこちらを見てから、宙を泳いで部屋を出て行った。
そして、一人。あの時と同じだ。
「はは……」
笑えるよな。一度やり直すチャンスをもらっても、これだよ。
こんなんで勇者を倒して、元の世界に戻れたとしても、きっと同じだ。
勇者の、言うとおりだ。
「……あんなこと、願うんじゃなかった」
逃げられるものなら、またあの時のように……。
そんな風に、こんな状況でも逃げる手段ばかり考える、勇者以上のクズだ。




